③北の大地へ
機内に入ると、フライトアテンダントが丁寧に笑顔で迎えてくれた。コンはというと……ぶるぶると震えながら慎重に一歩一歩タラップを渡っていた。
「おい、早く来い」
「だ、だって」
大丈夫ですよぉ、と見かねたアテンダントが声をかける。それを聞いて少し小走りで走ってくるコン。嫌がるコンを連れ、そのまま席まで向かう。
「窓側へどうぞ、お姫様。かかっ」
「あ、ありがと。でもその笑いは何」
「別になんでも?」
頬を膨らませ、席に座るコン。シートベルトの嵌め方もわからないらしく、機内の安全マニュアルを見ながら四苦八苦していた。
「え、何。海に着水することもあるの」
「ああ、緊急時はな」
明らかに顔が青ざめている。流石にちょっと
可哀想になってきた。だが、もう助けてやることは出来ない。そしていよいよ、滑走路から離陸するアナウンスが流れる。
「エンジンの音が凄まじいわね……うるさ……あっ!」
機体は急加速し、滑走路を高速で走っていく。悲鳴すらあげられないのか、コンは口をだらしなくあけたまま硬直していた。申し訳ないが、いつもの姿とのギャップに笑ってしまった。
「かかっ」
「あのー……如月」
「なんだ?」
コンは窓の外を指先し、飛行機の翼を見ている。
「あんなに弛むもの?大丈夫?折れない?」
あの傍若無人さはどこへやら。完全に萎縮している。
「大丈夫だ。それよりもう着陸だから、またシートベルトしめとけよ」
「やっと地上かぁ。地上バンザイ!」
その後、コンは着陸時に機内全体に響き渡るほどの悲鳴を聞かせてくれた。
「何よ、あの衝撃!もっと緩やかなもんかと思ったわよ」
「あんなもんだろ。とにかく無事に着いてよかったじゃねぇか。乱気流もなかったし」
「……乱気流ってなに」
また暗くなる顔色。もうこれ以上いじめるのはやめておこう。
「とにかく、駅に迎えが来てるはずなんだ。向かおうぜ」
機内での疲れからか、コンは足取りがおぼつかない。歩調を合わせ、空港を後にする。空港から駅まで歩くと、コンがいないことに気づく。先に行くわけにも行かないので、電車のチケットだけ購入しその場で待つことにする。すると五分としないで両手に荷物を抱えて売店から出て来るのが見えた。
「なんだ、それ」
ニンマリと笑いながら、
「ウニイクラ丼と、スイーツ買ったの」
「あぁ、駅弁か。久しぶりに食うなぁ」
「あんたの分ないわよ」
「え?」
くすくすと笑うと、弁当の箱を袋から取りだし、一つ差し出してきた。
「嘘よ。車内で食べましょ」
駅は地下とはいえ、東京の何倍も寒く感じられた。もう一枚、中に着てくればよかったと大いに後悔した。目的の車両に入り、座席を確認する。コンが窓側を希望したので、俺は通路側になった。どうやら外の景色を見ながら弁当を食べたいらしい。そして定刻通り、汽笛とともに列車が動き出す。
「発車したし、食べましょっか」
「おう、いただきま……あ?」
なぜか、貰った弁当はマグロ丼だった。マグロ丼が嫌とは言わないしむしろ好きだが、納得がいかない。なぜこいつだけ……高価なものを?
結局コンはスイーツも一人で全部平らげ、満足そうに居眠りを始めた。
俺まで寝て寝過ごすわけにもいかず、満腹後に襲い来る睡魔と格闘しながら景色を見つめることにした。
大分時間が経ち、目的のT駅に着くことを知らせるアナウンスが響いた。コンを起こそうと肩を叩く。むにゃ、と寝ぼけ眼でこちらを見ると、これまた怠そうに荷物を持った。電車を降りると、軽くではあるが吹雪いていた。強くなる前に到着出来るといいのだが。
「車で迎えに来てくれるのよね」
「そのはずだ。黒のセダンって聞いたが」
駅のホームを出、目の前のロータリーを見回す。それらしき車が、端の方に止まっているのが見えた。その横には男が立っている。髪の長い、男。遠くからでよくはわからないが、藍色の民族衣装らしきものを着ているらしい。出で立ちが少し不思議であった。
コンと車の方へと向う。すると、その男もこちらに気づいたのかぺこりと深くお辞儀をした。
「白露さんですね」
長髪だが、清潔感のある若い男。やはりアイヌの民族衣装を羽織り、眩しい笑顔で対応してくれた。
「うん、あたしが白露コン」
おや、と男は首を傾げた。
「白露さんは男性かと思っておりましたが」
「あぁ、白露はいつも電話に出ませんので、それで誤解させてしまいました。白露事務所の白露と、私は如月真司(キサラギシンジ)といいます」
はぁ!と男は合点が言った様子だった。
「白露さんと、如月さんですね。よろしくお願い致します。申し遅れましたが、私はクロハネといいます」
クロハネ……?変わった名前だが、苗字か?名前か?気になったが寒すぎるので車の中で聞いてみることにし、震えながら荷物をトランクに入れた。
「ささ、寒いでしょうから早く車の中へ。暖房を効かせてあるので暖かいですよ」
クロハネに促され、車の中へと乗り込んだ。確かに暖房がきつめに効いており、芯まで冷えた身体をじんわりと暖めてくれた。
「それでは出発します。シートベルトよろしいですか?」
はい、と答えると車は郊外の山へ向かい走り出した。
「お食事は……済んでるみたいですね」
突然、運転席のクロハネがそう言った。
「え、なぜ分かったのですか」
「いえ、海鮮の匂いがほんのりとしたものですから。あとチョコレートの匂いも」
それを聞いたコンが体を起こし、運転席を覗き込む。
「あなた、イシネレプ?」
おや、とクロハネは少し驚いた風な声をあげた。
「ご存知でしたか。ええ、私は元々カラスです。なのでクロハネと名乗っています」
ああ、こいつ妖怪だったのか。それでクロハネという名前にも合点がいった。
「お前、妖怪だったのか」
妖怪とわかると、口調が悪くなる、というよりタメ口になる。いつもの癖だ。妖怪を差別しているつもりは無いのだが、仕事のせいかいつもそうなってしまう。
「ええ、カラスに姿を変えられるんですよ。運転中だから出来ませんけどね」
「へぇ、そうなのか。で、まさか依頼人が退治して欲しい妖怪ってのはお前か?」
ははは、とクロハネは笑ってみせた。
「失礼。お伝えしているはずですが、退治していただきたい妖怪はキムナイヌです。私は悪さはしてませんよ」
クロハネの運転する車は、山の奥深くへと進んで行く。途中峠を越え、入り組んだ道を進む。すると、少し開けた平地に出た。山を越えたのだろう、かなりなだらかな場所だった。そして、視界の前方には赤茶色をした洋館が、見えた。
「あれが、依頼人の家か」
ええ、とクロハネ。
「そうですね。先に見えるのが、『九十九(つくも)』邸です。もう着きますからね」
はーい、と怠そうに返事をするコン。仕事が近くなると、やはり高揚していた気分も下がるらしい。
そして、いよいよ俺達は九十九家に到着する。
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