第2話 失った時間の重さに気づき始める男

「そっかー、三十年かあ。ごめんね、おじいちゃん先に死んじゃって……」


 魔王の孫娘コレット様は私を城に招き入れ、紅茶を振る舞ってくれました。


「いえ、あなたが謝る必要はないんですが」


 紅茶の温もりに心が和らぎ、やり場のない愚痴を止めることができません。


「亡くなった方を悪く言うのは良くないとはわかっていますが、おじいさんの家、遠すぎますよ」


 海越え、山越え、空まで飛んで、氷山を溶かし、火山を凍らせて、砂漠に水を浸して、ようやく着いたと思ったら、地下500階の大迷宮。これを三度繰り返す。

 そりゃ三十年もかかりますって。


「おじさんもタフだね。私なら途中でやめてる……」


 コレット様は何杯も紅茶を注いでくれました。


「勇者さん、王様に伝えてくださいな。おじいさんは死んだし、跡取りの私に世界征服の野望なんてないからって」


 コレット様はこの大きな城で一人きりで暮らしていたそうです。なにしろ魔王が死んだことで魔王が作り出したおぞましい怪物も消えたそうなので。


 なるほど、どこを歩いても敵を見ないもんでおかしいなと思っていましたが、もういなかったんですねえ。


 ということは世界は平和じゃないですか。

 というか二十年前から平和だったのです。

 もっと早く知りたかったなあ。


 私は困惑しております。

 魔王を倒すことに夢中で、その後のことなど考えていなかったのですから。


「コレットさん。私、三十年かけてここに来たんですよ。また最初の城に戻るとなると、軽く七十超えてますよ」


「王様も死んじゃってるでしょうね」


「三十年かあ、こんなことしてなかったら今どうなってたかなあ……」


 愛すべき女性と出会い、小さな家を建て、子供が生まれ、慎ましくもしあわせな暮らしをしていたかもしれません。


 私は今まで何をしてきたのでしょうか……。

 平和になり刀を折った戦士はどうやって生計を立てていくのでしょう。


 大した技術にろくな資格もない男を雇ってくれる職人がいるのでしょうか。


「ねえ、おじさん、もうそんなのに付き合う必要ないじゃん」


 コレット様が私に言います。


「ねえ、あなた結構強いでしょ? 協力してくれない?」

「と申しますと」


「あなたと私なら異世界転移装置を起動できるかもしれない!」


 コレット様は目を輝かせていました。

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