第18話 出陣式@喫茶店
入学式翌日、朝。本日はクラスごとでの授業や単位に関する説明会である。
昨晩決めておいた服装にさっと着替える。無難なもの、無難なものと考えてアンクル丈のベーシュのパンツに細身の黒いポートネックの綿ニットとした。
さて、月さんとは玄関前で待ち合わせだが……起きられているだろうか。
驚くべきことに――というのはとても失礼だけど――月さんはすでに来ていた。しかも、昨日のような起きたてほやほやの格好ではなく、しっかり準備している様子だ(他人の見た目に言及するのは好きじゃないので、これくらいにする)。
「おはようございます」
「おはよう」
彼女からは、『遅刻?知らない子ですね』という得意気な感じがしたのだがスルーしよう。待たせて申し訳無い、いえいえ時間通りですよといった決まり文句的な会話あを終えて、
「じゃあ早速行こうか」
「はい、一日頑張りましょう」
時間にはかなり余裕がある。九時にクラスに集合すればよいことになっているが、集合したのはなんと七時だ。月さんから「正門の近くに喫茶店があるので、そこでお洒落朝食をしましょう」という提案を昨晩貰っていたのだ。特に断る理由もないし、コーヒー好きな僕としては願ったり叶ったりだ。
そういうわけで二人で喫茶店に入る。喫茶店の名前は「Yakata」。七時から14時までという中々変則的な開店時間だが、学生の朝食と昼食をターゲットにしていると思えば別に変な話でもないのかもしれない。
「うーん、僕はモーニングのBセットかなあ」
「私はAに牛乳をつけます」
「いいね」
Aセットはスクランブルエッグにサラダとウィンナー、Bセットはスクランブルエッグの代わりに目玉焼きとなっている。パンは食パンかクロワッサンか選べるということで、僕は食パン、彼女はクロワッサンを選んだ。
「しかし、ちょっとだけ緊張するね」
「そうなんですか。失礼ながらちょっと意外かもしれません。何となくあまりそういうタイプではないのかと……」
「僕は結構あがり症だよ。月さんは緊張しないの?」
本当だ。緊張すると話せなくなったりどもったりするのではなく、妙に愛想がよくなるのだが。
「うーん、さっきまで緊張していたのですが、光太さんと話しているうちにほぐれてきました」
僕が中高生なら勘違いしていたかもしれない柔らかな笑顔とセリフである。あまり他人の外観――特に女性ならなおさらだ――に言及するのが好きではない。しかし、そんな気持ちがあってもなお、その表情は――無機質な表情も知っていることも相まって――とても魅力的だった。
「それは重畳」
それでもあまり表には出さず平静な気持ちで返答、できていると思う。
そんな状況の中でモーニングセットが届く。比較的簡単な内容だからなのか提供速度が非常に早い。しかし、その中でも絶妙そうな半生の目玉焼きやふわふわのスクランブルエッグの中にプロの腕前が光っているような気がする。
「いただきます」
どちらからともなく、二人揃って手を合わせて食事を始める。
僕は食事中に話をするのが得意ではないが、正面にいる彼女もそうなのかもしれない。二人で黙々と目の前の朝食を平らげていく。
彼女は少しずつ食事を進めているが、僕もあまり早く食事ができないので気を使わなくよい。
あっという間、というほどではなく程よく時間を掛けて味わって食後の飲み物が運ばれてきたところだ。
「うちのクラスはどんな感じでしょうね?」
月さんがそのように話をふってくる。沈黙を恐れてという感じではなく思い立ったことをそのまま聞いてきた感じだ。
「どうだろうね。友人ができるといいけど」
暗に僕にも月さんにも、ということを含めているが伝わらないと思っている。
「そうですね。私はそれが心配です」
表情こそ変わっていないはその言葉が本心なのくらいは分かる、気がする。
「そういえば、先輩から聞いたいい方法があるよ。僕はこれを実践する予定です」
本大学に進学し、僕に色々教えてくれた例の先輩である。
「光太さん、私が何を言いたいか分かりますね?」
「はいはい。ご教示致しましょう」
ちょっとだけおどけて月さんが言ってくるので、僕も同じようにおどけて返す。
まだ出会って時間もたっていないはずなのに、かなり気安い関係になっているような気がする。まあ、結構濃い時間を過ごしたからだ。
「子曰く、『後ろの席の人に話しかけよ』。とりあえず話かける、って決めておけばどうしようかと悩む必要がなくていいからということらしい」
「おお、極めて合理的ですね。私も実践します!」
ふんす、と少しだけ鼻の穴を大きくして力強く彼女は宣言する。この調子なら陽さんが心配していたような事態――「お姉ちゃん、大学で友達もできずに孤独に過ごさないといいけれど」――にはならないだろう。
その後もだらだらと話したり話さなかったりしていい時間になった。
さて、出陣だ。
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