第19話 挙動不審×2

「ではまた」

「うん、それじゃあ」

僕は月さんと教室の前で別れ、それぞれ中に入る。あっさりしているが、そういうものだろう。

ここはいわゆる大学の教室――階段状になっていて講師を見下ろすようにするタイプのもの――ではなく、普通のボックス型である。但し、高校のものよりも一回り大きく、40人程度は入ってもまだ余裕がありそうだ。

時間は9時過ぎ。後5分くらいで指定時刻という段階なので、すでにかなりの人数が集まっていた。少しだけ違和感を覚えたが、それが何なのかまでは思い至らない。

教室前部には黒板の代わりにホワイトボードが設置されており、席順が張り出されているので指示に従い座ることにする。

幸いにしてというべきか、僕の後ろの席の人はすでに来ていた。

よし実践しようか。

僕は自席に座って鞄を机におき、くるりと後ろを振り返る。

そこにいたのは、結構ガタイのいい男性。茶髪にアップバンクのベリーショートという、言葉を選べばな感じで、人によっては――それこそ月さんだったら――忌避するような格好かもしれないが、僕としてはあまり気にならない。金髪ピアスの幼馴染に比べれば全然普通の大学生だ。

「こんにちは。話しかけても?」

「あ、ああ。も、もちろんさ」

おどおどきょどきょど。そんな擬音が聞こえてきそうなくらい挙動不審を体現している。その瞳は不安げに左右に揺れ、うっすら冷や汗をかいているようにも見える。

え、この人大丈夫か?

そういった考えが脳裏をよぎるが、緊張しているだけかもしれない。それに第一印象だけで決めるのは良くない。昔、そう学んだのだから活かすべきだろう。

「僕は字野光太といいます。よろしくどうぞ」

須津川宗介すどがわそうすけだ。よろしく、字野」

そう言ってにこやかに笑いかけてくる。挨拶を交わしただけの印象だが、なんとも普通だ。彼が今風なのは見た目だけで、その話し方からはむしろ真面目そうな雰囲気がある。

「しかし……なんだか緊張するな!」

「そうですか?」

「ああ、敬語は使わないでくれ。俺は一浪だから、距離を置かれているようで少し困るかもしれん」

「ん、わかった。で、緊張?」

「ああ……」

と、ここで彼は声を少しひそめて、僕にこそこそ話しかけてくる。

「なんか、周りの人間関係がすでに出来上がっている感じがしないか?」

そう言われて周りを見渡してみると、ほとんどのクラスメイトがかなり親しげに話しているように見える。なるほど先程の違和感の正体はこれだ。初対面の者達が多いはずなのに親しげな雰囲気はややおかしい気がする。まるで事前に知り合っていたかのような……

「あ」

「ん? なんか思い当たるのか?」

「そういえば、新入生向けの入学前交流会とかあったような……」

資料の中にあった気がする。僕は面倒臭がって行かなかったけど。

「まじかよ……全然把握してなかった。実は入学式前の引越しやらでバタバタだったんだ」

茫然自失という感じで須津川は言う。

「あんまり気にする必要はないよ。人間関係なんてなにかのきっかけでそのうちできるさ」

もちろん脳裏をよぎるのは例の姉妹だ。

「……なんか、こう、達観していないか?」

「んー、そんなことはないと思うけど……」

そうしているところで事務員の人が入ってくる。

「そろそろ始まるみたいだね」

「そうだな……うおっ!」

事務員さんの方を見ようと思った瞬間、須津川が椅子から飛び上がるのではというくらい驚く。

「ど、どうしたの?」

「いやいやいや、何でもない!」

さっきまでは普通に話していたはずなのに、話しかける前に逆戻りの様子。彼の顔からは冷や汗が吹き出している。しかし、突っ込むには時間がないので、「大丈夫ならいいけど……」と言うだけに留める。

どうしたんだ一体?


最初に出席の確認をすると、どうも一人いないらしい。事務員さんはぶつぶつと何事かぼやいていたが、説明をそのまま続けるようだ。具体的には、資料の配布と単位の説明などなどがあり、結局一時間程度で終了した。もちろん、この後には公式の予定は何もない。


「この後飯でもどう?」

事務員さんが出ていくとクラスの人達はグループを作って、三々五々に解散していく。せっかくなので、須津川をご飯に誘ってみる。

「お、おう……えーと、いや大丈夫だ」

何か気になることでもあるのだろうか。相変わらず何事か動揺しているようだが、とりあえずOKをもらえた。

「他に誘えるヤツもいなさそうだし、行こうぜ」

「うん。って、あ……」

気がつくとクラスには殆どいない――と思いきや、ポツンと立ち尽くす一人を発見。先程の須津川に負けないくらい挙動不審な人……月さんである。カフェでの元気な様子はどこへやら、よく見ると少し泣きそうな顔になっているようだ。

ため息をこっそりとつきつつ、須津川に確認する。

「あのさ、あの子、知り合いなんだけどご飯に誘っていいかな?」

須津川からはあっさりOKが出たため、彼女に声を掛ける。泣きそうな顔が一転、とても嬉しそうな顔に変わり、なんとも忙しそうだ。

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