第17話 何もしないという選択肢はもはやない
僕はスーツのままベッドに倒れ込む。シワがついても構うものか。どうせ安物だし、この後クリーニングに出して、しばらくはタンスの肥やしになるだけだ。
姉妹と大学に行き、実家にとんぼ返りして、そして今日の入学式。三分の二が月さんと陽さん絡みで色々あった。もっとも、陽さんは今日夕方の便で本州に戻るらしいのでここまでばたばたした日は続かないだろう。
さて、これからどうしようか。
今日何をするという話ではない。というか、もう疲れてしまったので今日この後は何もせずにぼけっとするだけだ。ご飯もコンビニでいいや。
考えるのはあの姉妹、正確には月さんとの向き合い方である。陽さんがいなくなる以上、彼女とはただの隣人関係に戻ることも十分可能だと思う。大学が一緒といっても、うちは総合大学でキャンパスも広大だ。授業で顔を合わせることもあるだろうが、親しく付き合わないこともできる。今後の大学生活で色々なコミュニティができる(と期待している)し、その中に彼女が含まれていると限らない。
しかし、この思考は無意味だ。結論なんてもう出ているのだ。
自動的に思考が展開されていく僕の元に一つの連絡が来る。。僕はジャケットの内ポケットからスマートフォンを取り出し、画面を確認する。やはりというべきか、月さんからのメッセージだ。
早速開いてみると、ながーいながい謝罪文だった。具体的には、画面を二度スクロールさせる必要があるくらい。僕は全然気にしていないのに律儀だ。ざっと内容を確認していたが、一番最後に以下のようなメッセージがあった。
『本日もこのような醜態を晒してしまったばかりで本当に恐縮なのですが、明日のクラスごとの説明会、一緒に行きませんか。ちなみに私は文系の10組です』
僕は思わず天を見上げた。仰向けになっていたので態勢を変えていないのだが、気分としてはそうしたかったということだ。
何を隠そう、僕も文系の10組だ。ミステリー小説なら何かの作為や事件の香りがするのかもしれないし、ファンタジー小説なら運命やら天命やら大層な表現を使うのだろう。しかし、ジャンル分けするのもおこがましい三文小説である僕の人生ではただの偶然だ。「そうあったからこうなった」というだけ。
そう、結論は出ている。もしかしたら、彼女に何か悪いことが起こるのかもしれない、もしかしたら僕が彼女に対して何かできることがあるのかもしれない。この状況で何もしないで彼女から距離を置いたとき、僕の喉に小骨が刺さったままになることは明白だ。僕の心の安寧を守るために、よりよい睡眠を取るために、より大きな面倒を避けるために、このままズルズルと彼女とよき隣人・友人関係を築く、そういうことだ。
もっとも、少し嬉しいとか気恥ずかしいとかそういった気持があったことは否定しない。面倒くさがりな僕でも、誰かと親しくなりたいという願望は捨てきれていない。
だから、月さんからの長文に対してどのようにメールを返すのが丸いのか、ということに悩むことになる。
しかし、メールが追加された。姉妹の片割れ、陽さんからだ。こちらは比較的短く、お礼と姉のことをよろしくということくらいだが……気になる一文が。
『お礼というか、お願いというか、そういう諸々を込めてプレゼントをお部屋のドアのレターボックスにいれといたから!』
プレゼント? これは予想外だが……なんだろう?
よっと、一声上げてベッドから起き上がり早速ボックスを確認する。コンビニとかに売っているベージュの封筒があるが、これが件のものだろう。迷う必要もないので、封を切ってひっくり返し中身を確認するが……。
「まじかよ」
それは鍵だった。僕の部屋の鍵と全く同じ作りのものだが、どこの鍵穴に差し込むことができるかなんて考える必要もない。
「(とんでもないものを渡すんじゃない! 月さんの部屋の合鍵だろっ、これ!)」
毒を食らわば皿までというものの、月さんと友人関係を築こうと決意したばかりの僕にこの鍵をどうにかするほどの勇気はない。とりあえず元のレターボックスに戻して見なかったことにした。
僕はため息を……なんだかため息をついてばかりがするので、色々な疲れやら思いも含めて飲み込むことにした。しかし、どう返答したか二通のメールの存在を思い出し、結局口からため息が漏れるのだった。
今日、お風呂に入った際、歌姫の歌声が聞こえてきた。少しだけ楽しそうに嬉しそうに聞こえたのは気のせいだろうか。
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