第14話 入学式、なんですが……
今日は入学式。冬から色々とありましたが、ようやく一つのスタートラインに立ちます。昨日までの私と今日からの私。何も変わりはしないとしても、何かを変えていきたいと切に思います。最愛の妹よりも自分のことを優先したのだ。それだけの何かをこれからの四年間で積み重ねなければならないのです。その試金石にして一歩目が今日一日なのです。
しかし……
「おえ……」
ベッドから身体を起こそうとして、思わずえずいてしまいました。お腹の中には何も入ってないはずなのに、漬物石でも胃袋に入っているのではないかというくらいの異物感。風邪を引いたのかとも思いましたが、熱っぽさといった症状は感じられません。ただひたすらに気分が悪く、身体が重いのです。しかし、今日一日を欠席するなんてありえません。
とにかく今が何時か確認しないと……そう思った瞬間、インターフォンが鳴り響きました。きっと陽が迎えに来た、そうすると結構な時間になっているはず、そこまで何とか頭が回って玄関まで向かうことにします。
「う」
上手く身体に力が入らず、目覚まし時計やスマートフォン、そして私の身体が床へと落ちてしまいます。それでも何とか玄関までは這いずって行き、シューズボックスに手をつきつつ、玄関を開けるためにドアノブに手をかけようとします。
しかし、私が鍵を開ける前に騒がしい金属音とともに扉が勝手に開きます。そういえば一昨日に合鍵を作って陽に渡していましたね、ぼんやりと考えながら……私は態勢を崩し前に倒れてしまいました。
「うわっ!」
しかし、地面にぶつかることなく誰かに支えられました。陽よりも明らかに大きく、硬い感触。この時点で何が起こったのか察しています。だからこそ、私の身体が触れているところから感じる温かさから少しだけ胸が高鳴るのを抑えられませんでした。
「ちょっと、大丈夫か!」
やはり光太さんですね。その慌てているような声を私はどこか他人事のように聞いています。
「お、お姉ちゃん!?」
すぐ近くからは陽の声もします。おそらく私がいつまで経っても来ないので陽が光太さんに相談したのでしょう。
「ええ……ご、ごめんなさい」
「いいから。ごめん、部屋に入るよ」
「はい……」
私は光太さんに支えられながら部屋の中に戻ります。
この状況をどう表現するべきなのか私は知っています、「無様」ですね。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
私と陽は隣り合ってベッドに座っています。光太さんは私達の正面に立ちこちらの方を伺っています。
「いえ……ちょっとだけ体調を崩しているだけですから」
「熱はある?」
「測っていませんが熱っぽくはないです。何となく身体から力が抜けるだけです」
「そう……入学式は、行く?」
行かないほうがいいんじゃない? 陽がそう言いたいのは表情を見なくても分かってしまいます。現在進行系で家族や友人に迷惑を掛けていることくらいは自覚しています。それでも。
「行きます……!」
ただの戯言やワガママに過ぎません。しかし、ここでくじけてしまうと私の中のなにかが駄目になってしまって、そのまま立ち上がれないのではないかと漠然とした不安がありました。
「妹である陽さんの眼からみてどうだい?」
私達のやり取りに光太さんがはじめて口を挟んできます。しかし、そのトーンはやや平板で、冷たいような印象を受けました。
「……お姉ちゃん、大丈夫そう?」
「ええ」
「分かった。僕も付き添うから一緒に行こう。外でタクシー拾ってくるから、その間に準備を」
私達の返事も聞かず彼はそのまま行ってしまいました。
今まで見て聞いて感じた彼の印象。そして今日の彼の印象。どこかちぐはぐで、歪なところがあるような……ぼんやりと霞む私の頭ではそんな感覚がよぎります。
陽に準備を手伝ってもらい、フラフラしながらなんとか自宅から出ています。自宅前の道路で、タクシーを止めて光太さんが待っていました。
「大丈夫?」
「ええ……光太さんにもご迷惑を掛けてしまっていますね」
「今、大事なことは君の体調だ。そんなつまらないことを気にするなよ」
その発言の内容は素晴らしく優しいもののはずなのに、そのトーンは正反対に冷たい。
『そんなこともお前は分からないのか?』
そう言われているような気がしてしまう。彼は優しいのか、そうではないのか。
私は――不器用で分かりにくいものの――前者としか思えないのです。
「陽さんは月さんと一緒に後ろに乗るでしょ?」
「いえ、私は前に乗るので、光太さんとお姉ちゃんで後ろにお願い」
「……なるほど。分かった」
何か陽と光太さんが目で会話をしているような気がしますが、それを気にするほど私の体調には余裕がありませんでした。
二人に促されるまま、私はタクシーの後部座席に乗り込み……あっという間に眠りに落ちてしまいました。
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