第12話 私史上最高のアイディアです。
今日はどうしたことでしょう。なんだかとても楽しいです。口もいつもよりよく回っていて、ほぼ初対面の男性である光太さんにも怖気づくことなくお話できているような気がします。受験シーズンからここ最近ではこんなに調子がいい日はなかったので、ふわふわと軽い気持ちです。
「さあ、二人共行きましょう!」
そういうわけで、いつもよりもテンションが高く二人を先導して歩き始めます。いざいざ医学部棟へ。
テーブルに頭を突っ伏しているのだーれだ? 私です。
「……」
いかに調子が良かったとしても私に過ぎません。文化系部活出身の私は全然体力なんかないのです。受験のせいで体力が落ちたというのもありますが、ちょっと歩いただけでこの疲れは言い訳もしようもないですね。
結局、文学部棟から医学部棟までは徒歩で30分もかかりました。医学部棟の前からメインストリートを通って正門まで戻る途中で私の体力が尽きたのです。
そこで近くにあった食堂に避難した次第です。
このキャンパスには何種類も食堂があるようで、正門近くの正門食堂、正門から一番離れたところにある端っこ食堂、その中間にある真ん中食堂の三種類がメインになり、ここは真ん中食堂です。もちろんこれらは学生たちの間での俗称で、正式の格好いい名前もお伺いしたましたが、カタカナ名称だったので覚えられませんでした。
「おねえちゃん、大丈夫?」
「もう駄目です……姉は必修の授業の単位も取れず留年してしまうのですよ」
一限目は寝坊で遅刻のおそれあり。しかも、光太さんから道中に聞いた話によれば、一年生は遅刻しないように授業に出るためにキャンパス内を走り回ることもあるとか。私のこのような体力を鑑みると、必修の授業でそんなことになったら大変に不味く、留年という言葉がやや現実味を帯びてきます。
「留年の理由が寝坊だったら私は擁護しないからね」
それはそうなんですけどね……。
「おかしいなあ、朝が弱かったり体力があまりないのは知っていたけれど、ここまでだったかな?」
「いつもはこうじゃなかったの?」
これまでの私を知らない光太さんは、陽に向かってそう質問しています。
「んー、高校に通っていたころはもう少し、しゃきっと起きていたし、体育の授業も3とかはとっていたと思うよ。朝は私が叩き起こしていたんだけど」
「自分では起きてなかったんだ……」
光太さんは微妙な顔をしています。家族に甘えるのは悪いことじゃないんです、適材適所なんですうー。
「まあ、一人暮らしの環境に慣れていないっていうのもあるんじゃないかな」
さっきから思っていましたが、光太さんはフォローがお上手です。決して思いつきで適当なことを言っているわけではないような、そんな妙な説得力を感じます。
「ああ、そういう可能性もあるのかあ。だからといって、お姉ちゃんは留年しちゃ駄目だよ」
「流石に留年は不味いので、全力を尽くします……」
「これからどうするの?」
私の体力も戻ってきたところで、光太さんは私達に話題を振ってきます。
「私達姉妹は特に予定ありません。光太さんは何か予定があるのですか?」
「明後日の入学式に向けて準備するとかそれくらい」
確かに、入学式の準備くらいはある程度しておく必要がありますね。しかし、すぐに終わる作業だと思いますし、要するに彼も特に予定がないということですね。
「でしたら、ランチをご一緒しませんか?」
思い切って私は光太さんにそう提案してみます。私にしてはこんなことを思いつく事自体が珍しいですし、ましてや自分から誘うなんて初めてではないでしょうか。口に出してすぐ、テンションに任せてしまったことを若干後悔してしまいます。
「僕は大丈夫ですけど、お二人の邪魔にならないかな?」
「もしそうだったら、ここでお誘いしませんよ。陽もいいですよね?」
「え! う、うん。もちろん大丈夫だよ」
上手く行きました。流石私です。
何だか大学生活が上手く行くような気がしてきました。きっと留年とかも大丈夫です。
「お姉ちゃん、今日はどうしたの?」
光太さんはお花を摘みに行っていますのでこのテーブルには私達しかいません。それでも秘密の話だから、とでもいうように小さな声で陽は私に話しかけています。
「どう、というのは?」
質問があまりにざっぱくとしているので私は聞き返してしまいます。もっとも、私自身自覚があるところなので陽の意図はなんとなく分かっています。
「うーん、いつもより積極的というか、コミュニケーション達者というか……なんか元気だよね」
最終的に『元気』というキーワードに行き着くあたり妹らしいですが、とても適切に私の状態を表しているように思えます。そう、端的にいって今日の私は元気なのです。最近の私と比較して活力が充実していると言えます。
「やはり陽からもそう見えますか。何だか今日は調子がいいというか、滑らかに口が回るというか……変でしょうか?」
「ううん、全然変じゃないよ。むしろそういう感じなら、私もお姉ちゃんに友達云々の心配をしなくていいくらいだよ」
昨日からやたらと友人ができるか心配してきますが、そんなに姉に友達がいないように見えるのでしょうか。
「あっけらかんと悲しいことを言わないで下さい。姉にも友人はいます」
「でも、高校卒業してから全然連絡とってないでしょ」
「……」
図星です。友人といえども用がないのに連絡するというのはなかなかできないのです。私の周りにいた人たちもそういうタイプだったので、必要が生じない限り今後もお互い連絡を取ることはないでしょう。今気づきましたが、こういったところから『友人』から『友人だった人』に変化していくのしょうね。
「大学では一生モノの友達ができるといいね」
そんな私の内心を見透かしながら、陽がこちらに戻ってくる光太さんの方をちらっと見ます。私もついその姿を追ってしまいました。
字野光太さん。普通の好青年に見えますが、ちょっとだけ変な人感があるような気がします。私と性格が似ているようにも思えませんが、何だか妙に話しやすいと感じています。もしかしたら、陽のお墨付きをもらっているからかもしれませんが、それにしても……。
まあ、何となくですが。彼とは長い付き合いになるような予感がしてきました。こういうのは陽の専売特許ですが、私にだって女の勘というものはあるはずです。いままではうんともすんとも言ったことのないポンコツですが、あるにはあるはずです。
食堂でそのまま食べるという話もでましたが、陽が『どうせ二人共今後は学食をよく使うでしょ? それなら今のうちに気軽に外食できるところを探してみない?』と提案し、光太さんは『大学に入ったら男友達と外食することは多いと思う。せっかくだから、男子だけでは入りにくい女性向けのランチに行ってみたい』という意見でした。そういうわけで、正門から徒歩10分、駅前にあるおしゃれなカフェでのランチとなりました。ネットの口コミによれば、ランチセットのコスパよし、ということらしいです。
「すいません、Aセット二つとCセット一つで、食後の飲み物はブレンド一つと、ホットのオレンジペコとオレンジシュースでお願いします」
光太さんは私達の注文をまとめて、サラッと定員さんに注文してくれます。なかなかどうして、そつがないといった感じですね。
「そういえば、お姉ちゃんは取る講義とかを決めているの?」
お水を一口飲んでから陽は私に聞いてきます。
「うーん、もちろんシラバスは確認しましたが、全然決まりませんね」
決めてないというのは事実ですが、面倒で放置というわけではなくよく分からなくて決めることができなかった、ということを強調しているつもりです。
そんな心情は陽にあっさりと見抜かれているのでしょうが、彼女は素知らぬ表情を崩しません。『決まっていないものは決まっていないんでしょ』と言われているようです。
「大学って自分で全部授業を選ばないといけないんだもんね。光太さんはどうなの?」
「僕はまあ、ある程度は決めているよ。必修は取らないとだから、選択必修と進級に必要なものを見繕って、後は興味のあるものをどこまでとるかという具合かな」
な、なんだかちゃんとした大学生がいます。男子大学生なんて全員麻雀と酒に狂っている、という噂はやはり偏見だったのですね。
「これがちゃんとした大学生だよ、お姉ちゃん」
「……ぐうの音もでませんね」
「普通は大学の講義を決めるなんてこれからだよ」
まあまあ、と弘大さんは陽をなだめます。
「というか、光太さんはどうやって決めたんですか?」
「高校の先輩がここに通っているから色々教えてもらったんだ」
「なるほど、そういう繋がりですか」
私の通っていた高校から本大学への進学実績はゼロだったため、そういった繋がりは望むべくもありません。
「講義の選択に関しては相談ブースみたいのがあると思うからそこで相談できるんじゃないかな?」
「……はい」
多分、私はそういったブースに行こう、行こうと考えて後回しにして行かないような気がします。サークルも同様です。
どうしたものか……と悩んだのも一瞬、私に天啓が舞い降りてきます。
光太さんに教えて貰いましょう。最悪、講義は全て一緒にしてしまいましょう。同じ文系のはずですし。
とっさの思いつきでしたが、素晴らしいアイディアのように思えます。あとは、タイミングを見計らって……まあ今度にしましょう。
いまは早速届いたAセットを食するのです。
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