第11話 変な姉妹

入学式さえ迎えていないのに、色々(というか二人)に流されてここ二日間は非常に慌ただしい。まるで僕の人生じゃないみたいだ。

悪い気分はしない。もちろんいい気分もしない。なんというか、そういうこともあるかなくらいの感覚に過ぎない。

とにかく、昨日の喫茶店から一晩明けて今日は大学まで散策である。女性二人と一緒だから両手に花という言い方もあるかもしれないが、まだ親しくもない人たちと一緒だと疲れるだけだ。


そういうわけで、ハプニングもありつつ大学の正門まで着くことができた。昨日陽さんは「姉はちょっと変わり者なので……」といっていたが、確かにその評価自体は否定できない。変人の片鱗が見え隠れしている。だが、妹の方も性格以外の部分でぶっ飛んでいるので、『君がいうなよ』と思ってしまう。

つまり、今の所の印象としては「変テコ似たもの姉妹」だ。しかし、二人のやり取りを見ていると、そんな姉妹だからこそ隙間なくピッタリと噛み合っているようにも思える。比翼連理という言葉が浮かんだが、男女にしか使わない言葉だと思うので誤用だろう。

いずれにせよ、そういう二人なのだから超能力の件を抜きにしても片方が離れて暮らすという状況を不安に思うことも想像しやすいところではある。僕には兄弟姉妹がいないからよく分からないけどね。

「それで、ここからどうしようか?」

古い、立派な正門を見ながら陽さんが僕に話しかけてくる。姉である月さんの方は「がっでむです」とか呟きながら正門、ではなく虚空を見つめぼんやりしている。ちょっと近寄りたくない。なお、陽さんの提案もあり僕も月さんと呼び、敬語も使わないことにした。はっきり言って姉妹で口調を分けるのが面倒だったのでその提案は渡りに船である。

とりあえず、月さんの方は無視して、

「とりあえず最寄りの棟に行こうか。そこでの授業もあるし」

「はーい。ほら、お姉ちゃんも行くよ!」

「そうですね……」

びっくりするくらい意気消沈している姉とその背中を両手で押して前に進ませる元気な妹。いい意味で凸凹コンビ。


周辺にはやや雪が残っているものの、キャンパス内の道には全然積もっていない。一応冬用のチャッカブーツを履いてきていたが、今日が最後の出番かもしれない。

二人のペースに合わせてゆっくり進んでいるが、月さんよりも陽さんのほうがきょろきょろと楽しそうにしている。陽さんの振る舞いは『入学が待ちきれない新入生』そのもので、対して月さんは『新入生に同伴してキャンパスに来てしまったがすでに疲れ切っている人」という感じ。

「あれがさっき言っていたやつ?」

先行していた陽さんがこちらを振り返りつつ、一つの棟を指差している。

「うん。あれが文学部棟。文学部の生徒さんや教授陣が主に使うビルだね」

見えるのは薄い黄色の大きな大きな建物だ。この大学はある程度中心部から離れたところにあるからか、土地が余りに余っている。そのため各学部ごとに一つの建物が用意されているという中々の贅沢ぶりである。しかも、各棟の間には十分すぎるほど距離が話されていて、各棟で授業を受ける生徒達が日中顔を合わせることはほとんどない。サークルとかに入っていないと学部ごとに生徒が固まってしまうことになる。

なお、そのせいで我々一年生は教養の授業を受けるために色々な棟に赴かなければならず結構苦労する。この大学に昨年から通っている先輩の話によれば、一年生が授業の移動のために走り回る様子は名物になっているとかなんとか。

「へえ。大学の建物って無機質な印象があったけど、意外と華やかな感じなんだ」

徐々に近づいてくる文学部棟を見上げながら陽さんはそんな感想を漏らす。そういえば、彼女もこの大学に入るかもとか言っていた。もしかしたら将来このキャンパスに通う自分を想像しているのかもしれない。

「陽さんは高校何年生だっけ?」

聞いていなかったような気がするので話しかけてみる。

「あれ、言ってなかったっけ。今年は高校三年生の受験生でーす!」

左手でピースしつつ、その手を顔の横に持ってくる。若さほとばしる、高校生にしか許されないポーズである。

「そんな人がここで油売っていて大丈夫なの? 予備校とかもうみんな行っているんじゃないの?」

周りのみんなはこの時期から通っていた気がする。

「私は今のところ成績も分だし、通うとしても夏からかなあ」

「……陽。あなたのことだからしっかり考えた結果でしょうけど、春から通っていて損はないと思いますよ。私は夏から通っていて結果的に失敗したわけですし」

どんよりとしたから一転、今度は妹を気遣う姉の顔をして会話に参加してくる。ぼうっとしているように見えたが僕らの会話は耳に入っていたようだ。

「うーん、そうだけどさあ……お姉ちゃんが失敗したのは学力の問題じゃないでしょ?」

「まあ、一応そういうことになっていますが……勉強しておく分に損はないです」

もしかしたらセンシティブな可能性のある話題なので、僕は黙っておく。こういった姉妹だからこそできる話題を僕のような他人がいるところでするのは勘弁して欲しい。陽さんの方はすでに僕に対してなんの警戒心も働いておらず、全然気にしていないのかもしれないが。

「でも、ありがとう。帰ってからよく考えてみるよ」

「是非そうして下さい。陽の成績なら予備校の特待生にも余裕でなれるでしょうし」

絶対ですよ、ときちんと念を押している。月さんに対しては『変な人』、あるいは『だらしない人』という印象を持っていたが、こういった側面もあるのか。しかし、今の会話で気になった部分があったのでつい聞いてしまう。

「陽さんは成績がいいんだね」

正直ちょっと意外である。

「光太さん! 意外って顔に書いてあるよ、失礼な。これでも比較的真面目に高校生やっているんだから」

顔に書いてあるはずないだろう。僕は無表情でこそないが失礼な内心を表に出さない程度の配慮はしている。まあ、この辺はもはや今更なのであまり気にするほどのことではないが。

「こう……字野さん」

「下の名前で大丈夫だよ。陽さんに引っ張らちゃうんでしょ」

月さんはしまったという顔をしていたが、彼女(と陽さん)に限って言えば、名前で呼ばれても馴れ馴れしいという印象はなかった。

「そのとおりです。では、失礼して、光太さん。一年生が使う可能性のある棟で一番遠いところってどこになりますか?」

「あー、多分医学部棟になると思う。次はそこまで行ってみるってことでいいかな?」

「はい。一番遠いところまで行くのにどれくらいかかるか確認させて頂きたいのです」

「いいね。そうしてみよう」

「ありがとうございます」

そういいながら、彼女は先んじて進もうとする。何となくその足取りは軽いようにも見えたが、普段の彼女がどのような感じなのか分からない僕にはその軽重の判断はできなかった。医学部棟はメインストリートをまっすぐ進んだ一番奥にある。歩いて行くと……まあ結構かかるはず。

と、そこで後ろからこしょこしょと陽さんが話しかけてくる。

「光太さん、お姉ちゃん変かもしれないけど、本当はちゃんと優しい人だからね」

その表情を見てみると割合真剣な顔をしていた。

「大丈夫、何となくだけど伝わってくるから」

確かに、朝に弱いとか何だかふらふらしたところはありそうだ。しかし、親しくない人には礼儀が必要なことを分かっているのか、決して馴れ馴れしくなく、僕への接し方もかなり自然で適切に距離を保とうとしているのが分かる。そして何より……

「妹思いの自慢のお姉さんなんだろうね」

妹である陽さんに対しての愛情がよく見て取れた。家族思いの人間に悪い人間なんかいない、ただの偏見だけど、僕はそう思っている。これは僕の幼馴染かつ親友から教わったことだ。あいつを見て、この偏見は生じ、僕にとってのの一つになった。

僕の言葉を聞いて――きっとその能力で僕の心からの言葉であることも伝わって――陽さんは今まで見た中で一番嬉しそうに、その頬を緩ませたのだった。


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