第10話 近いようで遠い大学でした。

意気揚々、出鼻をくじかれ、結局普通。

そんな感じで私は302号室のインターフォンを鳴らします。すぐにが出てきてくれます。当たり前ですがコートまで着てすでに準備万端のご様子です。

「おはようございます、先程は大変失礼致しました」

私から機先を制して謝罪をします。見定める云々はあるとしても礼を失するのはいけません。

「おはようございます。いえ、こちらも気にしておりませんので」

なんとも柔らかな対応です。こういうところも陽の目に叶ったのでしょうか。

「あと……先程のは忘れて頂けると幸いです」

「ああ、僕は何も見ておりませんので大丈夫ですよ」

明らかに嘘だと分かるが、そういうことにしておくということなのでしょう。恥ずかしさはまだ残っていますが、忘れるようにしたいと思います。

「光太さん、姉が失礼をして遅れてしまいましたが早速行きましょう!」

陽の元気な声を受けて大学へと向かいます。


私達の通う大学はちょっと異常なくらい広い。端から端まで徒歩で行くと10時間ほどかかるらしい(もちろんネットで見た話なので誇張されている可能性もありますが)。とは言っても、実際に端にあるのは理系の実験施設とかのはずなので、毎日そんなところまで行くということはないと思います。

「うちから大学までは徒歩20分ですから八時半まで寝ていても余裕で一限に間に合いますね」

今日の私はちょっと積極的に行きます。陽の目も後押しもある中で、姉としての威厳やコミュニケーション能力を見せるのです。

「お姉ちゃん、一限って九時からでしょ? 10分で準備する気なの……」

恐ろしいものを見るかのように陽は私を見てくる。今日みたいに時間を掛けるのはあくまでも例外です。

「お洋服は前日に準備すればいいし、大学に行くだけならナチュラルメイクで大丈夫でしょう」

「ナチュラルメイクってメイクしないって意味じゃないんだよ……」

……。

「無論知っていますよ。とにかく大丈夫です」

とりあえず、陽に対しては強気で断言しておけばそれ以上何も言ってこないことが多いです。呆れて物が言えない、ということかもしれませんが。

「光太さん、お姉ちゃんになんか言ってあげて!」

ここで我が妹は字野さんに水を向けます。女子トークに居心地悪そうにしているかと思いきや、彼は思いの外自然に会話に入ってきます。

「いや、流石に女性の準備時間とかについては分からないよ。でも、本人がいいといっているのなら大丈夫なんじゃないかな?」

おお、見事な援護射撃です。これで陽も納得して……

「甘いです、光太さん! お姉ちゃんのことだから高校のときみたいにメイクなしどころが寝癖のままで通学するよ!」

陽ちゃん。姉の痴態を無闇に晒すのはやめて下さい。先程すでに自主的に晒してしまっていますが。

「メイクは分からないけど、寝癖かあ」

「寝癖ですよお」

字野さんはあまりこちらに目を向けていませんが、『流石にちょっと不味いのでは』というのが口調に現れています。もちろん妹はジト目でこっちを見ています。

「あと、徒歩20分というのは……」

「違いましたか? まあマップで軽く調べただけですので多少の誤差はあるかもしれませんね」

「誤差というかなんというか……その20分というのはうちから大学の正門までの距離だと思います」

「えっ」

「一回生の場合、教養の授業が多いので結構キャンパス内を移動します。なので20分というのは実際には参考にならないと思います」

お……。

「終わりました……ガッデムです」

「そんなに大変かなあ」

彼は不思議そうにこっちを見ています。朝に強い人には分からない苦しみなんです。

「うーん、それは不味いね」

陽は自分の額に手を当てて渋面を作っています。

「そうなの?」

けど、お姉ちゃんは朝、弱いから」

「そんなことけどそれだと結構大変かもね」

二人は飄々とそんなやり取りをしています。すっかり仲良しで。というか、私が友人を作るということのはずですが、むしろ陽のほうが字野さんと仲良しこよしではないでしょうか。無論それはそれでいいことなんですが。

「もう、そんなにごまかさなくていいです……」

妹に釣られる形とはいえ、分かっていてやっていますね。

「というか、光太さん。お姉ちゃんに敬語使わなくていいよー」

「そうかな?」

「そうだよ。というか妹かつ年下の私がタメ口なんだから、お姉ちゃんには敬語っていうのも変でしょ」

「そういうものか」

私に関することが私抜きで決まっていますがまあ別に構いません。同学年で無理に丁寧な口調を使う必要はありませんから。私の口調はこれが素なので問題なしです。

「しかし、どうしましょうか……」

「え、早起きを頑張ればいいんじゃないの?」

私の心からの嘆きに対して字野さんが驚きつつこちらを見てきます。早速砕けた口調になっていますが、なかなか切り替えが早いですね。私も多少見習いましょう。

「無理です」

「即答しないで、恥ずかしいでしょ!」

「ま、まあ一限目を避けて授業を取るという方法もあるから……」

「それです、ナイスアイディアです」

持つべきものは入学前に色々情報を教えてくれる同期生ですね。

「一回生は一限目が必修のことが多いけどね」

「がっでむです」


そんなこんなで話しているうちに大学の正門です。しかし、私の内心には暗雲が立ち込めています。果たして、この正門から色々な棟まではどれくらいかかるものなのでしょうか。

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