第9話 陽がいつの間にか隣人と仲良くなっています。

私は月という名前の通り朝が弱いのです。低血圧なのかどうかは知りませんが、とにかく気持ちよく起床することができません。

なので、ぴんぽんぴんぽんぴんぽんと連打されるインターフォンの音で起きるなんて最悪です。嫌だろうなあとなんとなく想像してはいましたが、まさかここまでとは。

もちろん、知らない人がインターフォンを鳴らす予定もないので誰がやっているかは明白です。無論、このまま惰眠を貪ることもできないので、仕方なくベッドより這いずり出て玄関を開けます。無意識的にですが、腕の中にはすっぽりイルカちゃんが収まっていました。

「ようちゃん、そんなに鳴らさないで……」

寝ぼけ眼のまま玄関を開けてしまいました、当然パジャマのままで。

「おはよ……お姉ちゃん扉閉めて!」

「何をそんなに慌てているのですか?」

私と違って陽は朝から元気ですね。名前のとおり朝方なのは本当に羨ましい限りです。ぼんやり陽の顔を眺めていると、その後ろに背の高い何者かがいるのに気が付きました。

「陽さん、僕は一端部屋に戻るから。その、なんというか準備が終わったらインターフォンを鳴らして。多分一時間はかかるでしょ」

そう言ってその人は隣の部屋へと向かいます。

「はい……お手数をおかけします」

まさに消え入りそうといった声で、もにょもにょと陽は謝罪らしきものその人に向かって呟いています。

流石に私もようやくこの事態に気づきつつあります。

「いまのは、お隣のジーノさんですか?」

大事なことなので念を押して確認しましょう。そう思って声を掛けたのですが、陽はここ最近で一番の怒り顔をしていて若干目が座っています。

「とりあえず、中に、入れて、くれるかな?」

「……はい」

この後何が起こるかはもちろん分かっていますので、先にこれだけは言っておきましょう。

「陽、お手柔らかにお願いします」

もちろん、腕の中のイルカちゃんのヒレを動かして少しでも陽の気が紛れるようにしました。


無事いつもの三倍くらい怒られました。


◇◇◇


「で、どういうことなんですか?」

陽に怒られた後、私も慌てて外出する準備をしています。あれこれ口を出され、結局少ない私服の中でもかなり気合の入ったコーディネイトとなりました。持ってきていたもののめったに出番がないだろうと思っていたお洋服達を組み合わせたもので、動きやすさよりも可愛さ重視という感じになりました。男性と一緒とはいえ、ここまでする必要があるのか疑問です。

今は寝癖を直そうとしていますが、毛量が多いのでこれだけでも四苦八苦です。

「何がさ?」

陽は未だ不機嫌です。確かに男性に寝間着姿を見せてしまうなど淑女にあるまじき失態で、正直この後ジーノさんの顔を見られないくらい恥ずかしいです。しかし、陽がなぜそこまで怒るのか不可解です。

「ですから、なぜ隣人の方と一緒に大学散策へ行くことになっているのです?」

「お姉ちゃん、メール見てないの?」

あ、また地雷を踏んだ気がします。陽と別れてお風呂に入った後、すぐに就寝して……インターフォンの音で目覚めましたからね。

「ごめんなさい」

陽に対して嘘をついても即、見破られてしまいますので素直に謝るのが一番です。

「はあ、もういいよ……。実は昨日お姉ちゃんの部屋から出た後、光太さんとたまたま喫茶店で遭遇したの。で、流れで一緒にお茶をすることになって色々話したんだけど、お姉ちゃんと同じ大学に通うことが分かったから、それなら一緒に大学まで一度行ってみませんかって私からお誘いしたの。そうしたら快諾してくれて――という流れ」

「ははあ、なるほど」

そういうこともあるものですね。そして、こちらからお誘いしたにもかかわらず肝心の姉があの状態では怒って当然といえば当然です。私もあのだらしない姿を見られて十分恥ずかしかったのですが、妹にこんな思いをさせてしまって追加で顔から火が出てしまいそうです。

「それに、お姉ちゃんにも事前にお友達がいた方がいいでしょ?」

「それは確かにそうですが……」

そんなに姉には友達ができなさそうに見えるのでしょうか。

「自分から行かないと大学で孤立しちゃうよ?」

「そ、そんなことはないです。私だって高校のときにはしっかり友人もいましたし……」

「高校と違ってクラスで毎日一緒っていうわけじゃないんだから、お姉ちゃんみたいに誰かと仲良くなるのに時間がかかるタイプは友達作るの難しいと思うよ。サークルとかにも入る気ないんでしょうし」

妹の気遣いが身に染みます。サークルのことまでバレているとは思っていませんでしたが。もちろん、「いいサークルがあれば入ろう」と思ってはいますが、迷ったり後に回しているうちに結局どこにも所属しない未来が見えます。

しかし、そう言われてしまうと急に不安になってきました。私はちゃんと大学生活を送れるのでしょうか。そんな不安を晴らすように陽が大きく宣言します。

「そこで光太さんです! あまり社交的ではないみたいだけど、なんだかんだいいつつも優しい人だと思うよ。変な下心もないしね」

「……なんだか随分彼の肩を持ちますね。もしかして何か感じる部分がありましたか?」

念のため確認しておきます。もちろん、陽の超能力で、ということを含意しています。昨日はなんだかんだで聞きそびれてしまいましたからね。

「そうだね……一応ちゃんと見たよ」

「どうでしたか?」

「なんというか、うん、光太さんは大丈夫」

驚いてつい陽の方を見てしまいます。

「あなたがそこまでいいますか」

「うん、

陽は明るくとても良い子です。姉の贔屓目に見たとしても、極めてまっとうでクラスの人気者になれそうなタイプです。しかし、実際はあまり人と仲良くならず、深く関与せずな態度のため、友人はいるものの親友はいないという感じだと思います。おそらく人のプラスかマイナスかが見えてしまうことが嫌で、なかなか他人に心を開けないのでしょう。

姉としてこのあたりを十分に支えてあげられなかったことには忸怩たる思いがあります。それもあって、本人には当然言っていませんが、陽の近くにいられるように家から通える大学に行きたかったのですが……浪人してモチベーションを保てるほどの強さがあるとは私にあるとは思えませんでした。結局、自分と陽を天秤にかけて前者を選んでしまった私は最低なのだと思います。

とにかく、陽にとって超能力はコンプレックスの源であり、したがってそれに関することで何かを断言することは滅多にありません。ですから、私達姉妹の間でというのは特別な意味のあるキーワードです。

だから、私もその言葉の意味することをちゃんと考えなくてはいけないのだと思います。

「あなたがそういうのであれば分かりました。きっと、いえ間違いなく信用できる人なのでしょう。ですが、仲良くなれるかどうかはまた別の話です」

急遽ヘアアイロンを準備して、ショートボブを軽く巻きヘアスプレーでしっかり仕上げます。普段はここまでしないのですが、陽の話を聞いて気が変わりました。

「もちろん。だから、なおさら今回の散策は丁度いいでしょ?」

陽は器用にウィンクをして嬉しそうに私の方を見てきます。どうやら先程までの怒りは収まったようでいつもの調子にすっかり戻っています。

「はい、ジーノさんがいかなる人なのかしっかり見させて貰います」

すでに起床してから一時間近く経っており、陽のお陰で気合も準備も十分。いざ出陣です!

「お姉ちゃん、光太さんの前で『ジーノさん』とか言ったらさっきと違って怒るからね」

「あ、はい」

さっきよりも……。ジーノさんって呼び方可愛くないですか、なんて陽に聞いたら怒られるのは明白なので、今後は心の中であっても「ジーノさん」と呼ぶのは絶対にやめることにします。

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