第8話 高級になり得るモンブラン
「超能力者というのは30%くらい冗談です!」
じゃあ70%は本当じゃないか。しかし、ここで話を区切っても仕方ないので頷くだけに留める。この本題がどこに向かって飛んでいくのか、もはや僕には皆目検討もつかない。
「簡単に言うと、ものすごく第六感が優れている感じです。例えば『なんとなく嫌な感じがする』とかあると、確実に悪いことが起こります。しかし、もっと強力な部分がありまして、人を見ると自分や家族にとってプラスかマイナスかという方向性が基本的にはなんとなーく分かります」
これだけを聞いてもまだよく理解できない。しかし、過程も理屈も吹っ飛ばして結果だけが与えられるような理不尽のことを超能力と呼ぶとすると、無理に理解しなくても良いのかもしれない。
「よくわからないけれど、すっごく人を見る目がある感じですかね?」
「そうです、まさにそのとおりです! それ以外は普通の全然普通の女子高生なんですよ」
ほとんど考えなしのてきとーな感想だったが適当だったようだ。しかし、そういった感じのものであるなら、あまり『超能力』と気張って考える必要はないのかもしれない。テレパシーやらサイコキネシスとかいう有名なものと比べるとあまりに限定的で、何かに害を及ぼすようなものには思えなかったからだ。
しかし、やっぱり女子高生だったか。補導とか未成年者略取とか考えると、こっちのほうがよっぽど問題なので聞かなかったことにしよう。
「えーと、その話が僕にどのように関係してくるのでしょうか?」
「はい、失礼ながら光太さんも見させてもらっています。ただ、ちょっと初めての経験なんですが、光太さんからは私が『見てやるぞ!』と意識するまでもなく流れ込んで来てしまいました」
「へえ、ちょっと気になりますね。どんな感じでしたか、僕は?」
実は都市伝説とかそういった類の話は嫌いではない僕なのである。彼女の話に興味がないといえば嘘だ。
「あくまで感覚的な話なので伝えにくいんですが……ものすごい、なんというか、圧倒的なまでのプラスですね! 色々なものを超越して輝いていますよ、おめでとうございます!」
いえーい、と両手を挙げて喜んでいる。なんとなく大人びた印象を彼女に対して持っていたが、ようやく年相応な雰囲気を感じた。
しかし、彼女の話が本当かどうか分からないが、本当だと仮定すると全てが繋がってしまう。初めてあったときから妙に僕のことをじろじろ見ていたことも、彼女が妙にリラックスしていることも、僕に対して警戒心が全然ないことも、ついでにいつの間にか僕のことを名前で呼んでいることも。少なくとも彼女からすると、僕は無条件で信じていい相手にカテゴライズされているのだろう。
もちろん、誰かに信じてもらえる――無邪気な好意を抱かれているといっても差し支えないと思う――ということ自体はとても喜ばしい。しかし、以上の流れから今日の本題を大体察してしまったのであまり喜べない。はっきり言って面倒くさいことになりそうだからだ。
僕の中には大きなルールが存在する。面倒くさいことはやらない、ということだ。疲れるからね。そのルールに従った結果細かいルールが生成されてややこしくなっているが、このあたりは大学生活を通して――あるいは一生を通して――ゆっくり棚に整理し直していくつもりだ。
「でも、光太さんがそんな感じなのは分かっていますよ」
「えっ?」
「真面目で素敵な感じなのに、実はめんどくがりってことです。さっきお店に入るとき、店員さんにわざわざ店長さんの知り合いだって話していたのも、子供っぽい私と一緒にいて面倒事になるのを避けるためですよね?」
うん、全然問題ないけど完全にバレている。
「……それも超能力?」
僕の心の動きが表面ににじみ出ている可能性もあるが、そう考えるのが妥当ではないだろう。しかし、さっきの『プラス/マイナスが分かる』という説明と矛盾していないか。
「そういうことですけど、私もかなり驚いています。流石に手にとるようにとまではいきませんが、考えていることがちょっとだけ分かります」
ほんのちょっとですよ、と仮巳さんは人差指と親指を一センチほど開けている隙間を見せてくる。そうだとしても、もうそんなことまでできるのなら人を見る目云々ではななくて、テレパシーやサイコキネシスに引けを取らない本物の超能力じゃないか。
「すいません。気持ち悪いですよね……」
僕の表情を見ての言葉なのか、僕の内心を読み取っての言葉なのかは分からないが、少なくとも仮巳さんは申し訳無さそうな、怯えるような表情をしている。そこに嘘があるようには見えない。
しかし、そんな様子から、彼女の超能力あくまでも『ちょっとだけ分かる』という程度のものは本当なのだろうと納得した。
僕は誤解がないように彼女に対して自分の考えをきちんと伝える。
「いや、そういう気持ちはありません。もちろん、超能力とかいうものを完全に信じたわけではないです。でも、僕の表層的な内心程度ならたとえ知られてしまったとしても別に気にしてもしょうがないかな、くらいの感覚です」
一般論でいえば、『そんなの気持ち悪い』と考えてしまうのが当たり前なのかもしれない。しかし、個人的には『ふーんそっか』くらいの感覚しかない。
超能力があってもなくても、僕は変わらない。
それに感じ取られて悪いようなことを考えてしまう僕が悪いのであって、彼女に非はない。むしろ相手のことを微妙に分かるからこその苦労というものもあるだろう。美男美女が他人に好かれやすい一方で変な人が寄ってくるというのと似たようなものだと感覚的に思う。
「へっへっへ」
その笑い方は普通に気持ち悪い。
「いえいえ、普通は結構な問題なのにすんなりそういってもらえて結構嬉しいんですよ」
「はあ、そうですか」
まあ、そうなのかもしれないが、超能力者のことはよく分からない。とにかく話を進めてもらおう。
「超能力のことはなんとなく把握しましたが、それがどうつながるのでしょうか?」
そうやって軽く受け入れてくれるのもポイント高いですよ、とニコニコされると僕もやりにくい。
「話を続けると、私のスーパーパワーによると、姉から嫌な感覚が……悪いことが起こる予感がしています」
余裕が出てきたのか若干冗談めかした言葉を使いつつも、ここで仮巳さんの表情は一気に真面目なものに変わる。
悪いこと。抽象的でよく分からない、そんな言葉で流してしまうことはできない。
「初めて感じたのは姉が第一志望の大学に落ちた後からです。ついつい姉のことを心配して色々声をかけてしまいましたので、もしかしたら姉に変な風にに思われているかもしれません」
「悪いことっていうのはどういうことを想定しているんですか?」
「具体的には分かりませんが、とても悪いことです。今までの経験からすると……このまま何もしなければ絶対起こります」
僕は絶対という言葉をあまり好きではない。通常、何かが絶対的なことなんてないからだ。しかし、彼女の言葉に対して不快感も不信感も抱かなかったのはここまでで把握した彼女の人柄によるところが大きいと思う。本当になんとなくだが、彼女の言葉を信じてもいいとさえ思ってしまった。
「姉には両親が風邪を引いた代わりにここに来ていると説明していますが、本当は私が両親に相談して無理に代わってもらいました。もし変な感じが強くなっていたら色々考えないといけないと思っていましたが……」
仮巳さんはそこまで言って僕の方を力強く見つめてくる。
さあ、来るぞ。意味のない努力かもしれないが、せめて嫌な顔だけはしないようにしよう。
「そこで、です。是非光太さんにお願いしていただきたいことがあります」
「とりあえずお伺いします」
「可能な範囲で構いませんので、姉に気をかけて頂きたいのです」
思っていたよりも簡単なお願いだ。
「すいません、気にかけるというのは?」
「例えば、大学校舎で見かけたら声をかけてあげるとか、たまにご飯を食べに行くとかそういう感じです」
当然のように大学の話が出てくるが、お姉さんの方も同じ大学だったのか。まあ、この辺に住んでいる同年代の人だとほぼ確実に僕の通うことになるところの学生なのだが。僕がそこに通うといった記憶はないが、この子が僕とお姉さんが同じ大学に通うことを前提にしている理由はもはや言うまでもない。
しかし、なんというかそれって……。
「普通に友人になって欲しいということですか?」
「ありていにいえばそんな感じです」
「うーん、なるほど」
正直断る理由はない。誰かにお願いされたから友人になる、というのも違う気もするが少し気にかけるくらいは別に問題ないように思う。しかも、あくまでお願いベースに過ぎない約束だ。超能力云々を抜きにして考えると、単純に『一人暮らしの姉が心配なので隣人に対してご挨拶をしている』という構図で特に違和感もない。
「まあ、友人になれるかどうかは分かりませんが、気にかけるように努めます」
適当に断ってもよいが、ちょっと奇妙であるものの彼女のお願いは真摯なものだ。これを無下にしてしまうのもあまり気持ちがいいものではない。
「あ、ありがとうございます!」
そういいながら仮巳さんは両手をテーブルに付きこちらまで顔を突き出してくる。
ちけえよ。反射的に自分の椅子を後ろにひき距離をとってしまう。僕のパーソナルエリアは比較的広いので、こういった接近のされ方をしても全く嬉しくない。
「いやあ、光太さんが協力してくださるならこれほど心強いことはありません。空港であったときと301号室にいるときでは、明らかに感覚が弱まっていますから!」
「えっ?」
彼女はさらっと言っているがそれはかなり重大なことなのではないだろうか。というか単に友人関係を築くとかいう問題ではない。
「初耳なんですが、どういうことですか?」
「ですから、光太さんのオーラ的なものでお姉ちゃんのところにある悪い予感が中和されている感じです!」
それだと何か起こってしまった場合、僕にもその責任の一端を負うことにならないだろうか。
「きっとだいじょうぶですよ!」
簡単に僕の内心を見透かして、お気軽にそう言ってくる。
確かに、僕と彼女に起こることに因果関係は全くない。しかし、仮巳さんの話を信じてもいいかなと思っている僕からすれば、件の悪いことに対して責任らしきものを感じてしまうだろう。例え誰も僕を責めないとしても、だ。
だからこそ、
「全然大丈夫じゃない!」
そう叫びたかったが、もちろんそんな勇気も元気も、ついでにそんなことをする意味もない。もう引き受ける約束をしてしまった以上、引くに引けない後の祭りだ。やっぱり嫌だ、と言うにはエネルギーが足りない。
「本当にありがとうございます!」
「いや……本当に多少気を配るだけだから、全く期待しないで欲しい」
紛れもない心からの言葉で、一応言い訳をしておく。
「ついでといっては何ですが明日私達と一緒に大学まで行きませんか?」
僕の内心とは裏腹に彼女は畳み掛けるようにさらなる提案をしてくる。ここまでの流れで疲れ切っていた僕はもはや投げやりな気持ちしかなかった。ただでさえキャパシティを大きく超える話があったのだから、多少は手加減して欲しい。
「目的は三つです。まず、私もここの大学いいなあと思っていたのでその見学がしたいのです。そして、出不精な姉は何だかんだと理由をつけて大学まで行かずに入学式を迎えてしまいそうなので、一回くらい通学路を確認させたいということもあります。そして何より、お二人が直に一緒にいる際にどういう感覚を受けることになるか確認したいです。とまあ、以上三点ですが、どうでしょう?」
「そんな期待のこもった眼差しを向けないでくれ。というか、僕がどう答えるのか分かっているんじゃないですか……?」
「それでも光太さんの口から聞きたいんですよ!」
仮巳さんはく悪びれもしないでそんなことを言ってくる。もはや口からため息も出てこない。
「もう乗りかかった船だからいいですよ……。僕も通学路を確認したかったのは事実ですし」
「いやった!」
小躍りでもしそうな様子だが、トントン拍子に彼女の狙いが達成されているのだからそりゃあ嬉しいでしょうね。『他人の幸せは自分の幸せ』とか言う人がいるけれど、その他人の幸せの中に自分の僅かな不幸が含まれている場合には、僕は素直に喜べない矮小な人間だ。
もう何も考えたくなくなってしまった僕は大好きな甘いものでも食べて気を紛らわせることにした。さっきは珈琲だけで我慢したが、この喫茶店でもっとも気に入っている甘いものが存在する。
「追加でモンブランを注文するけど、何か他にいります?」
ここのモンブランは比較的小ぶりだが、その分非常に濃厚な栗の味がする。珈琲と合わせて飲むと非常に美味しく、訪れた際には毎回注文しているのだ。
「いいですねぇ。こんな時間に食べるケーキなんて悪いことしているみたいで
最高です! 私も同じものをお願いします。あ、お礼も兼ねてここの支払いは私が持ちますから!」
「いや、流石に年下の学生さんに支払ってもらうのは……」
あくまで性別を理由にしないことが個人的なポイントだ。
「大丈夫です! 実は今回こっちに来るに当たって両親から軍資金を頂いているのですが、とある事情で今日の分をあまり使わなかったんです。そこからお支払いしますよー」
「まあそういうことなら」
まあ、一応相手の頼みでここまで来ているのだからこれくらいは僕の中で許容できる。だから、小さな声で「今後お姉ちゃんがご迷惑を掛けるかもしれませんし」とかいうのをやめて欲しい。このモンブランは随分と高くついてしまうのかもしない。
「最後にもう一つだけ、心からのお願いです」
今までで一番真剣な顔をしていて、少し驚いてしまった。これ以上、まだ何かあるのかよ。もうやめて欲しい。
「『仮巳さん』ではなく、『陽ちゃん』と呼んで下さい!」
即お断り案件だった。人をちゃん付けで呼ぶことに抵抗しかない。しかし、粘りに粘られ、最終的には①お互い敬語は使わない、②陽さんと呼ぶということで決着した。
まあ、『仮巳さん』だとお姉さんの方と区別ができないから仕方ないんだけどね。
◇◇◇
陽さんをホテルまで送り届け、結局家についたのは0時を回ったあたりだった。終始彼女は嬉しそうで、それ自体は悪い気はしなかったが、明日以降の面倒くささは忘れたい。だからこそ、僕はお風呂を再度いれることにした。とっておくつもりだったお高い入浴剤も迷わず投入する。
僕にしてはあるまじき失態だが、説明書をよく読んでいなかった。幸いにしてとても好きな柑橘系の香りのものだったようで、浴室中に爽やかな甘い香りが広がり多少リラックスできた。香りは時間が経過するたびに少しずつ変化していき、平時であれば長湯のお供に最高だっただろう。しかし、疲れ切った僕はそんな変化を楽しむこともできず、ただただ湯船でぼうっとしているだけだった。
まだ大学生活はスタートしてすらいないのに、ちょっとだけ面倒な重荷を背負った四年間になりそうな予感がしていた。なぜだかわからないが、彼女の振り切った歌声が聞きたくてしょうがなかった。
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