第7話 お願いごと
流石に一緒にいる人に恥ずかしい思いをさせることは避けたいので、ある程度しっかり準備はする。黒のスキニーパンツにオックスフォード生地のボタンダウンシャツを選ぶ。この時間帯だとかなり寒くなっているはずなので、その上からスウェットを着る。部屋着にできるようなざっくりしたものとは異なり、これはきれいな艶のあるグレーで生地がかなり柔らかいセーターっぽい表情でとても気に入っている。この上にウールのチェスターコートを着れば少なくとも変には見られないだろう。
お風呂にもう入ってしまったので一瞬迷ったが、ここまで服を選んだのならということで髪にもワックスをつけてしまう。それでも面倒な気持ちが出てきてしまい、結局ソフトなクリーム状のものを選び、軽く毛流れを整えるだけにとどめた。
「すいません、お待たせしました」
時間としては合計10分程度。人を待たせるのは趣味ではないが、こんな時間に突然来たのだからこれくらいなら許してほしい。
「いえいえ、突然お伺いしたのは私ですから! それにしても……」
じっとこちらを見てくる。流石に女の子にじろじろ見られると気恥ずかしさを感じてしまう。
「変でしょうか?」
「いえいえ、とっても良いと思います! Goodです、そうこなくっちゃ!」
何がそうこないといけないのかよくわからないが、褒められているので問題ないのだろう。
とりえあえずマンションを出て、連れ立っていざというところで仮巳さんがこんなことを言い出す。
「あのー、こちらからお誘いして申し訳ないのですけれどこちらの地理に詳しくなくて……いまの時間帯でも空いているお店とかってご存知だったりしますか?」
もしかしたら結構無計画な娘なのかもしれない。一応、唯一僕が知っているお店があることにはあるが。
「えーと、泊まる予定なのは○✕ホテルですか?」
「あ、そこです」
「でしたら、そこの近くに良い喫茶店がありますのでそこに行きましょう」
こっちに来てからずっと行きたかったお店なのでこの機会に行こうそうしよう。
◇◇◇
「いらっしゃいませ」
「二名ですが、テーブル席は空いていますか?」
「はい、こちらにどうぞ」
「ちなみに、店長は本日いらっしゃいますか?」
「大変申し訳ございません、本日はお休みを頂いております。何かご用でしたでしょうか?」
「いえ、ご挨拶だけです。もし可能であればということですが、
「ジノ様ですね、承知致しました」
「ありがとうございます」
僕と店員さんとの間でこのようなやり取りをして布石を置きつつ、一番奥のテーブルまで案内してもらう。ここは父の友人がマスターをやっているお店であり、家族で食事をした帰りなどにたまに寄らせてもらっていた。なお、後ろからじっと見つめる仮巳さんの視線がくすぐったくやりづらいことこの上なかった。
「なんだか大人なお店ですねえ」
仮巳さんには向かって奥の席に座ってもらたが、そんなことを言っている。キョロキョロとしているが別に落ち着かない様子とかそういうわけではない。
「店主さんのこだわりで夜20時から午前3時まで開店しているらしいですよ。メニューどうぞ」
「ありがとうございます。ちなみにおすすめとかってありますか?」
「コーヒーなんですけれど、流石にこの時間だからこっちの苺のフルーツジュースはどうですか?」
「あ、そういうの大好きです。これを頂いちゃいます!」
甘いものはべつばらー、と楽しそうだ。もしかしなくとも僕よりも年下なのかもしれない。そうであればこんな時間帯に大人な喫茶店という状況自体が楽しいのだろう。
しかし、彼女自身が誘ったとはいえ、僕のような見知らぬ男性と一緒という状況に少しは警戒しても良さそうだが、全然そういった雰囲気はない。違和感を感じなくもないが、そういう性格と言われればそれまでなのであまり気にしないようにしよう。むしろ僕の方が『変な宗教の勧誘なのではないか』と警戒しているが、なんだか立場が逆転しているようで滑稽だ。
店員さんに注文をしつつ、地元のことや家族のことやら全くを持って他愛のない話を続ける。僕自身こういった小話をするのは得意ではないが、彼女の雑談力のお陰でなんとかつつがなく話を続けられている。
そうしている間に店員さんが飲み物を届けてくれる。そこで雑談も一旦切れるが、さてそろそろ本題が来るだろう。もうここまで来てしまったら宗教勧誘じゃなければ何でも来いという気分だ。
「さて」
仮巳さんはジュースを一口飲んだ後、話を切り出す。
「実は私、超能力者なんです」
何でも来いと思ったものの、流石にこんな話は来ないで欲しかった。彼女に気付かれようが構わないので、僕はそっとため息をつくしかなかった。こうしてソフトランディング予定だった僕の一日はスクランブル対応のために再出撃を強いられたが、一体どうなってしまうのやら。
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