第6話 この日の二回目の邂逅
頂いたお土産はお饅頭だった。珍しいものではないが、甘いもの大好きなので大変ありがたい。賞味期限はまだまだあるようなので、毎日一個ずつお風呂上がりに楽しもうと思う。
しかし、仮巳さんも(少なくとも表面上は)変な人でなさそうなので一安心だし、懸念していたご挨拶もできたので今日はとても良い日になったと思う。後はカレーを作ってしまえば一日の仕事も終了である。
しかし、ここからさらに何かが起こるとは全く予想していなかった。加えて、結果としてなかなか面倒なことを背負うことになってしまったと思う。
◇◇◇
作ったカレーは水分量が多すぎて少しシャバシャバになっていたし、一味も二味も足りない。でも、一晩おけば水分が飛んで明日以降はいい塩梅になると思うので問題ないだろう。
そこからは片付けをして、テレビを見ながら家計簿をつけとやっているとあっという間に21時になっていた。気分良く鼻歌を歌いながらお風呂の準備をしていながらふと気づいた。
歌姫の顔を知ったいま、彼女の歌を純粋な気持ちで楽しめるだろうか。
そんな疑問が自然と頭をよぎるが、熱心なファンみたいな考えになっていてちょっと驚いた。思っている以上にあの歌が自分の日常を侵食しているようだ。
とりあえず歌については、知人がラジオのパーソナリティをやっているようなものと心の棚に整理した。もしかしたら再整理が必要になるかもしれないが、そのときはそのときである。
そんなこんなでお風呂であるが、結局彼女の歌は聞こえてこなかった。ほっとするよりもなんとなく落ち着かないような、あるべきものがそこにないような感覚を覚えてしまい、僕はついため息をつくのだった。
◇◇◇
22時を過ぎたころ、部屋に来訪者があった。お風呂も上がって椅子の上でブラウジングに興じていた僕は唐突な呼び鈴の音に驚き倒してしまった。
流石にこんな時間に訪問してくるような知り合いはいないと思う。何か厄介事の気配がしなくもないので流石に居留守を使おう。したがって、呼び鈴によって少し高鳴った鼓動の気配だけを感じながら椅子の上でじっとする。
時間にして1分も経っていないと思うが再度呼び鈴が鳴る。もしかして何か火急の用なのではないか、と勘ぐってしまうのはひとえに田舎出身ということが関係していると思う。とはいってもちょっぴり怖いのは否定できないため、ルームシューズを脱いでから裸足抜き足差し足。音を立てないようにしながら扉の前に行き、左耳をつける。すると、まるで狙いすましたかのようなタイミングで人の声が聞こえてきた。
「こんばんはー。仮巳陽です。夜遅くに申し訳ないんですけどお時間もらえませんか?」
知らない相手でなかったことに安心すると同時に、なんでこんな夜にと情報量が多すぎて反射的にドアを開けてしまう。
「こんばんは」
昼間と同じようにニコニコしている彼女だが声を若干ひそめているようだ。
「こんばんは。えっと、何かありましたでしょうか?」
怪しんでいるというわけではない。ただ、ただの隣人である僕なんぞにこんな少女が用事というのも考えにくいとも思う。もちろん、ただ一つの件を除いてはだが。
「何かあったわけではないです。姉の月のことでお話させて頂きたくて。非常識な時間帯なのは分かっているんですが、ちょっとそこまでお願いできませんか?」
彼女は首をかしげつつ両手を拝むように合わせ僕の方を見つめてくる。
「いや流石に……」
僕はとっくに一日を終えているつもりなので、もうエネルギー枯渇しかけ状態だ。後はソフトランディングで、明日に向けて格納庫に入るだけという感じ。
「そこを何とかお願いします! それに……このままだと、私はくらーい夜道をホテルまで帰らないと行けないんですよ、一人で」
ずるいことをいってごめんなさい、と頭を下げられてしまう。
そう言われると辛いところがある。ここで下がっては男がすたる、なんて気持ちがあるわけではない。面倒なものは面倒、そう思ってしまうのも自然な感覚だ。
それでもこのお願いを聞き入れず、この子を一人で行かせることはせっかくの一日を台無しにしてしまうことは間違いない。つまり、選択肢はたった一つだ。
「……わかりました。着替えますので少しお待ち下さい。ああ、寒いので扉の内側にどうぞ」
今日一日をもう少しだけ続けることになるが、上手くテイクオフできるだろうか。
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