第19話 邪教徒壊滅作戦

(一)

昨日はいろんなことがありすぎた。

空港でバトルのあとに12錬士とひと悶着…

部室に案内してまたひと悶着…

きっかけは入来院先輩

部室に帰った僕らを珍しくハイテンションで迎えた。

メールハッキングシステムが完成したと言うのだ。

「何ですかそれ?」

可愛らしく首をひねるラファエル様に、左近寺先輩が説明した。

その説明を途中まで聞いていたガブリエル様が叫んだ。

「無用!」

えっ…。無用って…

「ゲームをウイルスで無害化すると……それも一つのやり方ではあるが、その解決法は迂遠と言わざるを得ん。回りくどいやり方をせず、配信元を壊滅させれば一挙解決ではないか。」

僕らもそれは考えましたけど…。

「大がかりなゲーム内容を配信するには、それなりの設備がいる。現在それが出来るのは、マサチューセッツ州アーカムにあるインクアノック本社のコンピューターセンターと、富士にあるインクアノックジャパンの施設のみであろう。そこを一気に叩き、オーベット・マーシュら首謀者どもを殲滅できれば、この案件は一挙に解決するはずだ。」

叩く…殲滅って…。紗耶香ちゃんはどうなるの?

「しかし、米国は言うに及ばず本邦も施設の守りは堅固そのもの…。」

福西顧問の言葉は遮られた。

「黙りや…そのために日本には我ら4名が、そして米国本社にはメタトロン率いる残りの8名が向かっておる。」

お腹の出たバラキエル様が顧問をきっと睨んだ。

「4名だけで富士を攻略されるのですか?」

左近寺先輩が食い下がる。

「我らを誰だと心得ておる!」

バラキエル様が興奮して唾を飛ばす。さっと片ヒザをついた左近寺先輩の肩にその唾が容赦なく降りかかった。

「日米同時作戦は日本時間の明日早朝5時…我らはさっそく富士へと向かいます。」

ラファエル様の口調はあくまでソフトだ。

「わ、我らは…。」

福西顧問がおずおずと聞いた。

「前も言ったはずだ。一緒に戦えば足手まとい…。後学のためと言うなら邪魔にならぬところから見ておけばよい。」

ガブリエル様の厳しい言葉…賀茂先輩が小さくギッと奥歯を噛んだ。

「こちらはこちらで、ど…独自にメールからゲームに入って…無害化するということは?」

入来院先輩が12錬士に向けて初めて口を開いた。

「無用…。敵の防備を上げるきっかけになりかねん。」

厳格なガブリエル様に取り付く島なし。

こんな重苦しい空気…生まれて初めてだ。

(二)

翌早朝、僕らは左近寺グループのヘリで再び富士へと向かった。この間の反省からか、どうやって入手したかわからないけど、今度は明らかに軍用ヘリで、機関銃やらミサイルらしいのやら付いている。

メンバーは福西顧問、賀茂先輩、左近寺先輩、入来院先輩と僕だ。紗耶香ちゃんを除いた魔法大戦部フルメンバー、そう言えばあのあと勇気を振り絞ってガブリエル様に聞いたのだった。紗耶香ちゃんを助けたいと…。

「あきらめろ。」

こんな短い一言…そしてこれ以上ない絶望的一言…

「水無月の娘であろう。水無月がディープワンズの家系であることは調べがついておる。彼女も元々クトゥルーの卷属であって人とは異なる存在なのだ。滅すべき存在であっても助けるべき理由などない。」

えっディープワンズって…あの魚か蛙みたいな…。

可愛い紗耶香ちゃん、可憐な紗耶香ちゃん、優しい紗耶香ちゃん…。

あの紗耶香ちゃんがそうとは信じられない。とても…

「以前はそうであっても、クトゥルーと距離が近まれば魚人のDNAが活性化し姿形が変わっていくのは、かって様々にレポートされている。その女子も今頃は…。」

耳を塞いで叫び出したかった。

幼いころからの彼女の姿が、頭の中をぐるぐる回った。

紗耶香ちゃんは違う。紗耶香ちゃんは違う。紗耶香ちゃんは違うんだ!

「若、インクアノックジャパンのコンピューターセンターがもう見えます。」

ミシェルさんの言葉で我にかえった。

みんな一斉に窓の外を見た。

外はまだ真っ暗…日が昇るまで2時間近くある。

時間は4時58分、あと2分で攻撃開始だ。

(三)

ドゥオオオオン!

中にも響く大音量と衝撃にソファーでうとうとしていたオーベット・マーシュは飛び起きた。

壁にモニターを浮かび上がらせ、本社から連れてきた警備と連絡をとる。

「どうした…何が起きた。」

両目が左右に飛び出した警備が慌てた様子で叫ぶ。

「敵襲です。いきなり…。」

「外側の防衛システムはどうしたのだ!12錬士とやらの来日を受け厚くしたばかりのはずだが…。」

「全滅です、あっという間に…。クバア10匹にゾンビ、スケルトン、ディープワンズ合わせて1000体以上配置しておりましたが…。」

「この衝撃は何か?」

「表の扉が破られたのです!」

「馬鹿な…100トン級の核攻撃にも耐えられる造りなのだぞ!」

そのとき、通信装置の一つがけたたましい音を立てた。

オーベットがモニターを切り替える。

米国本社の副社長の青白い顔が映った。

「何事だ!」

「コンピューターセンターが攻撃を受けています!一瞬で警備は全滅…陥落は時間の問題です。ご指示を…。」

爆発音と共にモニターは消えた。

油断だった…法王庁がここまでやるとは…しかも迅速に

モニターには侵入した4人が映っている。

もうじき我が大望が成し遂げられようと言うのに…

邪魔はさせん。邪魔されてたまるか…。

役員室のドアが開いて、慌てた様子の源三郎と紗耶香が駆け込んできた。

「おおオーベットよ。これは一体どうしたことか!」

完全に魚顔になった源三郎が叫んだ。

「大丈夫です。落ち着いて、落ち着いて。」

「これが落ち着いていられるか!何とかしろ、何とかしてくれ!」

ガウンにすがる源三郎を冷たく一瞥したオーベットは、手を伸ばして机の引き出しを開いた。

パシュパシュパシュ!

サイレンサーの乾いた音が響く。

頭を撃ち抜かれた源三郎は、床に倒れながら無表情な愛娘に手を伸ばした。

「紗耶香っ……………。」

その手を払いのけたオーベットは、無反応な紗耶香を引っ張って部屋を飛び出していった。

(四)

僕たちはコンピューターセンターの前にヘリを着陸させ、もうもうたる黒煙の上がる建物の中へ入っていった。建物の外はあの妖蛇をはじめとする無数の死骸が転がっており惨憺たるありさまだったが、建物の中にもこれでもかと言うくらいの死骸が転がっていた。中は建物といい設備といい破壊され尽くし、映画で見た戦争のよう、あるいは地獄ってこんな感じなんだろうか?

巨大なセンターだが一階建ての建物、立ち込める煙で咳き込みながら探し回った。しかし、役員室で変わり果てたお父さんは見つかったものの、12錬士やオーベット・マーシュ、それに肝心の紗耶香ちゃんの姿は見当たらない。

魚顔に変わったお父さんの姿はショックだった。

紗耶香ちゃんも……いやいや、紗耶香ちゃんに限って。

不安で心が押し潰されそうになりながらも、可愛い紗耶香ちゃんの思い出に励まされて探し続ける。

「オーベットめ、逃げ出してしまったのか…。」

賀茂先輩がポツリと呟く。

「だったら12錬士が放っておくわけがない。ガブリエル様は千里眼の持ち主…外へ逃げたら追いかけてるはずで、外からきた僕らが気づかないわけがない。」

左近寺先輩の言葉に福西顧問が頷いた。

「わしもそう感じる。おそらく、どこかに隠れる場所があって、オーベットも紗耶香ちゃんもそこにいるはずじゃ。」

一体どこへ……オーベットたちはともかく、12錬士も…

「若っ!」

ミシェルさんが走ってきた。

「左近寺グループから情報です。このセンターを作るとき、1ヶ所だけ基礎よりかなり深く掘り下げたエリアがあるそうです。」

彼女の手にはタブレットPCが握られている。

確認した左近寺先輩が言った。

「そうか地下…きっとこのエリアに地下への入り口があるはずだ。」









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