第17話 法王庁動く
(一)
次の日、部室に行ってみると賀茂、左近寺の両先輩が緊張の面持ちでパソコンのセッティングをしていた。
ディスプレイ周辺に置かれたカメラにマイク…Web会議でもするのかな…。
「新人来たか…お前も準備するんだ。まず、服装を調えてな…。」
賀茂先輩はいつになく神妙な感じだ。とは言え、…いつ僕の名前を覚えてもらえるんだろう。
「何かあるんですか?」
左近寺先輩が静かに答えた。この人は…僕の名前覚えてくれてるんだろうか…。
「上部機関との会議だよ…。以前に話した法王庁に属する魔法錬士世界総本部だ。」
福西顧問が入ってきた。いつもと違いスーツ姿だ。
「おお準備できたか…。」
そう言うと僕に何か小さなものを放った。
丸いバッジだ。…WMWA-Iって刻印されている。
顧問も同じバッジを着けているが…最後のアルファベットはB、先輩たちのバッジはDとなっている。
「World magic warriors association の略だよ。最後のアルファベットはランクさ。通常はA~Iの9ランクで、僕らは四番目のD、新人の堀田君は最下級のIランクだよ。」
良かった、名前覚えてくれてる…。
それにしても福西顧問ってやっぱり凄いんだ。それでも上にまだAランクがいるんだね…。
「Aが最高位じゃない。世界中に数名だが…その上のSランクもおるぞい。」
ええっ、そうなんだ…まだまだ奥深いんだなあ。
「時間だ。つなぐぞ…。」
いつの間にか、Fランクのバッジをつけた入来院先輩が座っている。僕らは緊張しつつパソコンを囲んだ。
(二)
回線が繋がった。
パソコンの画面には、手前に向かってV字に開いて配置された机、片方に6名づつ真ん中にひとり、計13名の人物が座っているのが見えた。
両サイドの12名は、みな一様に純白のローブに身を包み、頭にはすっぽりと三角頭巾を被って、顔は黄色い十字架が書かれた黒い布で隠している。胸には僕らと同じバッジ…ランクはAだ。
真ん中のひとりは藍色のローブを着て、顔も隠さず頭巾も被っていない。上品な印象の白髪の老人だ。ランクは………S!
「魔法錬士団長ハウル様…日本のメンバー御前に!」
福西顧問が聞いたことのない恭しいテンションで話す。
「福西か…久しいな、ご苦労です。いろいろ報告は聞いていますよ。」
そのときは日本語完璧だなと感心したが…後で知った。同時通訳ソフトらしい。
「ははっ…大変な事態になっておりまして。」
ハウルというおじいさんは重々しくうなずいた。
「存じておる。この世界に邪神を降臨さす新しい方法とやら…。しかも今までと違い、この世界を一気に邪神の世界へと変えてしまうやり方じゃとか。止めねばならん…必ず止めねば。」
顧問と先輩がたが一斉に頭を下げた。
僕も慌てて頭を下げる。
「そこに在るは…賀茂に左近寺か、活躍は聞いておるぞ。成長が見えて嬉しい限り…。」
両先輩が頭を下げる。うーん、これじゃあ水戸黄門だ。
僕は少し楽しくなった。
「そは誰か?」
入来院先輩が珍しく緊張して「はい。」と言ったが、おじいさんに「違う。」と一蹴された。僕のこと…?
(三)
「そうかお主が……福西より、わずかの期間でなかなかの成長ぶりと聞いておる。これは先行き楽しみなことよな。」
誉められた?もしかして…とっても偉い人に
なんか単純に嬉しいんだけど。
「ハウル様、この者は大変調子にのり易いので…、どうかその辺でご容赦願います。」
福西顧問、僕のことそんな風に…。
確かにそう言う面はありますけど…。
ああ、恥ずかしい。モニター向こうで失笑が起きてるじゃないですか。
「さて本題に入ろう。報告があった事案であるが…日本支部だけでは、とても対処できぬであろう。」
顧問と先輩方がまた一斉に頭を下げた。賀茂先輩ひとりだけ何か悔しそうだったけど…。
「他の支部から応援さすことも検討したが、この事案の重大さや深刻さを考えると、本部自ら、しかも迅速に対処すべきであろうという意見が強くてな。」
顧問や先輩たちの緊張が高まってるのを感じる。
「今日の魔法錬士頂上会議で、さっそく本部から増援を送ることを決定した。さてその増援であるが…。」
おじいさんの声に応じるように両サイドに座っていた2名ずつ、計4名がすくっと立ち上がった。
「まず、ガブリエル、ラファエル、バラキエル、ウリエル、法王12錬士のうちこの4名を送ることにする。」
みんな返事出来ないほど驚いてる。Aクラスの4人が応援にくる。この決定ってそんなに大きいことなんだ。
「彼らが状況をその目で判断し、更なる増援や対策が必要なら迅速に対処しよう。」
顧問や先輩たちは頭を下げること以外、まるで忘れてしまったようだ。
「彼らは本日ただいま日本へと発つ…今後、彼らが到着するまで敵への一切の干渉を禁ずる。…よいな。」
ぎぎ…賀茂先輩が奥歯を噛みしめた。
(四)
「本日、ここ富士の地に弊社の世界最大コンピューターセンターの開設を御披露目できますことを嬉しく存じます。」
艶やかな振袖を着た紗耶香がテープの前で挨拶した。
紗耶香の並びには、総理大臣、外務大臣、経済産業大臣、県知事、市長などそうそうたる面子が立っている。
司会者がテープカットの合図をし、テープにハサミが入れられると、準備されていた鳩が一斉に大空へ飛び立った。
大したものだ…。さすがは水無月。さすがはインクアノック。
そういった声が聞こえる一方で…
何かおかしくないか…。尋常じゃない建設速度。
最近樹海で化け物を見たとか…
インクアノックの周辺で変なことが起きるって噂がある。
都市伝説じゃないのか…。あるいはやっかみとか…。
いやいや、ここ2、3日…当主の源三郎氏の姿が見えないそうだ。
記者の間ですら様々な話が飛び交っている。
その話が耳にはいったかどうか…紗耶香は首相らに微笑みかけると、一転無表情になって建物へと入っていった。
「上々の出来だ…。」
応接室でテレビを見ていたオーベット・マーシュが独り言?を言った。
ソファーには、明らかに昨日より魚人化が進んだ源三郎が座り青い舌を伸ばしてワイングラスをペロペロ舐めていた。
「黒魔術で私が心を支配しているから正にいい人形だ。それにしても母親の血の影響なのか…親子で先祖帰りのスピードにこんなに差があるとはね。」
オーベットがモニターの中の紗耶香を見ながら言う。
「いやあの娘は、まるでディープワンズの血が流れていないようにも思える。本当に水無月の血が流れているのか?」
手にしたグラスの氷がカランと音を立てた。
「まあいい…いずれにせよあの娘はシステム完成後に我が主への最高の供物となる運命だ。供物にディープワンズの血統は必要ではない。」
カメラはしゃなりしゃなり歩く紗耶香のバックショットをとらえている。オーベットは画面に向けてグラスを掲げ乾杯をした。
「もうじきです。もうじきですぞ我が主よ…。我が主が再び全宇宙を恐怖で支配なさるのです。」
オーベットはグラスの中身、得たいの知れない緑の液体を一気に飲み干した。
その顔には笑み…口の端から緑の汁がこぼれ落ちた。
「みな称えよ唱えよ…恐怖の夜がやってくる。…クトゥルーフタグン!」
ビルの中、どこからともなく詠唱が響いてくる。
クトゥルーフタグン、クトゥルーフタグン、クトゥルーフタグン、クトゥルーフタグン…。
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