第16話 コンピューターセンター

(一)

どのくらい歩いたろう…

コンピューターセンターの巨大建物は、なかなか見えてこない。前を歩く美人さんのイライラが伝わってくる。

建物が見えてすぐ怪物に襲われたから、ヘリが落ちた地点からコンピューターセンターはそう遠くないはずだ。

方位磁石すら狂わすという樹海の磁気が方向感覚を狂わしてしまったのか、歩けば歩くほど不安が募る。

「ガッデム!」

美人さんが叫んだ。

うしろからも見える。

森が切れ見えた湖…看板がある。

Shojinko 精進湖

北東に進んだつもりが北に向かってしまったらしい。

ただこれで位置がわかったから、次は間違いなく建物に向かえます。落ち着いて美人さん、いやお姉さん。

「誘い込まれたようだ…。」

えっ…ガッデムって方向が違ったからじゃ…。

「少年…自分の身は自分で守れるな…。」

はいっ…?

「さっきの動く死体とは段違いの敵だ。私も自分を守る余裕しかない。」

敵?…敵って…。

湖がボコボコ泡立った。

「出てくるぞ………気を付けろ!」

おっと呼吸、呼吸。

ザバッ、ザバッ、ザバッ、ザバッ、ザバッ、ザバッ

水中から次々に化け物が飛び出す。

左右に飛び出たまん丸の黄色い目、目蓋のない魚のようなそれと手足の水掻きは、公園で襲ってきた奴らに似ている。

違いは肌の色、青みがかったこいつらは、前の奴らより半魚人っぽい。赤いヒレのある背中は緑の鱗で覆われ、腹はカエルのようにぶよぶよと白い。

「ディープワンズだ。湖から離れろ…引きずり込まれたら終わりだぞ!」

叫ぶお姉さんに、化け物たちは湖から飛び出して襲いかかった。

(二)

「茶釜スピナー!」

叫んでみた。特に意味はないけど…

高速回転する茶釜が半魚人たちを切り裂きながら進む。

お姉さんがカンフースタイルで戦いながら、目を丸くしているのが分かる。

どんなもんですか…僕は強い。

それでも魔法錬士とバカにされたことで意地になっちゃってたかも……いや、それ通り越して調子に乗っていた。

それにしても何体いるんだ…もう30体は倒してるけど

「カマーン!湖に近寄りすぎだ。」

お姉さんが叫ぶ。えっ……。

ガボガボガボガボ……

足をつかまれて湖に引きずり込まれた。

呼吸が乱れて茶釜タヌキが消える。

ガボガボガボガボガボ…

湖の中には養殖場の生け簀なみに半魚人がいる。

慌てず落ち着いて、訓練どおりに…

不思議と落ち着いていた…冷静に気を練る。これが場数を踏むってことかな…。

僕の身体は光に包まれ、その中から緑色の河童が現れた。

僕を守れ、力河童!

頭のなかで念じると、力河童は黄色いクチバシでキューンと叫んだ。

ごっごっごっ…力河童は湖の水を飲み込みだす。

それに応じて、その身体がぐんぐん大きくなっていった。ヘリの大きささえ越え、上空を旋回するあの怪物に迫るほど大きく…もはや怪獣。

ブンッと手を振ると数十体の半魚人が吹っ飛ばされた。

半魚人たちは群がって噛みつくが、力河童には全く効いていない。強いぞ僕の力河童!

「あの少年は…さすがにやられたか…。」

地上の半魚人を何とか片付けたミシェルは、湖の方を見つめながら呟いた。

胸の前で手を組み、神に祈りを捧げようとしたそのとき

ザッバアーーーーー!

湖が盛り上がり巨大な何かが現れた。

森の方へ飛び下がり防御の構えをとったミシェルは、現れた姿を見て吹き出してしまった。

何とも呑気そのものの顔をした緑色の怪獣…

その肩に少年が乗ってこちらに手を振っている。

「なんと言えばいいのか…お前はまったく、戦いかたもマンガだな…。」

(三)

「光矢!」

「ゆけラウンドナイツ!」

樹海に響く賀茂と左近寺の声…

コンピューターセンターに近い彼らは、堀田やミシェルたち以上の激戦の中にいた。ゾンビ、スケルトン、ディープワンズに加え、上空からは障気を吐きながらクバアが下降してくる。

二人は力を合わせながら何とか地上の敵を一掃した。残りは空中の妖蛇のみである。

「やはり、他の相手とは格が違うなっ!」

賀茂が烈風に吹き飛ばされないよう地面に伏せながら叫ぶ。

「…倒すには大技しかないようです。コンピューターセンターに侵入するために、呪力は出来るだけ残しておきたいところでしたが…。」

左近寺が珍しく息を切らしている。

「仕方ない…ここまで外の守りが固いなら中の防備は想像を絶する。やむをえんが戦略的撤退を選ばざるをえん。元々確認できるところまでのつもりだったしな。」

賀茂は上空で旋回するクバアを睨んだ。

「私がやるか?」

「いいえ、我が社のヘリが潰された仇もありますし、ここは僕が…。」

「そうか、…任せる。」

左近寺はマーリンはそのままにラウンドナイツを引っ込め、直ぐに新たな詠唱を始めた。

「ザーザトート…ザーザトート…ケルト究極の刃よ、我が剣となりて敵を倒せ!」

地面が割れ、まばゆい銀色の光が漏れだす。

ブィン、ブィン…

その光は左近寺を包みながら、どんどん大きく強くなっていく。

光に気づいたクバアが大きな赤い口を開き、左近寺目掛けて急降下してきた。

左近寺は襲いくる妖蛇を見てニヤリと笑った。

「貫けっ!聖王の剣・エクスカリバーッ!」

銀色の光が天に伸びて下降するクバアを呑み込んだ。

ほんの数秒後…光は消え左近寺はよろよろと倒れた。

今まで樹海の空を支配していた魔物は、光と共に跡形もなく消え失せていた。

(四)

「外が騒がしいようだの…。」

コンピューターセンターの中、豪華な役員室…

ワイングラスを手に、ソファーに座った水無月源三郎が面倒くさそうに言った。彼は以前と見た目が変わってきている。恰幅が良いのは相変わらずだが、目の間は離れ太かった眉は抜け落ち、分厚かった唇は薄く、口は20センチほど大きくなった。典型的なインスマウス顔…魚に近づいているようだ。

「クバアまでやられたようですね。」

対面して座るオーベット・マーシュが、ワイングラスを揺らしながら静かに言った。

「何と…半邪神の妖蛇がか?」

驚愕して立ち上がった源三郎を、オーベットは座ったまま手で制した。

「慌てることはありませんよ…クバア一体倒したところで、この中までは入ってこれません。」

源三郎はイライラと歩き回る。

「しかし…何者がっ!」

オーベットはため息をつきながら言った。

「知れていますよ…法王庁の手先ども…しかも、まだほんの子ネズミたちです。多少の魔法は使えるようですが、我が主の偉大なる御力の前には何程のこともありませんよ。」

ソファーには座ったが、源三郎のイライラは止まらない。

「そうは言っても…。」

なおもオーベットに訴えようとする。

「黙りなさい…。」

オーベットの目が金色に妖しく輝いた。

源三郎は震えだすと、ソファーを降りて床に平伏した。

オーベットはゆっくり立ち上がり、源三郎の頭に水掻きのある左手をおいた。

「唱えなさい…主は偉大なり、クトゥルーフタグン!」

「クトゥルーフタグン!」

源三郎が唱えたとたん、建物じゅうから同じ言葉が響いてきた。

クトゥルーフタグン!クトゥルーフタグン!クトゥルーフタグン!クトゥルーフタグン!

その声はやっと建物の見える位置に着いた僕とお姉さんにも聞こえた。

「気味が悪い…これ何ですか?」

お姉さんは唇を噛みしめながら呟いた。

「狂信者どもめ…いまに見てろ!神の御名の下、きっと壊滅に追い込んでやる。」






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