第14話 メールハック
(一)
「それはインスマウス人だね。クトゥルーの信奉者であるディープワンズが地上人と交わってできた種だ。それも百体くらいって、よく切り抜けられたもんだね。」
僕は正直に、よく覚えていないがナイアルラトホテップに助けられたような気がすると言った。
「ナイアルラトホテップが助けた?何のために…。お前まだ私達に黙っていることがあるんじゃないだろうね。」
滅相もない。僕は顔の前で勢いよく両手を振った。
「前も言ったけど気まぐれな混沌の神だからね。意図を探っても疲れるだけだと思うよ。」
賀茂先輩がおっぱいバウンドさせながら乱暴に座った。
木製の椅子が悲鳴のように軋む。
「入来いーん、手がかりは掴めたかーい!」
入来院先輩が背中を向けたまま頭上で両腕をクロスさせる。バツってことか…
「ちくしょう、八方塞がりか!新人、昨日のことはともかく、今日やってるネットサーフィンの結果はどうだ?」
昨日、怪我しちゃったんで、イロイロ時間かかっちゃって…
「あーあ、どいつもこいつも…こうしている間にも世界の誰かにメールが届いているかもしれないのに…ええーい、メールを一切合切チェックできりゃあ問題ないだろうに!」
だんっ!
入来院先輩が立ち上がった。
「部長…今…何と…?」
そう言いながら賀茂先輩に近づいていく。
「何だ…どいつもこいつもと言われて気に食わなかったのか?」
「そうじゃなくて…その後…」
「メールを一切合切チェックできりゃあ…」
「それだ!」
入来院先輩は猛烈に頭をかきむしり始めた。
白いふけが粉雪のように舞い踊った。
(二)
「紗耶香、今日は特別重要な発表だぞ。大丈夫か?」
源三郎の問いに紗耶香はニッコリ笑った。
「大丈夫です。お父様…。インクアノックジャパンのCEOとして立派にやり遂げてみせますわ。」
紗耶香は変わった。源三郎は娘を誇らしく思う反面、どこか人間性を欠落させてしまった感すらある娘を不安に思った。
「大丈夫、娘さんはここ数日で立派に成長された。」
オーベット・マーシュが肩を叩いた。この男の言葉を聞くと不思議と安心し、不安というかこれ以上考えなくてもいいんだという考えが頭を支配する。
「そうか…そうだな。」
ノロノロとそういう源三郎を、オーベットは冷たい目で背中から見ていた。
テレビ番組ニュースイレブンのスタジオ
人気の女子アナウンサーが原稿に目をとおしつつ話す。
「今回インクアノックジャパンが開発されるVRシステムは画期的なものとお聞きしていますが、従来のものとどう違うんでしょうか?」
紗耶香はニッコリ微笑みながら答えた。
「はい、従来のシステムは映像を投影するゴーグルなど機材が必要でした。今回、弊社が開発したシステムはそういった機材を一切必要とせずヴァーチャル3D空間を実現できるものです。」
女子アナはシナリオどおり大袈裟に驚いてみせる。
「ええーっ!あの…メガネも何にも無しにヴァーチャルを体験できるんですかぁ!具体的にはどうやって…」
紗耶香はすくっと立ち上がった。
「丁度いいので、このスタジオでテストしましょう。ここに1台のノートパソコンがあります。これで新しいVRを体験してみましょう。」
女子アナは台本に目をやりつつ驚く。
「ええーっ!こんな広い空間でですか?投影するスクリーンも何もないですよ。」
ぱちつ、紗耶香はPCの電源を入れシステムを立ち上げた。
「ええーっ!」
今度は台本なし…周囲が一瞬で森に変わったので、女子アナは腰を抜かさんばかりに驚いた。
「こ、こ、こ、これは………?」
紗耶香が微笑む。
「VR空間です。どうやったかは企業秘密…プロジェクションマッピングにはプロジェクターが不可欠ですが、これはノートパソコン1台あれば足ります。もちろん、それなりのスペックが必要ですけどね。」
日本中に放送されたその光景は翌日から世間の話題を独占することになる。
(三)
「メールにはフリーメール、プロバイダメール、独自ドメインメールの3種類がある。このうちフリーメールの主なものは5つ、プロバイダメールは12、独自ドメインメールは無数にある。例の招待メールは、どの種類にも届くらしいが、チェックするにしても全てを対象とするのは非効率だろう。メールのシェアで言うと、最近はフリーメールが圧倒的に多いので、チェックするならそれであろう。」
入来院先輩が、喋りつつ部室中をうろうろ歩き回る。
「フリーメールと言ったって、アドレスにはとんでもない数があるだろうし、セキュリティだって設定されているだろう。」
賀茂先輩は納得いかない何かを感じているらしい。
「もちろん…セキュリティの突破は当然だし、膨大なアドレス対策も考えてある。」
入来院先輩はチョークを握ると黒板に何やら書き出した。
ウイルス
↓
各フリーメールシステム
↓
ウィルスがWorlds of Lovecraft関連抽出
↓
該当メール転送
「このようにシステムはごく単純である。問題はウィルスの作成と世界中のサーバーにばらまくコンピューターのスペックである。普通のノートパソコンくらいじゃ無理である。」
腕組みしていた左近寺先輩が頷いた。
「その点は左近寺グループのスーパーコンピューターを用意しよう。」
入来院先輩は言葉を続けた。
「首尾よくメール転送されても高機能パソコンとVRゴーグルが無ければゲームに入れない。」
左近寺先輩は前髪をさっと流した。
「高機能パソコンは問題ない。今ごろ発表されているはずだが、仕様的にVRゴーグルも不要になるはずだ。」
入来院先輩はよろしいと言った。
「そうであれば、我輩はただ今からウィルス始めとするメールハッキングシステムの開発に入る。」
賀茂先輩が立ち上がった。
「開発にどれくらいかかる?」
入来院先輩は両手の指をつもりながら言った。
「一週間、……いや3日だ。」
いいだろう…
賀茂先輩は珍しく満足そうだった。
(四)
話が終わった後、僕は福西顧問にプールに呼び出された。
「インスマウス人に襲われたそうじゃの。」
頷いた僕を見て顧問はにかっと笑った。
「クトゥルーは海の邪神じゃ。その卷族もまた水の属性のもの……。公園で襲われた昨日は運が良かったのじゃ。これが水辺だったら、お前はここにこうしておらん。」
なるほど…そう思っている僕は
ドボーン!
プールに突き落とされた。
4月の水は冷たい…それと…汚い!
「わっぷ…僕は…泳げ…なくて…。」
わかっとるわいと顧問は言った。
「泳げずともよい。呼吸じゃ呼吸…、チャクラを開けば水の中でも息ができるようになる。それだけでなく、霊体を召還して戦うことも可能じゃ。」
呼吸…呼吸…わっぷ、死ぬっ絶対に死ぬ!
「恐怖に打ち勝ち冷静になれ…。紗耶香ちゃんを助けたいのじゃろう!」
紗耶香ちゃん、紗耶香ちゃん、紗耶香ちゃん。
待っていて…きっと助ける。
呼吸、呼吸、呼吸、呼吸…。
「気を練れ、チャクラを開け。」
気を練る。奇のチャクラよ、開け…
しゅううううううう…
僕の周りで光が渦巻いた。渦がだんだん固まっていく…
茶釜…いや、これは甲羅?
きゅううううううううう!
何だこれ…緑の身体に黄色いくちばし?…かっぱ?
「書物にあった通りじゃ…奇のチャクラは変化のチャクラ、状況に応じて召還する霊体を変える。名付けよう…これぞ奇のチャクラ・力河童じゃ。」
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