第13話 インクアノックの野望

(一)

IAKJ.inc話題の美人女子高生社長の流儀

水無月紗耶香、その華麗なる仕事

夢、未来、そして…若き水無月CEOの野望

週刊誌の見出しが踊る。

テレビでもネットでも、紗耶香ちゃんの姿を見ない日はない。

「見事なものだ。目を引く広告塔による抜群の広告戦略、世界的企業のインクアノックらしいね。」

冷静な左近寺先輩に賀茂先輩が噛みついた。

「馬鹿なことを言うな!日本有数の企業と組んで、こんな感じで入り込まれたら、我が国は米国のように、あっという間にルルイエ教団の隠然たる支配下におかれてしまう。この状況、左近寺財団の力で何とか出来ないのか?」

左近寺先輩は目を閉じて頭を振った。

「無理だね。水無月とインクアノックが手を組んだら、さすがの左近寺も表立って手を出せない。今のところ、裏から情報を集めたりするのがせいぜいかな。」

ちっ、賀茂先輩はこれ見よがしに舌を鳴らした。

「悪いね。力が足りなくて…。」

福西顧問も深刻な顔だ。

「法王庁は何か言って来ておらんのか?」

左近寺先輩は深いため息をついた。

「法王庁も様子見です。尻尾を出さないと動けないですよ。もっとも…簡単に尻尾を出す相手じゃないですけど。」

部室には入来院先輩の叩くキーボードの音だけが響く。

ばんっ!賀茂先輩が机を叩いた。

「そもそも水無月紗耶香は何を考えているんだ!この部に入ったのは、最初から何かを探るためだったのか!」

そんなことっ!……………無いと思いますよ。

もう、…僕にもよくわからなくなった。

「彼女は小さいときから知ってるけど、それはさすがに無いんじゃないかな。時系列で追うとオーベット・マーシュが来日して変わったと見るべきだろうね。」

そうか…そうですよね。

僕はいても立ってもいられなくなった。

「あっ…何処に行くんだ!」

賀茂先輩の叫びを背中に、僕は走って部室を飛び出していった。

(二)

大手町にあるMビル

イルミネーションが綺麗で、この時間になると帰宅するビジネスマンと遊びに来たカップルなどでごった返す場所。

報道によると、ここにインクアノックジャパンが入っているはずだ。

エレベーター前にある企業の表札を確認すると、インクアノックジャパンはビルの最上階にあった。セキュリティが強化され通常のエレベーターでは行けない。しかもカードキーが無ければ専用エレベーターは開かない。

現在19時…そろそろ仕事を終えて帰るんじゃないか。

僕は専用エレベーターを見張りながらラウンジで待つことにした。

20時…21時…エレベーターは全く動く気配が無い。

もしかして早く帰ったのかな…今日はそろそろ帰ろうかな。そう思っていた22時近く、最上階のランプがポッと点いた。

誰か降りてくる……緊張が高まり額に汗が流れる。

階数を示すランプが徐々に下降し、ラウンジを指すLに近づく。

ラウンジにある観葉植物の鉢の後ろに隠れながら、僕はエレベーターの到着を待った。

チン…。

エレベーターがラウンジに着いた。

扉が開き、まず黒服の屈強な男たちが数人、あたりを警戒しつつ降りてくる。

次いでテレビで見た恰幅のいい男、ひょろっとした外国人、秘書とおぼしき外国人女性が2人、そして…

紗耶香ちゃん…

黒いスーツに身を固め、感情の無い虚ろな目をした彼女が現れた。

「紗耶香ちゃん!」

叫びながら駆け寄った。

紗耶香ちゃんは、相変わらず感情の無い目でこちらを見る。

バラバラバラ

屈強な黒服たちが立ち塞がる。

「紗耶香ちゃん!紗耶香ちゃん!」

僕は黒服たちに押さえ込まれながら叫び続けた。

彼女はこちらを一瞬気にしたように見えたが、恰幅いい男と外国人に促されるままビルを出ていった。

「紗耶香ちゃん!」

なおも叫び続ける僕に黒服の鉄拳が飛んできた。

一発、二発…殴られるうちにだんだん気が遠くなった。

(三)

そのころ賀茂、左近寺、入来院の3人はまだ魔法大戦部部室にいた。

どこから見つけてきたのか、3人はブラウン管のテレビに室内アンテナを着けたものを熱心に見ている。

テレビは定番のニュース番組をやっている。話題のインクアノックジャパンについての特集だ。

場所は富士山の麓…建設機械が盛んに行ったり来たりする現場で、水無月紗耶香CEOが話している。

「我々はこの地に世界最大級のコンピューターシステム基地を設置します。ここから世界中をクラウドで繋ぎ、様々なソーシャルソリューション、ビジネスソリューションの解決を目指して行くのです。」

テレビでは軽めの男性アナウンサーが、紗耶香を誉めちぎっている。

「日本の気脈の中心を押さえられてしまいましたね。」

左近寺の呟きに賀茂が反応した。

「けっ、よりによって富士山に目をつけるとは…。」

左近寺は椅子に倒れるように座り込んだ。

「超高速ネットを使ったヴァーチャルのリアル侵食、それに気脈を絡めるとなると…一体どういう相乗効果が生まれるのか?オーベット・マーシュは日本通とは聞いていましたが、なんと風水などにも精通しているとは…。」

ぎい…賀茂の座った椅子がきしんだ。

「どうするか…。ヴァーチャルの侵食を止めるには、その配信源たるリアルを止めることだろうけど…。」

珍しく入来院が口を開いた。

「世界的ネットワークの中では配信源を特定するだけで大変であろう。それも一ヶ所とは限らんしな。」

賀茂が足を組み替えた。

「なら、どう攻める。」

入来院がニヤリと笑った。

「我輩ならヴァーチャルそのものを攻撃する。」

なんだと!賀茂と左近寺は顔を見合せた。

「やり方か……奇策というほどでもない。プログラムをハッキングして…書き替えればよかろう。」

(四)

口の中がジャリジャリする。

僕は公園の噴水で腫れ上がった顔を洗い口をゆすいだ。

痛い!

口の中を切ったらしい。

歯も折れているかも…

人に殴られたのは生まれて初めてだ。

僕は痛む足をひきずりながらベンチに身を投げた。

真っ暗な空に赤い三日月…

「紗耶香ちゃん…。」

一体どうしてこうなったんだ。

三日月が涙で霞んだ。

ざわざわ…

背後で繁みが動く。

野良猫かな…それとも、ホームレスの人たちでもいるんだろうか?

ざわざわざわざわ…

動きが激しくなったようだ。

確めたいけど身体が痛くて動かない。

ピシャッ、ピシャッ

繁みから水滴が飛んできた。なんだこれ…妙に生臭い。

グッ!

いきなり右肩を掴まれた。

ぬるっとした感触…なんだこれ、水掻き?

ぶあっ、ぶあっ、ぶあっ

繁みから一斉に数十本のぬるぬるした手が飛び出してきて僕に掴みかかる。

「うわぁああああああああああああ!」

僕は叫んで地面に転がった。

魚…これは魚…半魚人!

格好は様々、スーツやらTシャツジーンズやら学生服やら

でも顔は一様に、目蓋の無い大きな目が顔の側面で飛び出し、唇の薄い牙ある口が耳の位置(耳は無いが…)まで裂けた魚のそれ、前に映画で見た半魚人の姿だ。

陸上だからなのか動きは遅い…。

それでも足を怪我している僕が捕まるのは時間の問題だ。

殺される…

半魚人?からは無機質な殺意が伝わってくる。ロボットが人を殺すってこんな感じかもしれない。

死にたくない…死にたくない。

呼吸を整えようとするが、殴られまくった後なのでうまく行かない。

噴水のところまで這って逃げた。

「助けて!」

僕の声は虚しく公園に響いた。

「助けて!」

誰も答えてくれない。

股の辺りが暖かくなった。

四方八方から半魚人?が迫る。百体近くいるのか…

ゾンビ映画なら完全に詰み…

痛いのは嫌だな…絶望のなかでこんなことを考えた。

そのとき…半魚人?の群れが一斉に止まった。

ギクッとしたよう…なんか怖がってる…

ギギギギギ

声は本当に魚のそれ

あれ…なんか引き上げていくような

安心したのか気が遠くなってきた。

仰向けに空を見上げると…あるはずの三日月はそこに無く、代わりに白いターバンが見えたような気がした。












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