第4話 情報収集
(一)
Worlds of Lovecrafts
賀茂先輩が黒板に書いた字だ。
「なんて読むんですかぁこれ?ワールドオブラブ…。」
紗耶香ちゃんが無邪気に聞いた。
「ラブクラフトだよワールヅ オブ ラブクラフト。ラブクラフトの作った世界たちという意味さ。」
左近寺先輩が解説してくれる。でも僕にはまだわかんない。聞いたような名前だけど…。
「君たちはH.P.Lovecraftを知っているかね?」
僕と紗耶香ちゃんは一斉に首を振った。
「なんだい、基本中の基本だぞ。」
賀茂先輩は頭を抱えた。
「まあ、そう言わないで…僕が簡潔に説明するよ。ラブクラフトはアメリカのホラー作家だ。ロードアイランド州プロビデンスの出身で、46年の生涯ずっと生まれたその街を離れず世間に相手にされない不遇な執筆活動を続けたと言われている。注目されたのは死後で、彼が考案したコズミックホラーという分野はハリウッドの有名映画に影響を与えているし、彼の作風はクトゥルフ神話体系として、オーガスト・ダーレスを始めとする様々なホラー作家が受け継いでいるんだ。」
それで左近寺先輩、そのホラー作家がこの事件とどう関係してるんですか?
「彼の書いた話が単なるホラーなのか?彼はアメリカの様々な伝承をベースに宇宙からの恐怖というコズミックホラーに行き着いたのだが、それは有史以前の地球的真実を解き明かしてしまったのではないかとも言われている。クトゥルフ神話体系に関わった作家たちのうち、不遇な死を迎えた者や行方不明になった者が少なからずいるという事実もそれを裏付けていると言われてる。」
じゃ、今回の行方不明者も作家だったんですか?
黙って聞いていた賀茂先輩が口を開いた。
「いや、そうじゃない…。そこに実に今どきの仕掛けが関わっているのさ。」
(二)
「Worlds of LovecraftはVRを使ったMMORPG、いわいるネットゲームだ。舞台は19世紀後半のアメリカで、配信直後からゲームの中に入ればまるで現実世界のようにリアルで、あまりに魅力的な世界にはまったネトゲ廃人を量産しているって噂が絶えなかった。」
ふんふん、概要はわかったような…
「リアルはわかりますけど、どう魅力的なんですかお兄様?」
紗耶香ちゃんナイス、確かにわかんないよ。
左近寺先輩は肘で頬を支えながらニコッと微笑んだ。
「わからないんだよ紗耶香ちゃん。内容はやった者しかわからない。」
ええーつ、でもそれだけ話題ならプレイ動画配信とかされてそうじゃないですか?
「それも無いんだ。システム的に不可能なのか、規約で禁止されているのか、とにかく理由は不明なのさ。」
じゃ、ゲームやってみればいいじゃないですか。
「うん、当然そう思うよね。しかしね…どうやってゲームにアクセスすればいいか、全くわからないんだ。」
えっ、人気のゲームなのに検索やネットショップで出てこないんですか?
「そのとおり、ゲームがあるという話はSNSで上がっている。友達が始めたとか…。しかし、ゲームをやっているという話は全く上がってないんだ。まるで動画アップだけでなく、ゲームをやっているとしゃべることも禁止されているみたいに。」
まるで都市伝説…さすがの僕も興味出てきた。
「ここまで言えばわかるだろう…昨日見た行方不明事件はこのゲームと関係がある。この行方不明事件を解決するには、まずこのゲームのことを知る必要がある。」
でも、どうやって…?
「SNSでこのゲームの存在を話した人がいるだろう。そこを地道に当たって話を聞くしかないだろうね。」
わずかな手がかりから…気の遠くなるような作業じゃないですか。
「それじゃあ始めようか。」
左近寺先輩は棚に置かれた4つのノートパソコンを指差した。
ここWIFI飛んでるんですか?
「心配ないよ…。」
ああ、なんかがっかり…。
(三)
SNSリプ、またリプ…無視、また無視かよ。返事くれても大した情報知っちゃいない。
「あのー、ゲームの案内はメールで来るんですって!」
紗耶香ちゃんが無邪気にはしゃいだ。
「以前つかんだ情報と一致するな。どう選んでいるのかわからないが、ある日突然招待状というメールが届く。そのメールに従ってIDやパスワードを取得しゲームに入る。紗耶香ちゃん、その情報をくれた人本人にメールが届いたのかな?」
カシャカシャ、紗耶香ちゃんがキーボードをたたく。
「確認しますね…。ううんお兄様、友達の友達らしいです。」
友達の友達じゃ噂、あるいは都市伝説のレベル。あてに出来ないじゃん。
「うーむ、大した情報にはなかなか行き当たらんな。」
賀茂先輩が眼鏡を外して椅子の上でそっくり返る。
「部長、わかっていたことじゃないか。これしか手がかりないんだから地道にいこうよ。とにかくゲーム中の人か、ゲームを始める前のメールが届いた人に行き当たれば、手がかりがつかめるんだからね。」
左近寺先輩がモニターから目を離さずに言う。
「へいへい…。」
賀茂先輩もグリグリ眼鏡をかけ直し、再びキーボードを叩き出した。
あー、もう帰りたいです。カシャカシャ
あれっ!
「あの、メールがさっき来たって人がいますけど…。」
「なにっ!」
「接触だ。接触したまえ!」
先輩がたが慌てて寄ってきて、背中から僕のモニターを覗く。賀茂先輩、そうグイグイ来られると背中におっぱいがっ…。
(四)
メールが来たのは都内に住む女子中学生だった。
SNS上はぴょんと名乗っている。
噂のゲームの招待メールが来たので、てんぱってSNSに上げたみたい。
もちろん、まだゲームはやっていない。
「ゲームは決してするな…会いに行きたいと提案しろっ!」
賀茂先輩の言うとおりに…
だめです。会いに行くったって…無理ないけど警戒してますって…。
「行方不明になりたいのか…助けてやるから会えと打ち込め。」
カシャカシャ…賀茂先輩っ無理目です。警戒レベル上昇しました。ブロック寸前です。左近寺先輩なんか言ってください…。あれっ、画面見ながらどこかに電話してる。
「名乗れっ、我々は闇と戦う魔法大戦部だと…。」
いいんですか?そんな一か八か的な…
「早く打ち込め、ブロックされたいのか!」
いやいや、打ち込んだとたんにブロックされる可能性の方が…
「さっさとしろっ…これは命令だっ!」
あーっ、もう僕はどうなっても知りませんからね。
カシャカシャ…
ブロックされました。
「馬鹿、ウスノロ、まぬけっ!」
えー、僕のせいですか?それってパワハラですよ。
「大丈夫だよ…発信元はつかんだ。」
スマホをポケットにしまいながら左近寺先輩が笑った。
「さすが左近寺財閥の御曹司…また金の力を使ったのか?」
左近寺財閥って…あの日本の名だたる企業をグループに収める?先輩って大金持ちじゃん。
「部長…変な顔してるけど金は使うものだよ。どんな手段使っても手がかりつかむんじゃなかったのか?」
顔をしかめていた賀茂先輩は、何かの思いを立ちきるように椅子から立ち上がった。
あーっ、おっぱいがバウンドしてる。
「よし、今からその女の子を探すよ。手遅れにならないように…一刻を争うんだ!魔法大戦部出動だよ。」
ええええ、この上に残業ですか…ブラック企業、いやブラック部活だ。労基署いや学校に訴えてやるっ!
「堀田クーン、行くよーっ!」
はーい、紗耶香ちゃん。どこまでも何時でもお供しまーす!
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