第5話 バトル

(一)

女子中学生のSNSはスマホから発信されていたらしい。夕方17時くらいだったので、多分家には帰りついていない。近くにパソコンが無いことを祈るばかりだ。

「心配いらないよ。」

左近寺先輩が笑った。

「あのゲームは、それ相当のハードパフォーマンスが無ければ動かないらしいからね。中学生が漫喫とかに入ることは考えられないし、ゲームにログインするのは十中八九家に帰ってからさ。それに…」

左近寺先輩は、ポケットから取り出したスマホを見た。

「GPSによると、彼女は真っ直ぐ家に向かっているようだね。」

えっ、何らかの方法で中学生の住所を調べて、遠隔で彼女のスマホにGPSまで仕掛けたんですか、それって犯罪じゃ…。

「どうかしたかい…?」

いえいえ………

怖っ!心の声が漏れたのかな。左近寺先輩ってソフトで優しそうだけどなんか怖い面があるなあ…。

「追いつくよ!」

賀茂先輩がおっぱいバンバンとバウンドさせながら走りだした。左近寺先輩も後に続く。

「あ、あっ。待ってくださいよー。」

紗耶香ちゃん、そんなに慌てると…

あああああああああああ

見えたっ…慌てた後ろ姿、ちらりと…むちむちの太ももと

白、白、純白、あー神様、信じたとおりの子でした。

生きていて良かった!

……………おっと…置いていかれる。

奇跡の映像を反芻していた僕は、走ってみんなを追いかけた。

(二)

「おかしいな…?」

スマホを見ながら走っていた左近寺先輩が言った。

「どうした?」

後ろに向かって賀茂先輩が叫ぶ。

「自宅を通り過ぎた。」

「コンビニにでも寄って帰るんじゃないのか?」

「向かう方向は、地図上コンビニどころか店ひとつない場所だ!」

「自宅の場所、あんた方の調査が間違っていたんじゃないのか?」

「左近寺家の調査能力を舐めないでくれたまえ!砂漠に落ちた押しピン1本でも探しだして見せるよ。」

「じゃあ…?」

「罠…かもしれないね。」

「面白い!」

賀茂先輩は明らかに速度を上げた。

左近寺先輩もそれについていく。

「待ってくださいよー。」

紗耶香ちゃんが必死で走った。

あれっ…?

家の屋根の上に人影が見えたような…

2メーター近いひょろりとした長身に

浅黒い肌、全身白いスーツに白いターバンを巻いて…

あれ…いなくなった。見間違いかな…

おっと、置いていかれちゃう。僕は紗耶香ちゃんのひるがえるスカートを目印に走った。

(三)

「GPS上はとっくに追いついているはずだが…」

目の前には貯水地の役割を果たす沼が広がる。

ゲコゲコゲコゲコ

どこで鳴くのか蛙の声がうるさい。

「やっぱり罠だね…彼女、無事なら良いけど…。」

左近寺先輩がスマホをポケットにしまいながら言う。

「おい、新入部員二人。」

賀茂先輩が沼を向いたまま後ろの僕らに言う。

「はいっ!」

紗耶香ちゃんと僕は同時に返事した。

「あたしらの後ろから離れるんじゃないよ!」

沼がボコボコ泡立った。そして…

ぷしゅぷしゅぷしゅつ…

次々と沼から飛び出してくる。

なんだこれ…現実、それとも夢、…夢なら早く醒めろっ!

「きゃーっ!」

紗耶香ちゃんが金切り声を上げる。

ひとつは100センチくらいか…

身体は人間だけど顔は…どう見ても蛙。

ヌラヌラした皮膚を光らせ、ゲコゲコ喚きながら僕らに飛びかかってくる。

その数は30匹以上…

「うわうわうわーっ!」

こっ、腰が抜けた…。動けない…。神様仏様お助けっ!

「こいつはっ!」

賀茂先輩が叫ぶ。

「ミリ・ニグリだね…象の姿をした吸血神チャウグナル・ファウグンの眷族で、ひき蛙から作られた魔法生物だ。」

左近寺先輩の声は冷静そのものだ。

「一気に始末するよ。」

賀茂先輩は額に人差し指を当てている。

「…了解。」

左近寺先輩も同じポーズをとった。

「いくよっ…月のチャクラ…安倍晴明!」

賀茂先輩に向かって天から光が集まる。

光が一瞬、教科書で見た平安時代の人の形に見えた…。

光を纏った賀茂先輩が叫ぶ。

「陰陽術・光矢乱舞っ!」

無数の光の矢が蛙人に放たれた。貫かれた蛙人はもんどりうって沼へ沈んでいく。

かっこいい…これ…魔法?

(四)

あれ、賀茂先輩に気をとられていたけど左近寺先輩は…

「緑のチャクラ…来たれマーリン!」

地中から緑色の蔦が伸びて左近寺先輩を包む。

顔に触れた蔦がまるで長い髭のように見えた。

左近寺先輩は胸の前で印を組む。

「来たれラウンドナイツ!我が手足となりて闇を滅せよ。」

地面が盛り上がり、中世ヨーロッパの甲冑を着た骸骨が12体這い出してきた。

がしゃがしゃ音を立てながら、手に手に長刀や長槍、斧などを握って蛙人に斬りかかっていく。

「強いや骸骨…。」

気がつけば辺りは静寂に包まれ、あれだけうるさかった蛙の声も止んでいた。

あれ、横では紗耶香ちゃんが、うつ伏せに倒れこんで気絶してる。

立てるか…うん、立てる。僕が助け…

「大丈夫かい?」

ちぇっ、左近寺先輩…なんて素早い…。

「あーん、お兄様っ、怖かったよー!」

気がついた紗耶香ちゃんは、左近寺先輩の胸にすがって泣きじゃくっている。

もうちょっとで、あの役は僕のものだったのに…。

「ちっ、親玉は出てこないか…ところで左近寺、女子中学生はどうなったのかな?」

悔しそうな賀茂先輩が目の前に立った。

「おっと、そうだったね。」

左近寺先輩はスマホを取り出し、GPSを確認した。

「家に帰っているみたいだよ。」

良かったと僕は思ったが…

「急がないと危険だな。」

「そうだね…。」

二人はそう言い残し、もと来た道を走って戻りだした。

待ってくださいって…本当にいつもいきなりだなあ。

(五)

「ここだね。」

GPSを確認して左近寺先輩が言った。

それと同時に中から悲鳴が聞こえてきた。

「中に入ろう!」

左近寺先輩が言う前に、賀茂先輩は勝手にドアを開けて靴も脱がずに走り込んでいった。

それって不法侵入ですよ…まずピンポン押さないと。

左近寺先輩も後へ続く。あの靴、靴。

僕はとりあえずピンポン押して家に入った。

紗耶香ちゃんが、おっかなびっくり後ろをついてくる。

階段を上がって2階の部屋へ

ひとつのドアの前に賀茂、左近寺両先輩が立っている。

足元にはコーヒーがこぼれ中年女性が尻餅をついて震えている。

「お母さん、どうかしたんですか!」

左近寺先輩の呼びかけに、虚ろな目を向けた女性は急に叫びだした。

「娘、娘が…娘がっ!」

左近寺先輩は女性の両肩をつかんで揺すった。

「娘さんがどうかされたんですか?お母さん、しっかりしてください。」

女性は少し落ち着いた感じになった。

「答えろっ!娘さんはどうした!」

いや、そんな聞き方って賀茂先輩…。

女性は震える手で、部屋の中央に置かれたノートパソコンを指差した。

「む、娘、娘が…吸い込まれて…。」

それだけ言うと、女性はふっと気を失った。

パソコンの中に吸い込まれた…。

あんなことが無ければ信じなかっただろう。

今は信じられる。それだけに…怖いっ!

常識の通じないところで、世界は一体どうなっていくんだろう。

いや、もともと世界は常識と非常識の混沌だったのかも…。

僕は怖さと同時に、目にした魅力的な魔法について考えていた。

僕も…僕も魔法を使ってみたい…。そうしたら本当の高校デビューができるかもしれないんだ。






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