第3話 フィールドワーク
(一)
翌日の放課後、僕たちは地下鉄を乗り継いで○区✕町に行った。僕はちょっとご機嫌。
「堀田くーん!」
授業終わりにダッシュで帰ろうとした僕は紗耶香ちゃんに呼び止められた。
名前呼ばれた…紗耶香ちゃんに…僕の名前。幼稚園で出会って13年間で初…。
全身の力が抜けてふにゃふにゃになって、どうやってここまできたか記憶がない。
「これ、使いもんになるのかね?」
おっぱい、じゃなかった賀茂先輩が僕の顔を覗き込む。
「こんなに嬉しそうだと、つれてきた甲斐があるというもんじゃないか。」
イケメン左近寺先輩は相変わらず爽やか。
「フン、そんなもんかね。」
グリグリ眼鏡の賀茂先輩は相変わらず冷ややか。
いいんだ…僕は今日のこの感動を墓まで持っていくんだ。
「センパーイ、これからどこに行くんですかぁ?」
紗耶香ちゃんの問いに左近寺先輩が応じた。
「最初の行方不明者のマンションから時系列に沿って訪ねていこうか。」
賀茂先輩は何も言わずにスタスタ歩き出す。長い髪を無造作にまとめたポニーテールがリズミカルに揺れた。
左近寺先輩は慣れた様子で黙って後に続いた。
「堀田クン、行こっ!」
紗耶香ちゃん、その技多用しないで。これ以上聞くと僕は幸せ過ぎて死ぬ。
(二)
最初の行方不明者は宮田萌枝、20歳の大学生で失踪の日は20時の夕食後に自室に戻って、翌朝いなくなっているのに両親が気づいた。
事件について、ただの高校生が話を聞きたいと言っても、普通は取り合ってもらえないだろうが、どういうことなのかすんなり家に上げてもらった。
「居なくなられる前、萌枝さんの様子におかしなところはありませんでしたか?」
母親は40代前半らしい、無理もないけどやつれ果てていて、実年齢よりずっと老けて見えた。
「ありません。萌枝は大人しい娘で、友達も多い方じゃありませんでしたし、サークルにも入らずアルバイトもせず大学が終わると真っ直ぐ家に帰ってくる子だったんです。夜に外出することなんて、めったにありませんでしたし、行っても近所のコンビニくらいですぐ帰って来ましたし…。」
左近寺先輩が深掘りする。
「失踪された夜、例えばご両親が気付かれない深夜とかに、そのコンビニに行かれた可能性はありませんか?」
母親は首を振った。
「警察にもお話しましたが、萌枝の靴が残っていますし、その日は主人がリビングで徹夜で仕事をしておりました。出ていったらさすがに気付くはずですわ。それに警察の方も、マンションや周辺の防犯カメラのどれにも萌枝の姿が写っていないと話されていましたし…。」
おおっ…なんかアメリカのジョンベネちゃんの事件みたい。その場合は両親の犯行を疑うのが推理の常道だけど、ここでそれ確かめる術はないなあ。
ここで、何かずっと考えこんでていた賀茂先輩が、初めて口を開いた。
「萌枝さんのお部屋、見せてもらえませんか?」
(三)
萌枝さんの部屋は普通に女の子らしい部屋だった。
白を基調とした壁紙にカーペットも真っ白
そこにピンクのシングルベッド、白い机、白い本棚
本棚の中には数冊の単行本とレディースコミック
机の上には、ここだけ黒いノートパソコンとマウス、そして大きなマウスパッド…ゲーミングパッドって言うんだっけ。今どきの女の子にゲーム好きは多いだろうから別に不思議じゃない。
「!」
パソコンを見ていた賀茂先輩が眉をひそめた。
視線の方向を見ると、あれっUSBポートに引きちぎられたケーブル片のついたUSBが残ってる。
「お母さん、このパソコンは失踪の翌朝、開いたまんまじゃなかったですか?」
母親は宙を見上げて何か思いだそうとしている。
「…そうですね。そうそう、たしか開いていました。警察の方がウェブの閲覧やメールの履歴を見ると言われて持っていかれたんですが、事件に関係ないということで最近返されたんです。」
賀茂先輩はニヤリと笑った。
「お母さん、このパソコン開いても…?」
どうぞどうぞと母親は言った。
画面を開いて起動スイッチを押す。
不用心だなパスワード設定されてない。
表示されたスタートアップを見て、賀茂先輩と左近寺先輩は顔を見合わせた。
「思ったとおりだ。」
「やはり、そうなのか…。」
またまた二人の世界、僕たちも部員ですよっ!
「お母さん、萌枝さんはVRゴーグルを持っていませんでしたか?」
母親は怪訝な顔
「V…何ですか?」
左近寺先輩が身振りで説明する。
「こう…目と耳に装着する眼鏡みたいな装置です。」
「ああ…あのロボ○ップみたいな…。持っていました。」
喩えが昭和な感じだけど、まあいいか。
賀茂先輩はマウスをクリックした。
とたんに画面が真っ暗になった。
「やっぱり、VRが無いと駄目か…。」
「仕方ないよ…ここはこれまでだ。十分な収穫あったし…。」
だぁかぁらぁ…全く意味不明なんですけど、先輩っ!
(四)
次の行方不明者は古びた2階建て一軒家の住人。
野立野比朗、30歳男性、ニートで引きこもり
トイレと週1の風呂以外は部屋から出なかったらしい。
まる2日食事に手がついていないので、意を決した母親が部屋に入り、初めて息子が居ないことに気づいた。
「外に出るのを嫌がっていたので、一人で外出したとはとても考えられません。誘拐とかも考えましたけど、こんな貧乏家の、30にもなる太った髭もじゃの男をさらって、何するっちゅうんだということで…。」
60歳過ぎの眼鏡をかけた母親は淡々と話した。
うーん、マニアにニーズはあるかもしれませんけど…。
「部屋を見せてもらえませんか?」
左近寺先輩は前の家と同じお願いをした。
母親は頷くと僕たちを二階へと案内した。
うわっ、なんだこれ…。
生活臭というのかなんというのか…
階段で既にかなり臭い。鼻が曲がるとはこのことだ。
紗耶香ちゃんがハンカチで顔を押さえてる。
「臭いですか…ごめんねえ、私は慣れっこで鼻が馬鹿になっちゃって…。」
母親がさすがに恐縮した。
二階の部屋を開けると、その臭いはゆうに十倍、みんなが咳き込むほどに強くなった。
部屋の中は臭い以上に異様だった。窓は塞がれ昼間なのに電灯をつけないと真っ暗、壁という壁に10台のテレビモニターが取り付けられ、それぞれに懐かしいのから最新式まで、コンシューマーゲーム機が接続されている。棚には1,000は越えるだろう各種ゲームソフト、典型的な引きこもりのゲーム廃人って奴だったのね。
賀茂先輩と左近寺先輩は、入室したときから、モニターの真ん中に置かれたデスクトップパソコンに注目している。
「パソコン調べても…?」
母親は恐縮しながら頷いた。
「ふん…無線方式か。」
USBポートを見ると、何かを無線接続するための機器が刺さったまんまだ。
「警察、これ調べました?」
母親は首を振った。
「行方不明の届けは出したんですけど…ざっと部屋を見られたくらいで。」
なんかわかる…申し訳ないけど、さっきの母親と比べて、心配しつつもほっとした空気が感じられるもの。
ブンッ…、パソコンモニターが点灯した。
賀茂先輩と左近寺先輩がスタートアップ画面を確認して、顔を見合わし頷き合う。
「あるね…。」
「ああ、確かに…。」
「想定通りならかなりやっかいだね…。」
「ああ、僕らの手には負えないかもしれない…。」
そう言いながら二人とも、キラキラした目で宝物を見つけたみたい。
だからね…説明してくださいってば!
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