曲がりくねった窟

 洞窟・・・・というには間口は横に広く、岩肌はぬめぬめといる。いたるところから湧き水が滲み出しているようで、なかに入った途端に、滑りそうになって平馬は態勢を揺り戻すと、屈み込んで懐中から取り出した鎖を草鞋の上に巻いた。かかとに重心を置くための私製の鉄足袋たびのようなものである。

 は平馬の耳朶にしがみついたままで喋らない。


 洞窟ではない、と平馬が感じたのは、洞内が朝焼けどきの明るさを保っていたからだ。といって蠟燭が灯っているわけでもない。ともあれ先刻さっきまでの襲来者が迫り来る気配も、そのもなく、ただ延々と曲がりくねったみちがずっと先まで続いているからには辿たどってみるしかなかった。

 難があったのは壁だけでなく地も濡れていたことで、足に鎖を巻いていてもなお滑らないように、躰の重心を両の手でとりながら進んでいく。それを察して出てこないのだろう。


「お!」

 平馬は首をかしげた。奥から人のわめき声が聴こえてきた。

 相当興奮しているようで、

「あ!」

「や!」

「う!」

としか聴こえない。

 なるほど、いつも自分がよく発する一声いっせいのようで、あまりに連発されると滑稽にさえ聴こえてくる。自分の口癖と同じで、左京衛門の爺が、よく、止めよ、止めよと叱るのはこのためだと平馬は気づいた。

 ・・・・さらに進むと、喚き声のが平馬にわかった。

 人間・・・・である。転げながら叫んでいたのは、侍であった。


「や!」


 平馬が声をあげた。衝動で口をついて出るのは仕方ない。

 なぜなら、その侍たちは、竹沢左京衛門についてきたあの三人だったからだ。


「や!」


 叫んだのは、平馬ではない。

 一人が平馬の姿を認めて、思わず喜びの一声を放ったのだ。


「ひゃあ、わ、わか様が助けに来てくださったぞぉ!」


「あ!」

 一斉に叫び出したもので、誰があげた声かはわからない・・・・。

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