襲来者たち

 いや・・・・・

 いまだ陽は落ちていないはずであるのに、突如として平馬の視界が闇に閉ざされた。

 一瞬せつなのことで、冷たい雫が平馬の頬を濡らした。濃霧であろうか。


《これ、やめるでないぞえ》


 舌唱ぜつしょうが止まってはこの未知なる闇のなかに囚われてしまう・・・・。


《うろたえるでない、平馬!闇の中にいると思念するは、そもそも間違いぞ》


 が叱咤した。言われて平馬は気づいた。

 おそらくまだあたりは明るいのだろうが、自分がた来襲者が放つ気配のもとを、いままさに闇の濃霧として感得していただけなのだと。

 そうと知ればそれほどおそれることはあるまい。再び平馬はを唱え出した。

 突き出した短刀の位置は動かない。隣に居たであろうも続ける・・・・。


《ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ・・・・》

「ひぃ、ふぅ、みぃ、よぅ、いぃ・・・・」

《ふるべ、ゆらゆらと、ふるべ・・・・》

「やぁ、こぅ、と・・・・ことをおさむる・・・」


 との揺るぎないあわ呪唱じゅしょうというものは、これまで平馬は体験したことのない甘美な昂揚感に包まれていた。敵の襲来の只中ただなかにあってなお、このような感覚を抱くことができるのが平馬にも不思議で、それはやはりという存在の為せるものであったろう。


「や!そこに、光りの輪が!」


 平馬はた。

 雑木林の一角に楕円の輪が光っている。


《あれに向かえ!》


 そう叫んだはしゅるっと縮んで身のたけ一寸(約3cm)になって平馬の耳の穴に両脚を入れたまま、ぎゅっと耳たぶにしがみついた。

 短刀の切っ先を正面にえたまま、〈始針の構え〉の姿態のまま、平馬は独特の歩みで突き進んでいく。

 速くはない。

 といって遅くもない。

 禹歩うほの法という。まず右足を前に出し、そのかかとに左足の先をつける。そして左足を半分前に出し、次に右足を前にし、左足を右足にあわせる。これで一歩。これを繰り返す。邪気をせつけない神呪の徒歩法であった。〈〉は古代大陸の伝説の聖王である・・・・。


 そのあいだにも、は平馬の左耳の、ぶつぶつと声にはならぬ呪文を唱えていた。


《〰️〰️〰️〰️〰️〰️〰️〰️、〰️〰️、〰️〰️〰️》


 どんな詞章ことばなのか、平馬は皆目わからない。

 ・・・・光の輪とみえたのは、奥底へと続く洞窟の入り口のようであった。


《〰️〰️〰️〰️〰️〰️、おっ、迷うでない、飛び込むのじゃ!》


 の叱咤に本能的に躰が動いた。平馬は禹歩を納めて、通常の走りにもどってその輪の中へ向かっていった・・・・。

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