慣れない相手

 屋敷に左京衛門と大曾根道之介を残したまま、いま平馬は西八条第にしはちじょうだい跡へ向かっていた。


 道之介がとおもわれるから伝言布を拾わさせられたのがそのあたりというのである。詳細をたずねるのももどかしく、左京衛門の爺が止める手を振り払うようにして飛び出した平馬は、いまになって詳しい道筋を道之介に確かめておくべきだったと悔やんだ。

 というのも。

 やはり自分の出生にまつわることは聴きたくはないし、みだりに口のに乗せてもらいたくないのだ。あらかたのことは教えてはもらっていたものの、実父実母の顔も知らず、物心ついた頃にはすでに蔵馬で不移山人ふいさんじんを父とおもい暮し、半年に一度は一条家の屋敷で善哉と兄弟のごとくに過ごしてきた平馬には、世間せけんというものがなかった。いわば、蔵馬と一条邸との往復で育ってきたようなものである。

 いまさら、大名家の落胤らくいんがどうだのこうだのと言われても、なんら感慨もかない。それどころか腹だたしくなる一方なのだ。


《道を聴いておけばよかった》


 そう呟いたのは平馬ではない。慌てて前後左右を見回しても、声の主は見当たらない。


《ここ、ここにいる》


 膝下から声がした。みると十寸(約30cm)ばかりに身を縮めたが笑っていた。


「ど、どうして・・・・」


 ・・・・ついてきたのかとあとの言葉が続かない。


《ねえ、平馬》


 膝のあたりで喋っているにしては、平馬には耳元の声としてはっきりと伝わっている。


《・・・・西八条弟にしはちじょうだいといえば、その昔、六波羅殿ろくはらどのの屋敷があったところぞ!どれだけ広大な敷地であったことか・・・・》

「や!」

《や、でないぞよ。六町余の敷地ぞよ》

「あ!」

《あ、ではないぞえ。六波羅殿ろくはらどの崩御ののち、火災にうて、五十棟を越える屋敷のことごとくが焼けたがの》

「・・・・・・」


 唖然として平馬は佇んだまま虚空を睨んだ。

 六波羅殿ろくはらどのとは、いにしえのかの平清盛たいらのきよもり公のことであろう。

 それぐらいの智識は平馬にもある。

 けれど慣れない相手にどのように対処していいか分からずに苛立ちだけがふつふつといてくるのを止めるすべもなく、それがさらに思案のゆくえを妨げた・・・・。

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