爺の機転

 天井に近い道沿いの壁には格子細工のあかり取り窓が設けられている。およそ民家にはみられない構造になっているのは、この家屋が豪商の粋をらした創意と工夫の賜物で、おくゆかしいまでの趣向がいたるところにみてとれる。

 かりに大曾根道之介に落ち度があったとすれば、その造りの一つひとつに嘆息していたからで、突然目の前に現れた老侍のうつわの強弱高低を見過ごしてしまったその一点にこそあった。


 いで現れた三人の若侍もそれぞれに腕に覚えのある者たちであったろう、一人いちにんはすばやく奥に続く土間への逃げ口をおさえ、もう一人は平馬の隣に佇み、少年をかばうようにつかに右手を添えていた。居合いあい青山せいざんの構えであったろうか。

 すなわち、みずからの体躯からだで、道之介の一刀を受け止めつつ、抜いた刀で突いてくる腹積もりでいるのだろう・・・・。


(なんと、おのれを犠牲にしてまで、この少年をまもろうとするのか・・・・こ、この平馬は、一体何者なのか・・・・)


 一度そう思念してしまうと、道之介は動けない。つまりは、興味をおぼえてしまったからである。この場での死闘は、道之介にとっては死地でもなんでもない。ほぼ難なく切り抜けることはできよう。

 けれども。

 戸口の老侍こそまさに難敵、と道之介は迷っていた。

 しかも。

 平馬もあなどれない奴、とみてとった。ふたたび長刀を畳の上にゆっくりと置き直し、道之介はそのままの態勢で座り直した。


 驚いたのは三人の若侍たちであった。

 機先を制するつもりが、いきなり相手の戦意がせてしまったのである。すんなりと引かれてしまえば、こちらの意気込みの遣り場に戸惑う。

 そのとき、

「コホン」

と、左京衛門さきょうえもんがわざとらしい咳払いを発した。

 すると、若侍らは互いに目配せしてから、するりするりと土間に降り立ち、奥へと姿を消した。

 ふいに左京衛門が平馬の隣に座った。


「竹沢左京衛門でござる」


 ぼそりと道之介に向かって名を告げると、いきなり平馬の肩を両の掌でさえつけた。

「あ!」

わかよ、若のせいで、三人の侍があたら若き生命いのちを落とすところでござったぞ。この爺もまた半死半生の目にうておったところじゃ・・・・この御仁ごじんのお情けで、生かしてもろうたに過ぎぬわい」

「や!」

「その、や、あ、は、もうおやめなされ。・・・・おお、そうじゃ、大曾根氏おおそねうじと申されたかの、まことのご身分をお明かしくだされぬか。さようでないと、またぞろ無駄にいのちのやり取りをせねばならぬでの」


 左京衛門が言うと、道之介は顔面に含羞の笑みをたたえつつ喋り出した。


「いえ、まことに、浪々の身なのです。・・・・お手前のほうこそ、失礼ながら、並々ならぬご器量の持ち主とお見受けつかまつりました。はてさて、そちらの杉森平馬どのは、一体、いかなる・・・・」


 すると掌を道之介にかざした左京衛門が、待てとばかりに低声こごえで告げた。


「・・・・わかは、さる大名家のご落胤らくいん・・・・いや、なに、仔細しさいは申せぬまでも・・・・大曾根氏おおそねうじ、これもなにかの御縁と存ずる・・・・浪々とあらば、どうだな、しばらくこの屋敷に逗留なさらぬかの」


 意外な申し出に道之介はとまどい、つい平馬の顔をみた。

 平馬は平馬で、左京衛門の意図ぐらいは見抜いている。大曾根道之介というあやしき者は、むしろこちらの手のうちに置いておこうとする老侍ならではの算段はらづもりであったろう。

 やみくもに微笑ほほえみ返すこともできず、平馬は爺をならってコホンと小さな咳を遠慮気味に洩らした。

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