憤る老侍

(それにしても・・・・)

 と、平馬は嘆いている。

 大曾根は腕は立つようでも、敵意が無いことは長刀の床上での納め方にもみてとれる。にしても、平馬には次の言葉が見つからない。

 隣室から絶え間なくごとごとと物音が響いている。おそらくしびれを切らしたが『早く追い返せ、追い返せ』と平馬に伝えようとしているのだろう。それをがなだめているさまが、ふいに平馬の頭に浮かんだ。

 すると、こんな妙な想像が拡がっていった……この閉ざされた空間のなかにうごめくものは、平馬からすればまだ気をゆるしてはいないが居り、目の前には素性の知れない道之介が居る。

 これを大曾根の眼になぞらえてみれば、目の前にはふしぎな留守居役るすいやくの平馬が居て、隣室に潜む得体の知れない複数の存在を察しているはずである……。


(なるほど)と、平馬は気づいた。大曾根にしても居心地が良いはずはないのだと。とりわけ隣室の蠢きの正体が気になっているのだろうと平馬はおもった。


「さて」


 先に声を発したのは大曾根のほうで、片膝を立てて尻の刀の鍔に手をやりかけたときに、がららと勢いよく戸が引かれた。おとのいの声掛こえがけもないまま、どどっと入ってきた数人の侍……。


「や」

 次に声をあげたのは平馬だった。


わかっ、捜しましたぞ!」


 竹沢左京衛門さきょうえもんがこわばった形相を崩さないまま、平馬を睨んでいた。


「こちらの寮に寝泊まりするならするで、なぜにしらせてくださらぬのじゃ」

「あ」

「これ、若よ、あ、とか、や、とか、それしか申されぬのでござるかっ!このじいめを、あちらこちらと駆けずり回わして早死はやじにさせるおつもりかっ!今日という日は、小言こごとを聴いていただきますぞ・・・・や、はて、そちらの御仁ごじんは?」


 喋る中途で大曾根の姿を認めた左京衛門が、じろりと視線を道之介へ転じた。


「あっ、いや、失礼つかまつった。それがし、大曾根道之介と申す者・・・・」

「ほ、それで、どちらの御家中ごかちゅうかの」

「あ、いや、それがし、浪々の身なれば・・・・」


 慌てて居住まいを正しながら道之介が口ごもると、左京衛門の先ほどまでの憤慨の矛先が一気に火を噴いた。


「そのような虚言うそごと、この身にはつうじまいぞ!そなたの面体めんてき、しかと見覚えがござるぞ、確か・・・・所司代屋敷の近くで・・・・」

「あいやしばらく、浪人の身なれば、さような場には・・・・つい長居ながいをいたしました、これにておいとまつかまつる」


 長刀を腰に差しざま立ち上がった道之介の行く手をはばように左京衛門が引連れてきた三人の若侍が戸口に立ちはだかった。

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