平馬の観察眼

 ・・・・それにしても、これはどういうことなのであろうか。敵に捕まったとばかりおもっていたは、たまたま通りがかった侍に伝言を託そうとした・・・・いや、そんなはずはあるまいと、平馬は考えている。

 偶然が重なり過ぎるということは、もはやそれはただの成り行きといったものを超えて、そこに確とした意思の存在を感得できよう。誰の、何者の意思なのか・・・・それがつかめないのだ。


 大曾根道之介はが運んできた白湯と漬物、干し魚のちぎり物を、うまそうに飲み、食している。

 大曾根の前では、は通りでよく見かける童女の背丈になっている。おそらく大曾根は平馬の妹だとみてとったにちがいない。


「この屋敷は一条家の別邸・・・・」


 一息ついた大曾根が人気ひとけのないがらんとした気を察して、ついひとりごちた。

 別邸ではなく、豪商の寮を譲り受けたものだと平馬は聴いている。包み隠さずそのことを告げ、当主の善哉よしかねは東国へ赴いていることを言い添えた。


「・・・・なれば、杉森どのは・・・・」

「あっ、ただ平馬へいまとお呼び捨てください」

「さようか、平馬どのは、一条家の御留守居役おるすいやくといったところでござるな」

「や!そのような大層なものでは・・・・」


 なかなかに会話が進まないのは、互いが親近を装いつつ、相手を執拗に観察していたからだ。平馬にしてもこの程度のやりとりがもはや限界というもので、これ以上の会話はできない。まして、うまく相手のまことの素性や来歴を問いただすことなど不可能である。

 ・・・・人間嫌いの平馬の負の側面ともいえた。

 けれど、一方で持ち前の観察眼で、大曾根道之介の人となりの素描というものの慨枠がいわくを感得してもいた。


 すなわち。

 ・・・・年の頃は二十三、四。産まれは江戸らしいもののおそらく育ったのは西国、四国か山陽道沿いの大名に仕えていたかも知れない。そして、この京でも暮らしたことがあると平馬はみてとった。発する相手の声の抑揚と調子、挙措きょそ、表情のかすかな変化のありようで、そのあたりのことは知ることができる。鞍馬での厳しい修行の賜物である。

 ・・・・なにより驚いたのは、長刀を躰の左側に置かず、そのまま背後の尻につばが食い込むように前方からつか全体が見えないように配慮したその作法である。

 それを平馬はいま初めて目にしている。

 しかも、相当のつかい手のようである。

 まともに立ち向かえば、相討あいうちどころか、七三ななさんの確率で、平馬は大曾根道之介の刃にたおされるにちがいない・・・・。

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