平馬の隠し技

 平馬を脇に置いて、あや伽紅耶かぐやはひそひそ、こそこそ、とはいえ、ときに哄笑しながら喋り続けている・・・・。

 の機嫌がすこぶるいいのは、三本の尻尾がそれぞれに絡み巻き合って、太い一振ひとふりの剣に変化へんげしていたことからも判る。尾が真剣と化すのは、生死を賭けて敵と闘っているときだ。いまは、剣と化す前の緊張と緩和の狭間にあるとみていい。つまりは、もまた、無条件にを迎え入れているわけではないことを意味している。それを知ってさらに平馬は躊躇ちゅうちょせざるを得ないのだった。

 なかなかに、相手のもとの何たるかを見極めるのは難しい。


 その日。

 いつものように一人で出かける仕度したくをしていると、戸口で、

「御免、御免」

と、大声を張り上げている人物が現れた。すばやく短刀を左手に納め、腰を落とした。

 突然の攻撃にも柔軟に対処できる

〈始針の構え〉

であった。

 おのれの体躯からだ一針ひとはりなぞらえ、敵をおもうがままにい繕う、その一歩手前の態勢である。

 平馬は腰を落としたまま土間を伝い、引き戸の前でぼそりと一声を発した。


「あい、どなた様でございましょうや」


 なんと平馬の口から出たのは、やや年輪を感じさせるしわがれたばあの声だった。


「・・・・ご主人様はご不在でございますのよ」


 平馬得意の声色こわいろだ。

 童女、少女、娘、人妻、婆、老婆、少年、青年、壮年、隠居など、十数通りの声色をものにしている。人間嫌いの平馬だからこそ可能であったひたむきともいえる人間観察の賜物である・・・・。

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