第52話 ラストミッション! 囚われたマスター!!

 その日はいつもと同じ、ありふれた日常になる予定だった。


 大学から帰ると、マスターがいなかった。

 何かの用事で出かけるにしても、メールなり電話なり書置きなり、何かしらの痕跡を残してくれるのに。


 まあ、そのうち帰って来るでしょうと思い、僕は夕方の仕込みを始めた。

 それから、たんぽぽちゃんが帰宅。続いて芹香ちゃんも。

 蘭々さんは朝から部屋でおやすみ中。


「パパどこ行ったんだろ? お店開ける時間にもいないって珍しいね」

「そうですねー。女子会は基本夜ですし、ご町内の集まりとかもないはずです」


 芹香ちゃんの言う通り、町内会の行事や、三姉妹の学校関連の予定などは、忘れないように、そして万が一忘れても僕が気付くようにと、カフェの冷蔵庫にメモを貼り付けるのが家族での取り決めになっている。


 一応、冷蔵庫のメモを確認しますけど、何もない……おや。

 冷蔵庫を開けたら、ヒラヒラと1枚の紙切れが舞い落ちるじゃありませんか。



 見つけてしまいました。何やらものすごい不穏なメモを。



「ちょ、ちょっと2人とも! なんか出て来たよ!」

「どしたん? そんなに慌てること? 青菜にしては珍しいじゃん」

「もしかして、わたしと青菜さんの式の日取りが決まりましたか!?」


 僕が慌てるよりも、メモを読み上げるのが一番手っ取り早い。

 そう判断したので、僕は言い間違いのないよう注意して、その不穏がぎっしり詰まったメモを朗読しました。



「このメモに気付いたという事は、ワタシはまだ戻れていないわねぇん。刃太郎から連絡が来て、今晩、街で悪さをする子たちが集合すると言う情報を掴んだのぉ。どうも、前に相手をした御月見組の下部組織が何枚か噛んでるらしくてぇ、ワタシが仕留め損なった責任もあるしぃ、ちょっと行ってきまぁす。お夕飯は先に食べておいてねぇん」



 御月見組の下部組織と言うのは、以前マスターと一緒に行った、県議会議員からの裏メニューの事だろう。

 あの時は、違法ドラッグの裏取引をマスターが叩き潰した。


 二階堂さんからの情報という事は、かなり規模の取引がまた行われるのだろうか。

 いずれにしても、マスターは危険度の高い裏メニューに単身乗り込んだようでした。


「ふーん。ところで、晩ごはんなにー?」

「青菜さん、今日は金曜日なので、体操服も洗濯ものに出しておきますね!!」



「いや、あの!? どう考えても深刻な、シリアスパートに入る流れじゃなかった!?」



 僕、すっごく暗い感じで書置きを読んだんですけど。

 その上で僕が1人で滑ったみたいな空気にするの、ヤメてもらえませんか!?


「えー。だって、パパじゃん! 絶対ふつーにボコってるよ。どっかでお酒でも飲んでるんじゃない?」

「そうですよー。青菜さん、もしかしてパパが捕まったとか思ってます?」


「うっ。そう言われると、確かに、非常に考えにくい事態を想定しているのは僕だけど。いや、でも、万が一って事も!」


「もー。青菜は心配性だなぁ! 分かったよー、ウチがパパのスマホの位置情報確認したげるからさ。青菜はご飯作っててー!」

「わたし、お姉ちゃん起こしてきますね!」


 そう言えば、家族のスマホにはたんぽぽちゃん印のスパイアプリが忍び込んでいるんでした。

 ならば、僕は夕飯の支度をしますけど。


 なんだか嫌な予感がするんですよね。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 それから30分が経ちまして、僕はハヤシライスを作り終えました。

 マスター秘伝のデミグラスソースを使っているので、自分で言うのもアレですが、絶品です。


「おー! いい匂い! ねーねー、青菜! 今日ってお店開けるん?」

「そうだね。マスターがいないから、どうしようかなぁ」


「お姉ちゃんを捕獲してきましたぁ! ドーン!」

「うー。芹香に起こされたよー。もう1日寝てたかったのにさー。ひどいよー」


「もうお店開けなくていいから、ご飯食べよー! ねーねー!!」

「うーん。まあ、マスターの安否が分かってからにしようか。じゃあ、ご飯の支度するね」


 一口に夕食と言っても、3人のお皿は全て別物。


 たんぽぽちゃんのお皿はご飯少な目、お肉多め。

 付け合わせはポテトサラダ。トマトは厳禁。


 芹香ちゃんはオムハヤシ。量も多め。育ち盛りですから。

 付け合わせのサラダはトマトをイン。きゅうりをアウト。


 蘭々さんはハヤシライスの前におっぱいが喜ぶシェイク。

 その後にハヤシライス。まめた豆腐の豆乳も忘れずに。


 僕は普通にハヤシライスとサラダ食べますよ。

 好き嫌いとかないですし。


「はい。用意できたよ。じゃあ、マスターに悪いけど、先に食べちゃおうか」


「やたー! いただきまーす!! んー、うましー!!」

「オムハヤシ!! 青菜さん、わたしの好きなものを把握してくれて嬉しいです!!」

「お姉ちゃんも嬉しいな! これはおっぱいが喜ぶこと間違いなしなメニュー!!」


「マスターのデミグラスソースのクオリティが凄いからね。何もしないで普通にレストランにも引けを取らない仕上がりなんだから、本当に凄いよ」


「青菜! おかわり!」

「たんぽぽちゃんにしては珍しいね。今用意するよ」


「青菜さん、青菜さん! わたしも!! お願いします!!」

「お姉ちゃんにはシェイクのおかわりをおくれー!!」


「はいはい。順番にするから、ちょっと待ってね」


 いくらマスターの秘伝のソースが凄くても、自分が作ったものを美味しそうに食べてもらえる幸せと言うのは、何物にも代えがたい。

 しっかり食べて、3人とも健康を維持して貰えたら、もう言う事はありません。



「ふうー! お腹いっぱい! ごちそうさまでした!」

「お粗末さま。芹香ちゃんはおかわりどうする?」


「今日はこのくらいにしておきます! 腹八分目ですよ!!」

「あたしは豆乳をもう一杯! この一杯がおっぱいを作るんだよ!!」


 蘭々さんの豆乳をコップに注いでいると、たんぽぽちゃんが言った。

 「そう言えばさー」と切り出すので、今日学校であった楽しいことの話かな? と、微笑ましい気持ちで耳を傾けた。



「パパ、なんか捕まってるっぽい!」

「そうなんだ。……いや!? そうじゃないでしょう!! 大変じゃないか!!」



「みっ!? ど、どうしたん、青菜? 急にテンション高い! ビックリすんじゃん!!」

「いや、ビックリしたのは僕だよ! そんな、物のついでに言う事じゃないでしょ!?」


「あはは! 青菜さんってば、大袈裟なんですからー!」

「男の子ってあれだよねー。教室をテロリストに占拠される妄想とか好きだもんねー。うんうんー。青菜くんも男の子だねぇー」



 僕がおかしいんですか?



 マスターが、どこかで誰かに捕まっている。

 もう、字面じづらからして緊急事態なのに!


 どうしてうちの子たちはみんな、「満腹で動くの億劫おっくうだなぁ」みたいなテンションなんですか!?

 いや、そりゃあ動くの億劫でしょうけども!!



 自分のお父さんが謎の組織に捕まって、満腹と億劫の狭間で揺れることあります!?



「もー。分かったよー。ウチがささっと場所調べてあげる」

「そんな余り物でデザート作るみたいな感覚で!?」


「じゃあ、一応わたし、着替えてきます? 戦闘服。うー。ご飯食べたあとで体のライン出る服はあんまり着たくないんですけどぉー」

「まだオシャレ度を優先する段階なの!?」


「……すやぁ」

「嘘でしょう!? 蘭々さん、この展開で寝るんですか!?」


 僕の心配をよそに、『花園』がかつてない立ち上がりの悪さで、始動しようとしています。

 大丈夫ですか、マスター。

 僕だけは、あなたの味方ですよ。



 【ミッション……】

 マスターを奪還せよ。

 出来る範囲で頑張ろう。



 ミッション表示にも活力が全然ないんですけど!?

 なんですか、これ!?


 進めても大丈夫なヤツですか!?

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