第51話 ドタバタしたけれど、結局のところ母は強し

 母さんに安心してもらいたいと思って、僕は母を下宿先に招いた訳であって。

 つまり、母さんに安心して貰えないならば呼んだ意味がない訳であって。

 チラリと覗いた店内は、とてもそんな空気ではない訳なのです。



 母さん、帰ろうか。駅前にあるスターバックスコーヒーに寄ってから。



「青菜くん、青菜くん」

「なんですか、蘭々さん!? もしかして、妙案が!? さすが蘭々さんだ!!」


 『花園』の秘密兵器。

 『花園』からして既に秘密組織なのに、そこの秘密兵器とか、もう最強ですよ。

 そんな蘭々さんが、僕にそっと耳打ちをした。



「お姉ちゃんねー。実はそろそろ限界なんだよねー」

「あああ! そんな事だろうと思いましたよ! ああああ!!!」



 そして母さんが、フラワーガーデンのドアを開けた。


 いや、待って!?

 母さん、なんでそんな自然にドア開けてるの!?


「ごめんください。植木青菜の母でございます」

「ヤメて母さん! まだ間に合うから行かないで!! お願いだから!!」


 神様、仏様、ご先祖様。

 僕は今日まで正直に生きてきました。

 なので、お願いです。


 何か魔法か奇跡か、そういうヤツで、中の大惨事をなかった事にして下さい。


 僕に差し出せるものがあるのなら、何なりとお持ちください。

 最悪、邦夫くんのドレッドヘアーがサラサラストレートになっても構いません。

 邦夫くんだって、素行の悪いロナウジーニョよりも、イブラヒモビッチみたいになった方が良いと思うんです。


 神様、仏様、どうか、どうかご慈悲を。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「うぇ!? 青菜のママ!? あ、えと、こ、こんにちはー。たんぽぽです!」

 こぼした牛乳の上にコーンフレークをかけている三姉妹の末っ子。


 どこかのおかんが、こぼした牛乳拭くんはこれが一番って言うとったんかな?

 ほんならそれはコーンフレークとちゃうなぁ……。


「ようこそ! 青菜さんのママ! フラワーガーデンへよくぞいらっしゃいました!!」

 水着姿の三姉妹の次女。


 もう、フラワーガーデンが一瞬でいかがわしくなったなぁ。

 何を提供するお店なのかは分からないけど、従業員が水着姿でたわわな体を惜しげもなく見せてくるお店は、カフェじゃないと思うんだ。


「いらっしゃいませぇぇぇー! しーんぱーいないさぁぁぁぁぁ!!!」

 そして、発声練習が功を奏したマスター。


 大西ライオンかな?

 最近ミュージカルにハマって、ママ友と見に行っているって話でしたもんね。



 全部終わりました。母さん、脈計らせてくれる?



「あらあら! まあ! 賑やかで楽しそうねぇ!」

「いや、母さん!? 違うんだよ、普段はね、もっとシックな感じの雰囲気で!」


「お母様! あたしからご説明します!!」

「蘭々さん! そうです、言ってください!!」


 三姉妹の長女は、流れる水のような動きでソファに倒れ込む。

 ご説明はどこに行かれたのですか?



「いやー。実はですねー。うちはこんな感じなんですー。……すやぁ」

「あああああ! もう、あああああああ!!!」



 母さんの背中が震えている。

 僕は母に1度も声を荒げさせたことがないと言うのが、ひとつの自慢だった。

 母との良好な関係を思春期の頃なんかは、同級生にからかわれたりもしたけれど、その度にむしろ仲の良さを自慢していた。


 これは、声を荒げられるどころか、ビンタまでありますね。


「青菜。母さんね、色々と言いたい事はあるけどさ」

「うん。はい。覚悟はできています」


「その前にねぇ、ちょっとお掃除しましょうか! 母さんでもお役に立てそうだ!」

「えっ!? 母さん!?」


 そこからの母は、僕のよく知っている母だった。


「たんぽぽちゃんだったね? バケツと雑巾持って来られるかい?」

「みっ!? あ、うん! 持って来ます!」


 雑巾で速やかに床を掃除して、たんぽぽちゃんに「お洋服は脱いで、着替えておいで」と優しく声をかける。


「青菜さんのママ! わたしも何かお手伝いしましょうか!?」

「あら、良いのよ! それよりも、年頃のお嬢さんの流行りには疎いんだけどね、まだ夏は早いから、もう少し温かい恰好をした方が良いと思うのよ」


「了解しましたぁ! わたしも何か着てきます!!」

「あらあら、まぁ! 元気な娘さんねぇ!」


 芹香ちゃんに服を着せる術を学ぶまでもなく知っていた僕の母。

 ワンツーパンチで末っ子と次女を真っ当な道へと導いてしまった。


 だけど、まだ本丸が残っている。


「あらぁん! お母様、そんなにしてもらっちゃ困りますぅ! うちの子たちが粗相そそうをしでかしちゃってぇん! んまぁぁぁぁぁー!! ごめんなさぁい!!」


 雇い主の行動をこんな風に表現したくないけど、他に適切な言葉を知らないので仕方なく言いますね。

 粗相を最後まで続けているのは、マスターなんですね……。


「まぁ、その声は! あなたがこちらのお母さんですね! 電話でお聞きした声の想像通り! 強くて頼りがいのありそうで、ステキなお母さんですこと!」


 マスターを見て、それを『お母さん』と認める僕の母。

 ひょっとすると、自分の母親はものすごい人なのかもしれないぞと思い始めていた。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ええと、母さん。とりあえず、コーヒーが入ったから。……うん。どうぞ」

「まあまあ、ごめんなさいねぇ、青菜。働かせちゃったねぇ」


 僕の事はどうでも良いんです。

 そんな事よりも、ですよ。


「青菜ママー! これ見て、これ! 一見するとただのさすまただけどね、これ、ボタン押すと先端に電気が流れるの! 青菜のために作ったんだよ!」


「青菜さんのママ! 見て下さい! この服、前に青菜さんと一緒に買ったんですよ! 可愛いよって褒めてくれたんです! 最初からこれ着れば良かったです!!」


「……すやぁ」



 僕の母が三姉妹にものすごく懐かれております!!



「んもぅ! あなたたち、青菜くんのお母様はお客さんなのよぉん!」

「ああ、いえ、お構いなく。私も急に娘ができたみたいで、嬉しいんです」


「青菜くん、素晴らしいお母様ねぇ! あなたに似て、い・い・女!」

「僕も驚いています。母親の事を知った気でいたんですけど、なかなか知らない部分もあるんですね……」


 そうだった。

 僕は、こんな大らかな人に育ててもらったから、生活が貧しくても、大学受験に失敗しても、太陽に向かって伸びる菜っ葉みたいに成長できたんだ。


 この日、お店は急遽臨時休業となり、僕とマスターが作った料理でささやかなパーティーが行われた。


 そして母は、芹香ちゃんと一緒にお風呂に入り、たんぽぽちゃんとゲームをして、蘭々さんにはブランケットをかけてあげた。

 何も取り繕う必要はなかったのだと思い知った僕なのでした。



 そして、夜になり、僕の部屋で布団を並べる母。


「青菜が大学に入ってまだ2ケ月経たないのに、なんだか随分久しぶりな感じがするねぇ。こうして隣であんたが一緒にいるのが普通だったのにねぇ」

「……そうだね。あのさ、母さんさえ良ければ、僕が大学卒業して、一人前になったら、こっちに引っ越してこない? 大丈夫、僕、頑張るからさ!」


 母は子供の頃から変わらない声で「そうだねぇ。それも楽しそうだねぇ」と答えて、しばらくすると寝息を立て始めた。


 僕の頑張る理由が、またひとつ増えた瞬間だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「それじゃあ、お世話になりました。皆さん、うちの子をよろしくお願いしますね。これでこの子、引っ込み思案なところがありますから」


「青菜ママ、また来てね! 来月でも良いよ! 来週でも良いよ!」

「そうですよ! 今度は、もっと長く滞在してください! もっとお話したいです!!」

「ぜひぜひー。うちはいつでも大歓迎ですのでー。お母様さえよろしければー」


「まあまあ、ありがとうねぇ、みんな。ふふふふ、誰が私の義理の娘になるのかしらねぇ」



 母さん、最後にぶっこんでくるのはヤメて欲しいな。



「ウチ、青菜ママの娘にならなってもいいよ!」

「当然、わたしです! ママ! いえ、お母さん! いいえ、お義母さん!!」

「あたしはですねー。やぶさかではないですー。はいー」


 こうして、嵐のような2日間は幕を閉じる。


 安心した母の顔が見られて、なんだかんだ、中仮屋家に感謝する僕なのでした。

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