第44話 たんぽぽちゃんと真っ直ぐな正義感

 バーベキュー用のグリルセットは完璧に洗い終えた。

 そもそも元の状態が良かったので、さほど手間もかからなかった。

 あとは、汚れないようにシートをかけておけば大丈夫でしょう。


 別荘の中に戻ると、蘭々さんが先ほどとまったく同じ姿勢でスヤスヤ。

 マスターも殺人事件の被害者みたいな態勢でフローリングと仲が良さそう。


 この2人は放置しておいて良いですね。


 芹香ちゃんはお風呂でシャワーを浴びているとの事だったので、近づかない。

 少しでも気配を察知されると、無理やり風呂場に引きずり込まれる。

 それは非常に面倒なので、こうなると取るべき選択肢は必然的に狭まっていく。


 僕は階段を上がって、たんぽぽちゃんの部屋へ。

 コンコンとノックすると「なにー?」と返事がする。

 つまりは、入室の許可が出たという事。


「たんぽぽちゃん、何してるのかな? 僕は手が空いて暇になっちゃってさ」

「えー? 青菜、寂しくてウチのところに来たんだ? 仕方ないなー。相手したげるから、まあ座りなよ!」


「うん。ありがとうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? 何かベトベトしたものを踏んだぁぁぁぁぁ!! なに、なにこれ!?」

「あ、あー、それ? あのね、コンビニで買ったチョコがこぼれてね、あとで掃除しようと思ってたら、なんか溶けて来てね? みっ!?」


「たんぽぽちゃん。その溶けたチョコレートの上に、何をかけたの?」

「え、あの、ハッピーターンの粉。魔法の粉だから、ベタベタとれるかなって」


 僕の予定が簡単に埋まったのは結構なことだけど、これはちょっと看過できないなぁ。



 どうしてハッピーターンの粉で解決できると思ったのかなぁ?



 僕は靴下を脱いで、雑巾とバケツを取りに下の階へ。

 再び上がって来ると、溶けたチョコレートをパーカーの袖で拭こうとしているたんぽぽちゃんと目が合った。


「何してるの。たんぽぽちゃん」

「みっ!? あの、怒られるかなって思って、掃除……」


「服の袖で拭くのは掃除じゃないっていつも言ってるでしょ!!」

「ご、ごめんってばー! 青菜が怒ったー!!」


 パーカーがギリギリ助かった事を今は喜ぼうと思う。

 それがたんぽぽちゃんを相手にする時のジャスティス。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あのー、青菜ー? ウチ、仕事に戻っていーい?」

「これ以上部屋を汚されるのは本当に困るんだけど。ヤメてもらえるかな?」


「違うよ! 仕事って、別に部屋を汚すのウチの仕事じゃないかんね!?」

「ごめん、もう一度言ってくれる? 次は僕の目を見て」


「ごめんなさぁい……」

「分かってくれたら良いんだよ」


 ただ、分かってくれたのに過ちが繰り返されるのはどういう訳だろう。

 たんぽぽちゃん、叱ったら毎回、ちゃんと反省してくれるのに。


「うおー。こっちとこっちの番号を、吸い上げて! こいつめー、何台持ってるんだ! こんにゃろー!!」


 しばらくすると、たんぽぽちゃんがパソコン抱えてエキサイト。

 これは多分、サイバー攻撃で悪人を撃退しているパターン。


「やれやれ。こっちは片付いたよ。たんぽぽちゃんは、誰かの依頼?」

「うん! 今回は内緒のミッションだけどねー! 学校の友達のおばあちゃんが、ウソ電話詐欺に引っ掛かったんだって! 可哀想じゃん!」


「つまり、その詐欺の親玉を攻撃して、お金取り返すんだ?」

「青菜も分かるようになってきたじゃん! それはもう済んだ! おばあちゃんが取られた100万円も回収して、送り返しといた!」


 という事は、残ったのは詐欺グループの殲滅なんですね。

 すごい勢いで数字の羅列が出てきては消え、また出て来る。

 何が起きているのかはサッパリ分かりません。


「今はね、詐欺グループのスマホの位置情報を、末端から頭まで、12人分警察署に転送中! 内緒のミッションだから、お巡りさんにお任せするの!」

「なるほど。別に依頼された訳じゃないのに、自発的に世直ししてるんだね。偉いなぁ。たんぽぽちゃんは偉いなぁ!」


「うわー! ヤメろー! 頭撫でるなー!! 別に偉くないし! こんなの、当然の事じゃんか! ウチはたまたまパソコン使うのが得意だから、それでミカちゃんの役に立ってるだけ! ミカちゃんはクッキー焼いてくれるんだよ! おいしいの!」


 偉い以外に形容のしようがないほど、たんぽぽちゃんは模範的な正義感を持つ女子中学生。

 おっぱいのためにスーパー潰すどこかの女子大生とは、やっている事は似ているけど、動機の部分で結構な差がある。


「たんぽぽちゃんは『花園』の中でも一番マジメだなぁ」


 何の気なしに口にした言葉だったのだけど、たんぽぽちゃんは少し真剣な顔で首を横に振る。


「お姉たちはさ、1人で何でもできるけど、ウチは体力とか普通だからさ。だから、出来る分野ではいっぱい頑張んないと、お姉たちと差がつくばっかりだもん」


 たんぽぽちゃんの健気な正義感に、僕は感銘を受けた。

 なんと気高い、崇高な精神だろう。


「たんぽぽちゃん! 僕にも何か手伝えること、ないかな!? なんでもやるよ!!」

「えっ、急にどうしたの? まあ、青菜も少しはパソコン使えるようになんないとだもんねー。んじゃね、そこのUSBメモリ取ってー!」



「ユニバーサルスタジオジャパンの思い出?」

「ごめん。青菜には早すぎた。ウチが判断を誤るとか、これは事件だよ」



 その後、ウソ電話詐欺グループを丸裸にし終えたたんぽぽちゃんによって、僕はパソコンの高等技術を学ぶことになった。


 ご存じですか?

 コントロールキーを押しっぱなしで、Vを押すと、コピーペーストとか言うヤツが出来るんですよ?



◆◇◆◇◆◇◆◇



「青菜さーん! いないと思ったら、たんぽぽのところだったんですかぁー!!」

「セリ姉、肌出しすぎ! 虫に刺されるよ?」

「青菜さんの気を惹くためなら、虫なんて近づいてきた瞬間に全て片手で握りつぶします!!」


 芹香ちゃんが、短パンにタンクトップ姿で物騒なことを言っている。


「青菜さんは女の子の健康的な露出についてどう思いますかぁ?」


 僕の中で第六感が告げている。

 不用意に踏み込んだ回答をすると、ひどい目に遭う!


「うん。良いと思うよ」


 こんな無難な答えを出せるのは、僕が普通の権化である証拠。

 そして、芹香ちゃんはそんな普通の答えにも容赦がない。


「ほらぁ! 聞きましたか、たんぽぽ! 青菜さんは肌が見えていた方がお好みなのです! 健康的な女子の露出が好きなのです! では、ドーン!!」


「セリ姉……。せめてブラくらいしなよ」

「ああ、大丈夫だよ、たんぽぽちゃん。僕、全然気にならないから」

「えー……。それはそれで、青菜もヤバい。うあー! やっぱりウチが頑張らないと、『花園』の未来が暗くなるじゃんかー!!」


 おっぱい一つで決意をより強くするたんぽぽちゃん。

 おっぱいって凄いんだなぁ。


 そして、おっぱいの話をしていたせいだろうか。

 あの人が長い眠りから覚める時が来た。


「君たちー。なにやらおっぱいがどうしたって聞こえたけどー?」


 蘭々さん覚醒。

 家を出てから、実に6時間が経過した時分の出来事でした。


「青菜さんにおっぱい乗せてたんです!」

「はい。乗せられていました」


 何かを察したたんぽぽちゃんは、慌ててパソコンのキーボードを叩き始める。

 そして、すぐに得た情報を使う、サイバー担当の本領発揮。


「ああー! ララ姉! バーベキューは海産物も良いらしいよ!? なんかね、コラーゲンとかあるし、あと色々な栄養素が、お肉のたんぱく質の吸収を助けて、おっぱい大きくなるってね、モデルの人のブログに書いてある!!」


 そして、犠牲になるのはいつも僕。


「青菜くん! バーベキューに海産物は用意されているかね!?」

「いえ。見たところお肉と野菜だけでしたけど」


「行くよ、青菜くん! 助手席に乗るんだ!」

「うわ、早い!! ちょっと振り返ったら、車に乗ってる!?」


「青菜、いってらー!」

「気を付けてくださいね!」



 蘭々さんのおっぱいのために僕が働くことは、もはや宿命なんじゃないかなって、時々そんな事を思うんです。

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