第36話 やる気に満ちたパーフェクト蘭々さん降臨

 作戦決行、当日。


「青菜、このチューブの先噛んで! ちゃんと嚙んどかないと、窒息するからね!」

「これ、頭がむちゃくちゃ重いんだよ。どうなってるの、僕?」


「ぷぷー! 青菜がおじいちゃんになってるー! ウケるー!! ぷぷぷー!!」

「前が見えない!? ちょっとたんぽぽちゃん!? これじゃ歩けない!」

「ああ、そだそだ、スイッチ入れるの忘れてた! はい、これでモニターとボイス機能が稼働し始めたよ。どう? ちゃんと見えるっしょ?」


 自分の部屋で姿見の前に立つ僕は、どこかの知らないおじいちゃんだった。


 まず、何を置いても確認したい事があった。

 これを聞かない事には、作戦どころの騒ぎではない。


「たんぽぽちゃん!? これ、ちゃんと脱着可能なヤツだよね!?」

「当たり前じゃん! ウチを舐めてるなー? 青菜のバカー! バカバカ! それより、モニターの視認性はどう?」



 アイアンマンのモニターみたいなのが眼前に広がっていますけど。



 これが正常なんだったら多分大丈夫。

 だけど、僕はアイアンマンのモニターについての造詣ぞうけいが浅いので、大丈夫なのかは分かりません。


「青菜くんの準備も出来たみたいだし、そろそろ出動するよ! 詐欺チームは、あたしと青菜くんと野中のおじさん! 芹香は現地サポート、たんぽぽは家からナビ!」



 野中のおじさんの異物感がすごい!



「段取りは話した通りで! あたしがフォローするから、野中のおじさんは気楽にね! 青菜くんは、しっかり演じて! たんぽぽがサポートするから!」


「そうかぁ、おじさん、役者デビューかぁ! 任せときな、昔は演劇部でブイブイ言わせたくちよ! 頑張ろうな、じいさま!」

「じいさまはヤメて下さいよ! 僕、まだ19ですよ!?」


「青菜くん! 今から君は、ファミーマートの会長、府網ふあみ理一郎りいちろうだよ! 御年おんとし81歳! さあ、81歳になりきって!」

「無茶言わないで下さいよ! 自信ないですよ! 蘭々さんはどんな役なんですか?」


「あたし? あたしは、社長秘書! あ、間違えた、美人社長秘書!!」


 何で自分ばっかり適役なんですか!

 ああああ、もう、すごくアレです、あああああ!!


「じゃあ、青菜のボイス、変えるねー。ほい、ぽちっ!」

「え、なに? うわ、えっ!? 僕の声、これ!? この平泉成さんみたいなの、僕!?」


「あんたたち、車くらいなら出すから、早く乗んなさい! あら、青菜おじいちゃんは足元気を付けてねぇん! うふふ!」


 おかしいな。

 前回、結婚詐欺師を騙した時には、僕の「普通が良い」って言ってくれたのに。


 蘭々さん、教えてください。


 今の僕、普通ですか?



◆◇◆◇◆◇◆◇



「いや、すみませんね、散らかっていまして! どうぞ、こちらに! ささ、どうぞ!!」


 スーパーどすこいの隣に併設されている泥川どろかわの事務所。

 実に綺麗に掃除されている。これはハウスクリーニング雇いましたね。


 蘭々さんの筋書きは大まかに言うとこんな感じ。

 県内で手広くやっているコンビニチェーンがどすこいと提携して、鮭ヶ口市を拠点にスーパーを利用する主婦層への流通を強化する。

 そして勢力拡大のあかつきには、その支配権を半分譲ると言う。



 ドラクエの魔王かな?



 そんなアホな話に食いつかないだろうと思ったりもしたけれど、今回もしっかり食いついているようで、これは蘭々さんの交渉術が既に炸裂した後のようであった。

 あと、クレーマー3兄弟のバカっぷりから、多分父親もバカなんだと思う。


「あいたっ」


 そんな事を考えていたら、足が絨毯に引っ掛かって、僕がつまずいた。

 このアイアンマンモニター、足元の視認性にイマイチ慣れないんですよ。


「か、かか、会長様ぁ! これは申し訳ございません! おい、ヒロシ! すぐにお手をお貸しせんかぁ! マサシ、お前はその辺のツボとか、どけろ、どけろ!!」

「か、会長様、どうぞ、お手を! こちらです! どうぞどうぞ!!」


 すごい大切に扱われている僕。

 普通につまずいただけなのに。


『だからさー。青菜の普通ってすごい武器なんだよ! 普通につまずくとか、なかなかできないよ! 頑張れー! セリフはウチが言うから、落ち着けー!!』


 たんぽぽちゃんから入電あり。

 そんなものなのだろうか。


「やあやあ、お邪魔するよ。ごめんねぇ、忙しいところをさ」


 野中さん、まさかのノーメイク出演。

 下手すると顔バレまであるのでは。


「社長、お時間が押しております。手短にお願いいたします」


 そして蘭々さんが最後に参上。

 今回はクールな社長秘書役。白いスーツと赤いメガネが良くお似合いで。


「今、お茶を淹れますからねぇー」

「いえ。お気遣いは結構です。社長は元より、会長は実に多忙です。分刻みでスケジュールがございますので、お気持ちだけで」


「じゃ、ヤメときます」

「や、ヤスコ! 何言ってるんだ! コーヒー淹れなさい! 失礼があっちゃいかん!!」


 さすがと言うか、やはりと言うか、蘭々さんが場にいるだけで、既になんだか空気が張り詰めるような印象を受ける。

 多分、彼女がそう仕向けているのだろうけど。


 泥川ファミリー。既に蘭々さんの手のひらの上でダンスパーティー中。


『青菜、セリフ! それで、どうなんだねって、なんか渋い感じでよろー!』

「………………」


『青菜! セリフだってば!!』


 ああ、しまった!

 もう非現実感が凄すぎて、全然集中できていない!


「それで、どうなんだね?」

「はい。会長。私が確認しましたところ、どすこいの経営状態はあまりかんばしくないようでございます。既に会長もお気付きでしたように」


 あ、僕の沈黙が、なんかじいさんのスーパー眼力で真実を見通したみたいな演出になっている!

 すごいなぁ、蘭々さんは。


「あ、いえ、そ、それに関しましてはですね。あの! 商店街が近くにあるんですが、そこの連中が嫌がらせをしてきまして! そのおかげで業績は低迷しているわけでございまして、決してわたくしどもの怠慢と言う訳では!!」


 この人、どの口が言うのだ。

 散々嫌がらせをしているのは、あなたたちでしょうに。

 いささか、いや、結構な勢いで腹が立って来た。


「なるほどねぇ。嫌がらせって嫌だよねぇ。嫌って付くくらいだもん。なはは!」

「かしこまりました。社長のおっしゃる通り、嫌がらせの実態についてすぐに確認させます。失礼、一本電話をよろしいでしょうか。ありがとうございます」


 野中さんの適当なセリフを上質なものに仕上げた蘭々さんは、スマホを取り出し、キリっとした表情で電話をかける。


『はいはーい。ララ姉、おつおつー! 今のとこ順調そうでなによりだね!』

「はい、そうですね。では、そのように。すぐにお願いします。人員は30人ほど割いて構いません。結果が分かり次第、こちらに誰か寄越すように。はい」


 蘭々さんが、スマホを置いて、相変わらずキリっとした目で泥川を見て、言う。


「嫌がらせについては、実のところ弊社も把握しておりました。本日はその調査も兼ねておりますので、今、商店街にリサーチのための人員を送りました。30分もすれば、誰が何をやっているのか、白日の下に晒されるでしょう。大変でございますね、泥川様も。嫌がらせなど、証拠さえ掴めば、もはや相手の首を絞めたも同然。我々に全てお任せください」


「あ、いや、え、はいぃ。す、すみませんねぇ、うちなんかのために、そこまで」


「いえ。営業妨害を社会から根絶するのが、会長の理念ですので。どんな小さなものでも、発見し次第潰します。骨も残さずが会長のやり方です」


 なるほど。

 やっと僕にも筋道が見えて来た。


 とりあえず、ここまでの様子は、僕の全身に付けられた、たんぽぽちゃん印のカメラでバッチリ録画中。

 ああ、いけない。僕のセリフだ。


「嫌がらせなんてする者にはね、情けなんてかけちゃダメ。赤の他人でも、あたしゃ潰しますよ。それが、企業の社会貢献だから」


『おー! 青菜、今のはなんか雰囲気あった! やるじゃん! 良いぞー!!』



 僕の名演の観客がたんぽぽちゃんしかいないのがとても残念。

 ちょっとだけ僕も楽しくなってきた。


 嫌がらせを何倍にして返すんでしょうか。


 蘭々さん、半沢直樹好きですからね。

 これは期待ですよ。

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