第34話 クレーマーってレベルじゃねぇぞ!

「豆田さん、この箱で良いんですか?」

「はいはい、それですよ。やっぱりお若いだけ合って、動きが機敏ですねぇ」


「うちの青菜くんはですね、様々なバイトを経験して来たスーパーマンなんですよ! 覚えも早いですし、こき使ってくださいね!」

「蘭々さんは卵豆腐食べてから全然働いていませんね」


「青菜くん、あたしはか弱い女子大生だよ? そんな重たい箱なんて持てないよぅ」

「……僕を相手に演技しなくても大丈夫です」


 蘭々さんの千変万化せんぺんばんかの凄まじさはもう存じてあげておりますとも。

 そんなちょっとぶりっ子入った女子大生キャラ見せられたって、僕、知ってますからね。



 あなたがガチったら、芹香ちゃんが怯えるという事実を。



 下手をすると、『花園』最強は武力でも蘭々さんの説がある。

 結構信憑性もある気がしている。


 そして時刻は9時になり、まめた豆腐の開店時間。

 既に見えていたから今さら驚くのもどうかと思いますけど、行列が凄い。

 これが大人気のお豆腐屋さんの朝ですか!


「はい、いらっしゃい! 今日は元気の良い売り子がお相手しますよ! ご注文をどうぞ! はい、はーい! お次の方は? かしこまりました!!」


 ちょっと目を離したすきに、蘭々さんが気風きっぷの良い看板娘に変身していた。

 僕、蘭々さんがカフェにいる時ですら「いらっしゃい」って言うの、聞いた記憶がないのですが。


「はい。こちらね、いつもありがとうねぇ。まあまあ、今日は本当に助かりますねぇ。私一人だと、いつもお客さんに不自由かけてますから、ホントにまぁ」

「蘭々さんはやる気になればすごい人なので。できれば、お昼になる頃にまた豆腐を食べさせてあげてください」


 豆田さんは優しく笑い「はいよぉ。嬉しいねぇ」と言って、商品を捌いていく。

 かと思えば、むちゃくちゃ重たい石を箱の上に乗せようとする。

 何と言うアグレッシブなおばあちゃん。


「豆田さん、これは僕が。重さの塩梅あんばいで豆腐のデキが変わるんですよね? 僕、言われたとおりに動きますので、指示を下さい」

「あれまぁ、お兄さん、豆腐に詳しいねぇ」

「一通り調べて来ただけで、ただのにわか知識ですよ。お恥ずかしい」


「はいよ! 寄せ豆腐ね! おじいちゃん、お目が高いねぇ!」

 蘭々さんは元気に売り子。



 そのハキハキした声には一向に慣れませんが。



 これ、多分僕が説明するのをヤメたら、蘭々さんが蘭々さんだって分かる人誰もいなくなりますよ?

 変身スキルも大概にして下さい。


 そしてお昼過ぎになり、お客さんの量も一段落。

 僕と蘭々さんに、豆田さんが豆腐料理のお昼を振舞ってくれる。


 ああ、今日はこんな感じで、ほんわかアットホームなスタイルなんですね?



 だいたい、僕がそうやって希望的観測を始めると、物語が転がるんです。

 知ってるんですよ、僕だって。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ちょっとさぁ、まめた豆腐さぁん! お宅で買った豆腐に、ところてんが入ってたんだけどさぁ! これ、どうしてくれんのかねぇ!?」



 何を言っとるんですか、あなたは。どうしてくれるはこっちのセリフ。



 目に見えて頭のおかしいことを言う人が来た。

 ここまであからさまだと、仕事もしやすい。


 年齢は40そこそこ。金色に染めた髪と、でっぷりとしたお腹。

 サンドウィッチマンの伊達さんかな?


 ちょうど豆腐料理のまかないを頂いた直後の蘭々さん。

 エネルギーは充填完了。

 僕の肩をポンと叩き、クレームの応対に入る。


 蘭々さんの指示に従って、僕はカメラを起動。


 肩を1回叩くのは、状況を隠し撮りせよの合図。

 カメラはお馴染み、たんぽぽちゃん印の発明品。

 僕の着ているシャツのボタン。


 これ、1つ1つが全部カメラです。


 そして、写った映像は全部たんぽぽちゃんの部屋にある大容量のハードディスクへと逐次送信されて行く。

 どういう理屈かとか、システムの構造などは、僕に聞いても分かりませんよ?


 言っときますけど、僕、最近Bluetoothの存在を知ったレベルの素人ですから。


「見てみろよぉ! こんなにでっけぇところてんが入っちまってる! この店は客にところてんの入った豆腐を出すってのか? ええ?」

「ちょいと確認させてください! うわぁ、これはところてんだ! ちょっと、あんたも確認させてもらいな! うちのミスかもしれないんだよ!」


 気風の良い看板娘の姉さんに呼ばれて、僕もくだんの豆腐の前に。

 「しっかり証拠を撮っとけよ」と言う指示なことくらいは分かります。


「いやぁ、すみません! お金はお返ししますので! すみません、ホント!」

「お、おう。いやに素直じゃねぇか。くははは、また来るよ!」


 そして金髪のおじさんが帰って行った。


「あんなクレーマーが来るんですか!? 毎日ですか!?」

 すると豆田さん、悲しそうに首を横に振る。


「毎日だねぇ。それにこの時間になると、だいたい立て続けに来るのよねぇ」


 豆田さんの言う事は正しかった。

 30分後、またしてもクレーマー登場。


 今度は坊主頭に無精ひげ。サングラスかけた30代後半くらいの男。

 千鳥の大悟さんかな?


「ちょっとお姉ちゃん! この豆腐、落としたら崩れたんだけど! 不良品売るとか、すごいよね? 商売人として恥ずかしくないの?」



 ちょっと何言ってるのか分からないです。



 電子レンジで猫を乾かそうとしたとか言うアメリカの訴訟の話かな?

 ちなみにあの話、デマらしいですよ。


「普通さ、落とす事も見越して作るよね。豆腐。だからプロじゃん?」


 こっちはリアルなので、軽い眩暈めまいがしてきました。

 義務教育が済んでないのかな?


「ありゃりゃ、これは見事に崩れてますね! 責任者呼びます! ちょっと、専務! 専務ー!!」

「ああ、僕だ。はいはい。失礼してっと。拝見しますねー」


 しっかり持って来られた豆腐とクレーマーを全身くまなく撮影中。

 嫌だなぁ、さっきからおっさん撮ってばっかりですよ。


 そして、同様にお金を返してお帰り頂いた。


「豆田さん、心中お察しします。これは精神的にこたえますね」

「ありがとうねぇ。そう言ってもらえるだけで、救われる思いだよ」


 さらに30分後。

 バカの一つ覚えみたいに、またしてもクレーマー参上。

 僕はもうこの惨状から目を背けたい。


「ここの豆腐、なんなの!? 柔らかくてつるつるで、口に入れたらすぐになくなっちゃうじゃない! とってもイライラする!!」



 もうそれクレームじゃなくて、褒めに来てますよね?



 発言だけは活発な、パーマをかけた肩までの髪。

 年齢は40代後半の女。いとうあさこさんかな?


「こんなにすぐなくなったのに、あんな大金取るなんて、詐欺よ、詐欺!!」


 「おいしかったです、ごちそうさま。お金返して」とのことです。

 僕だったら、もうお店畳んでいるかもしれない。

 こんな頭の悪い嫌がらせを四六時中受けるなんて、精神が摩耗して当然だ。


 僕はボタンカメラで動画を撮りながら、少々怒りに震えていた。

 蘭々さんは変身を解かず「すみませんでしたぁ!」と平謝り。


 演技だと分かっていても悔しいですね。

 これにて、本日のクレームは終了。


 僕たちは豆田さんに頭を下げて、カフェへ戻った。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「みんな、聞いて! ちょっとね、今回、お姉ちゃん本気出すから!」


 ドアを開けたら元気よく蘭々さんが宣言した。

 あとマスター、勝手に休んでごめんなさい。


「ララ姉、動画見たよー。あれはナシ。つーか、ひどっ! いくらなんでもおばあちゃん可哀想! しかも他のお店でもやってるんでしょ!?」

「わたし、ボコボコにする準備出来てますよ! お姉ちゃん!!」


 すると蘭々さんは、にやりと笑う。

 小悪魔な蘭々さんとは違う、本当の悪い顔だ。


「今回はね、社会的に制裁を与えないといけない案件だねぇ。おばあちゃんをいじめて、お姉ちゃんのおっぱいの発育の邪魔をした罪は重いよ。スーパーどすこいには、この世から消えてもらおう!」


 蘭々さんのガチのヤツが動き出す。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る