第33話 蘭々さんとおっぱいと早朝から出動

「青菜くん! 行くよ!」

「……蘭々さん? あれ、これ夢か。蘭々さんがこんな朝早くから、オシャレな服着て僕の部屋にいるとか。ないない。夢だ」


 実にリアリティのない夢。

 もう少し現実にありそうなヤツをチョイスして貰えないと、僕だって騙されませんよ。

 この前、芹香ちゃんに早朝襲撃されたから、その経験が夢に現れたのかな。


「青菜くんー? お姉ちゃんが添い寝してあげようかー?」

「んー。夢なのにうるさいなぁ。ふがっ」

「ちょっ、あああ、青菜くん!? そ、添い寝はするけど、おっぱいに顔を押し当てるのは……っ!!」



「えっ? おっぱい? どこら辺がですか?」

「ふーん。……えいっ!」



「痛い! あれ、痛い!? 夢じゃない!?」


 なんか、いい匂いはするけど、特に柔らかくはないなにかに鼻先が触れたと思ったら、思いっきり頬っぺたをつねられた。

 捻じ切られそうなほどに。


「青菜くん? 今のは高くつくよー?」

「今何時ですか? 4時!? 蘭々さん、なんでこんな時間に起きてるんですか!? えっ、もしかして地球が今日終わるんですか!?」


「君はお姉ちゃんに対して、リスペクトが足りなくなっている気がするなぁ。あたし、ミス御九郎ごくろう2年連続でグランプリの美人さんだよ?」


 確かに蘭々さんは、美人。

 そこに文句はつけようがないし、美人をどうにかしてブスにする魔法がこの世に存在していない事くらいは僕も知っています。


「だって蘭々さん、普通に2日くらい寝続けるじゃないですか! なんでこんな朝早くに、しかも僕の部屋にいるんですか!?」

「もちろん、『花園』のミッションに決まってるじゃない。お豆腐屋さんの朝は早いのだよ! こんな事を知らないとは、青菜くんもまだまだ青いなぁ!」


「すみません。僕、カフェの仕込みがあるので、蘭々さん1人で行ってもらえます? なんだか、見たところ今日は介護が必要な感じでもないですし」


 すると蘭々さん、とっても悪い顔になる。

 早いところ両手を挙げて壁につくのが最良の策だと僕の中の経験則が叫ぶ。



「芹香とたんぽぽに、青菜くんがおっぱいに顔をうずめたって言うよ?」

「5分で支度します!!」



 そんなボーナスステージ、僕は体験した記憶がないのに。

 酷いですよ、せめて芹香ちゃんみたいに実際触ったとかなら分かりますけど。


「青菜くんー? あたしの引き金は意外と軽くできているよ?」

「大変結構なおっぱいでした!!」


 日の出前の鮭ヶ口市。

 当然寝ているみんなに無言でいってきますを言って、僕と蘭々さんは店を出た。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ふぁぁぁ。蘭々さん、コーヒーでも買いましょうか?」

「おやおや、だらしないなぁ。ちゃんとコンディションを整えておかないと!」

「聞いてたら整えてましたよ! 急すぎるんですよ。困るなぁ」



「あたしは一昨日から寝だめしといたから、平気だよ!」

「だから、じゃあ一昨日の時点で教えてくださいよ!!」



 一昨日と言えば、まめた豆腐の豆田さんがお店にやって来た日。

 蘭々さんの豆腐への情熱は燃え盛る一方で、ついに作戦が動き始めた。


 あと、人間ってそんな蓄電池みたいに充電したりできないと思うんです。


「ふっふふー! ララ姉を見直したかね、お若いの?」

「蘭々さんが割とアレな事は知ってましたけど、そちら方面で理解が深まりました」

「前から思ってたけど、青菜くんはあたしにだけストレートにものを言うよね?」


「いや、だって、蘭々さんこっちが口に出しても出さなくても、考えてる事読めるじゃないですか。だったら、もう変に取り繕う方が損だなって」

「おお、言うねぇ! じゃあ、あたしの事どう思ってる?」


 悪い顔をしていらっしゃる。

 どうせ、何を言っても軽くあしらわれるのは分かっているのだから、投げる球種はストレート。コースはど真ん中と相場は決まり切っている。


「むちゃくちゃ美人で時々可愛くて、正直こんな姉がいたらドキドキして気が休まらないだろうなぁって思うくらいに毎日見てます」


 すると蘭々さん、ボフンと音を立てて、頭からは湯気が立ち上る。

 そういう演出かな?


「あ、青菜くんさ! そ、そーゆうのは、思っててもいきなり口に出すとか! ちょ、ちょっとルール違反じゃないかな!?」


 おや、思っていたのと反応が違うなぁと思った。

 そして、こうも思った。


「もしかして、蘭々さん、照れてます?」

「て、ててて、照れてないし!? あたしが照れるとか、そんなキャラに見えるのかい!?」


「そうですよね。照れて慌ててる風を装って、また僕をからかってるんですよね。でも、さすがだなぁ。演技だと分かっていても、むちゃくちゃ可愛いですよ」


 ボフンとまた音が鳴った。

 どこかでポン菓子でも作っているのかな?


「わ、分かった、青菜くん! 分かったから、お姉ちゃん、降参するから!」

「えっ!? 照れてたんですか!? 僕ごときの言葉で!?」


「もうヤメて! ごめん、あたしが悪かったから! ……そっかぁ、こーゆうとこだね、青菜くんのアレは。もう、妹たちの苦労が分かったよ、お姉ちゃんは」


 なんだかよく分からないけど、早起きは三文の徳ってヤツだろうか。

 蘭々さんの普段とは違う姿が見られて、少しラッキーな気分。


「あ、見えてきましたよ! 可愛い蘭々さん! あそこが豆田さんのお店ですよね! 可愛い蘭々さん!!」

「ひぃぃー! もうヤメてぇ! 青菜くん、名前に似合わず結構Sっ気がある!」


 そしてまめた豆腐に到着。

 僕たちは、豆田さんに朝のご挨拶。


「あらぁ、こんなに早くから来てくれて、ありがとうねぇ。まあ、入ってくださいな。今ね、こんなものしかないんだけど、良かったら」


 先に予告しておきますと、今の蘭々さんはポンコツです。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「ま、幻の卵豆腐!! 良いんですか!? これ、1日に10個しか作らないヤツですよね!? あ、あたしが食べちゃっても!?」


 蘭々さんのテンションがおかしい。

 普段の蘭々さんを知っていると、なおの事おかしさが際立つ。


「すみません。僕まで頂いてしまって」

「いえいえ、良いんですよ。若い方がわざわざ訪ねて来てくださって、しかも助けてくれると言ってくださる、それが嬉しいんですからねぇ」


 豆田さんは、そう言って釜を混ぜたり、湯葉をすくい取ったりと作業に戻る。

 見たところ、かなりの重労働。

 「お手伝いしましょうか?」と申し出るも「こればっかりはご親切でもお任せできないんです」と豆田さん。


 おっしゃる通り、この工程は素人が手を出して良いものではなさそう。

 差し出口を叩いて申し訳ありませんでした。


 僕は蘭々さんと一緒に、『花園』の活動でお助けします。


「うまぁー。すごい、これ。もう、芸術品だよ! おっぱいが喜んでる!!」

「確かに! 美味しいですね! なんだか、上品な茶碗蒸しみたいです! 卵豆腐って作り方が違うんですか?」


 すると豆田さん、無知な僕に知恵を授けてくれる。

 さすがはおばあちゃん。タダで知恵袋を開けて良いだなんて。


「卵豆腐はですねぇ、実はお豆腐じゃないんです。大豆もにがりも使わないの。ただ、うちのは豆乳を混ぜているんですけどね。お口に合ったら嬉しいですねぇ」

「それは知りませんでした。勉強になるなぁ。だから数量限定なんですね」

「ええ。年寄り1人じゃあ、どうしても手が回らなくて」


 豆田さんにお礼を言って、蘭々さんの隣に戻ると。


「ううう! ありがとう、卵豆腐! あたしのおっぱいの栄養になってくれて! ありがとう!! ありがとうね!!」


 蘭々さんが卵豆腐にこうべを垂れていた。



 時刻はそろそろ6時。

 豆田さんがお店を開ける時間らしい。


 今のところ、何もしていませんね。

 平和そのもの。


 蘭々さんがぐでたま状態ではないのに使い物にならなくなってます。

 ですので、指示が出るまでの間、僕は豆腐の運搬のお手伝いをする事にしました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る