第26話 突撃! 反社の晩ごはん! ~植木青菜の普通な作戦立案~

「あらぁん、やだぁー! ここのコインパーキング、高いわぁ! 駅前だからって足元見てぇ! んもぅ、やだわぁー!!」

「パパ! 良いこと考えましたよ! ヤクザさんに駐車場代は経費って事で貰っちゃいましょう! どうですか、この天才的なアイデア!!」


「やだぁ、芹香ってば、あんた天才! やっぱりあれねぇ、なんだかんだ言ってもワタシの子ねぇ! 遺伝子は嘘つかないわねぇ!」


 怖いです。

 何が怖いかって、アレですよ。



 この物騒な会話に慣れ始めている自分が怖い。



「青菜さん! どうですかぁ? あそこのビルで間違いないんですよね?」

「え、ああ、うん。ここから見える、はす向かいのビルが目標の御月見組傘下の事務所だね。たんぽぽちゃんの情報だから、僕が間違えていない限り大丈夫」


「じゃあ安心ですね! 青菜さんが間違えるはずなんてないですから!」

「おっしゃぁぁ! 行くわよ、あんたたち!」


 もう想像はしていたけども、やっぱりですか。

 いや、本当に、今回はまったく驚いていませんよ。


 絶対にこの2人なら、正面突破するだろうなって思っていましたから。


 しかし、たんぽぽちゃん情報を見る限り、警備は割と厳重。

 センサー式の防犯装置が入口に2か所。

 さらに扉は二重になっている用心深い設計。


 他の敵対組織からの特攻を警戒してという事情は分かりますが、ヤクザさんが防犯対策万全だと、なんだかちょっぴりイラっとする。


「ちょっと待って下さい! マスター! この事務所内に10人いるんですよ、ヤクザの構成員たちが!」

「ええー? それは物足りないわねぇ!」


「そうじゃないんですよ! マスターにとってはそうなんでしょうけど! お忘れかもしれませんが、『花園』って陰で動く組織ですよね? マスター、今、むちゃくちゃ目立とうとしてますよね!? 下手すると、明日の朝刊に載りますよ!?」


 僕の必死の説得に、マスターも一応振り上げた拳を下ろす。


「ふむ。確かに、青菜くんの言う事も一理あるわねぇ。さすが、リーダーの責任に燃えてるわね! 男の子のそういうところ、カッコいいゾ!!」

「ありがとうございます。一理じゃなくて真理ですけど、いえ何でもないです」


「でも、どうするの? あ、私が行ったら、すんなり中に入れてもらえるかも?」


 美鳥先輩を囮にする。

 確かに一考の価値はあるかもしれませんし、以前邦夫くんの闇金騒ぎの時には、その作戦が功を奏した実績もありますが。


 問題が2つ。

 まず、美鳥先輩の身に危害が及ぶ恐れあり。

 間違っても依頼人に怪我なんかさせては、『花園』の名折れでしょう。


 そしてもう1点の懸念。

 事務所内の中継動画が僕のスマホで見られるんですけど、明らかにね、あるんですよね。

 ヤクザさんのフレンズが。



 日本刀とピストルが!



 つまり、室内に押し入ったら、ほぼ確実に日本刀とピストルの、銃刀法違反欲張りパックバトルが確定する訳です。

 するとどうなるか。

 話がループして恐縮ですが。



 明日の朝刊に載りますよね!!



「青菜さーん! 早くしないと、ヤクザさんたちも寝ちゃうんじゃないでしょうか? あ、そこを狙う作戦ですかぁ!? さっすがぁ!」

「ううん? そんなデンジャラスな魂胆はこれっぽっちもなかったよ?」


 寝込みを襲う。

 いや、ダメだ。


 相手を更に警戒させる事になる。

 そうなると、すぐに出て来る刀と銃。

 ダメだ、ダメだ、朝刊パターンだ。


 たんぽぽちゃんがいてくれれば、警備システムをダウンさせてくれたのに。

 蘭々さんがいてくれたら、超絶演技でまず美鳥先輩の学生証を奪い返せたのに。


 しかし、考えていたところで時間が解決してくれるはずもなく。

 僕は、どうにか今ある戦力でなるべく穏便な作戦を考えた。

 イメージは、残り物で作るまかない料理。


 強烈な味の素材も、組み合わせ次第では美味しく食べられるのだ。


「ダメだって思ったら、率直なご意見をお願いします」

 僕はそう前置きして、作戦を話す。


「まず、僕と芹香ちゃんで事務所を正面から訪ねて行きます。その前に、車の中で美鳥先輩に電話をしてもらいます。お金を持って来たから受け取って欲しい、とかで良いでしょう。それで、2人、できれば3人くらい外に出てきてくれれば」


「わたしがやっつけるんですね!」

「やっつけるけど、手加減してね。そのタイミングで、マスターは石でも拾って、事務所のガラス割ってもらえます? 防弾ガラスみたいなんですけど」


「ううーん。大丈夫かしらぁ?」

「あっ、やっぱり無理ですか?」


 さすがのマスターも、防弾ガラスを投石でぶち抜くのは不可能だった模様。


「違うわよぉん。中の人に当たって、うっかり死体の2枚抜きとかしちゃったらどうしましょ?」

「防弾ガラス割るのに、ストラックアウト感覚で挑むつもりなんですね……」


 死体の2枚抜きとか言う物騒な言葉。

 どういう発想をしたら出て来るんだろう。


「それで、中の人たちをみんな外におびき出すんだ? すごい、青菜くん!」

「あ、それで合ってます。って言うか、美鳥先輩も、何と言うか、落ち着き過ぎじゃないですか!? カフェに来たばかりの時の慌てっぷりを忘れちゃったんですか!?」


「あはは。私、アウトレイジ大好きで。恥ずかしながら、興奮してきちゃった」



 この街に住むと、みんなおかしくなるのかな!?



「じゃ、じゃあ、作戦開始ということで」


「任せんかぁぁぁぁい!! ワタシより強いヤツ、出てこいやぁぁぁぁ!!!」

「青菜さんと2人きり! 2人きり!! えへへへ! これはもうデートも同じ!!」

「私、電話かけたら動画撮ってるね!」


 はなはだ不安な作戦がスタートした。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 美鳥先輩が怯えた声で「お、お金持って来ましたぁぁぁぁ」と電話。

 僕と芹香ちゃんは、小走りで事務所の入っているビルの前へ。


 インターフォンから声が聞こえてくる。


『おぅ、ちぃと待っちょれやぁ! 今ワシら、飯ぃうちょるけぇ!』

「あ、それは、お食事中のところすみません」

『なんじゃあ、おどれぇ!? 他にも連れがおるんかい!?』


 しまった。

 つい普通の感覚で、晩ごはん時にすみませんって挨拶しちゃった。


「わ、わたし怖くて、付き添いに来てもらったんです!」


 そこは芹香ちゃんのナイスアシストで切り抜ける。

 さすが『花園』武力担当。肝の座り方が違う。


『ほうか。彼氏について来てもろうたんか。ええのぉ、お熱いのぉ! すぐに迎えの者行かせるけぇ、手でも繋いで待っちょれぇや!』


 そしてインターフォンが切れる。

 僕の左腕はピクリとも動かない。


 恐怖のあまり?

 それは違います。


「聞きました!? 聞きましたぁ!? 青菜さん、わたしたち、恋人同士みたいですよぉ! わたしはいつでもそのつもりですけどぉ! えへへへ、改めて言われると照れちゃいますねぇ! もぉ! ギューッてしててあげます! ギューッ!!」


 テンションが高めになった芹香ちゃんに左腕がカッチリホールドされているからです。

 おっぱいに腕挟むだけで動けなくなるなんて、どういう理屈なんだろう。


 しばらく待っていると、明らかに「自分チンピラやってます」と顔に書いてある輩な風体のお兄さんが2人。いや、3人ご登場。


「ああん? お姉ちゃん、そんなガキくせぇつらぁじゃったかいのぉ?」

「ぎゃはは! おめぇ、酒飲んでたんだろ? それに、女の顔なんて覚えられねぇじゃねぇか、おめぇよー! すぐ女取り換えっからよー!」


「青菜さん? やっても良いですかぁ?」

「うん。この人たちなら、晩ごはんの邪魔してボコボコにされても、全然心は痛まないかなぁ」


 血戦けっせんの幕が上がった。

 僕はもう知りませんよ。

 自分の発言の責任はご自分で取ってください。


 どれが矢盛やもりさんなのか、聞くのを忘れましたけど。

 これが今流行りのもう遅い!!


「なぁにごちゃごちゃ言ってんけぇぺっ」

「おお!? お前、首がすげぇ方向に回ってんぞ! にゃすぽんっ」


「誰がガキくさいですかぁ! 女子高生は立派なレディですよぉ! 青菜さんだってJK大好きなんです! もぉ! 怒りました!! えい、せい、はっ、やぁぁぁ!!!」


 芹香ちゃんの格闘術のフルコースが炸裂。

 2人が瞬殺。あ、死んではいませんよ。


 逃げようとする最後の1人を捕まえて、マスターに向かって叫ぶ。


「パパ!」

「予定通りにお願いします!」


「おっしゃぁぁぁ! 任せんかぁぁぁぁい!! おんどるぅぅぅぅあ!!」


 パシャーンと言う音と共に、ガラスが粉々に。

 防弾ガラスとは。


 そして全力でこちらに走って来るマスター。

 お花のエプロンがヒラヒラとはためいていて、それだけが僕の癒しだった。

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