第24話 植木青菜の初裏メニュー ~初陣なのにメンバーがヤバい~
「とりあえず、僕の働いているカフェに来てください! お話はそこで!」
かなり混乱していると言うか、錯乱している
ここは、まず落ち着ける場所と、一杯の温かいコーヒーが必要かと思われた。
住所と店名を伝えると、「わ、分かった。行くね」と少し震えた声で美鳥先輩は答えた。
ひとまず電話を置いて、僕は三姉妹に事情を説明する。
「あーおーなーさーん? ちょっと良いですかぁ?」
「うん。何かな?」
「先輩って、名前で呼んでるんですかぁ? 随分と親し気ですねー?」
「うん。あれ? 芹香ちゃん、なんか顔が怖いなぁ?」
「もぉ! 青菜さんの浮気者!! わたし、旦那様の火遊びには寛容な精神を持ちたいと思ってますけどぉ! ちょっと、いきなりは困りますぅ! 準備が! 準備が!!」
芹香ちゃんが何を言っているのかちょっと分からないなぁ。
こういう時はたんぽぽちゃんだ。
「やだ!」
「まだ何も言ってないのに!? たんぽぽちゃんも蘭々さんと同じ能力が!?」
もしかして全員、洞察力◎のスキル持ってます!?
「ウチのは経験に基づいた予測だよ! セリ姉がめんどくさいヤツじゃん! 青菜もさ、せめてその先輩と会うの、ここにしなくても良いじゃん!」
「でも、困ってたみたいだし」
「青菜ー。そーゆうとこあるよね、青菜ってさ! これは天然ものだよ! ホントに困るヤツ! 重症になる前にどっかで治療して来て!」
「たんぽぽちゃんまでよく分からない事を言うの? 蘭々さん……は、ダメだ。ぐでってるや」
そうなると、頼りになるのは我らがパパでありママでありマスター。
何か助言をください、マスター。
「んーむっ! やだぁ、このリップ高かったのに、折れちゃったわぁん!」
「なんで目が合ったのに無視するんですか!? 酷いじゃないですか、マスター!」
するとマスターは、折れた口紅を指の力で無理やり復元させようとして、結果土台から粉々になって泣き崩れながら、こう言うのです。
「あなたも『花園』の一員になったんだからぁん、自分で引き受けた裏メニューは、自分でどうにかしなさぁい! 青菜くん、裏の初仕事ね!」
「うぇ!? し、しかし、僕には何の特技もないですし!」
するとマスター、バチンとウインク。
風圧で蘭々さんの髪が揺れる。
「別に1人でどうにかしなさいなんて言ってないわよぉん? 『花園』は4人いるんだから、協力しなさいな。ただし、リーダーは青菜くんよ? それが責任! うぉぉぉ、ワタシの春色リップがぁぁぁ!!」
マスターの言っている事は至極正しく、反論できない。
だけど、僕がこの最強の三姉妹に指示を出せって言うんですか?
「芹香ちゃん」
「ふーん! 青菜さんなんて知りません! 超々愛してるが、今は超愛してるまで低下してます! わたしはとっても嫉妬しています! ふーん!!」
なにやらご機嫌斜めな格闘担当。
「たんぽぽちゃん」
「うー。ウチ? まあ、青菜に協力してあげてもいいけどさー。セリ姉がめんどくさいんだもん。絶対ナビ聞かないよ、このパターン」
協力的だけど情熱がないサイバー担当。
「蘭々さん。……蘭々さん!?」
「あたしはねー。うっぷ。ちょっとー。うんー。ゼリー、食べ過ぎちったー」
「えええ!? 試作品、全部食べたんですか!? 相当作ってたんですけど!?」
「輝くストロングおっぱいのためにねー。うっぷ。お腹は膨れたよー」
肝心な時に役に立ちそうもないオールラウンダー。
そんな中、ドアが開いて、カランカランと音がする。
まだ準備ができていません! とは言えませんよね。
だって、美鳥先輩も何か、危急の案件に迫られている訳ですし。
「おじゃまします。あ! 青菜くん! ごめんね……、先輩、やらかしちゃったよ」
「どうしたんですか!? そんなに目を腫らして! と、とにかく座って下さい!」
僕は何をさて置き、コーヒーを淹れた。
◆◇◆◇◆◇◆◇
落ち着いた美鳥先輩の話は、纏めるとこうなる。
「さっき原付バイクで接触事故を起こしてしまい、その相手が法外な慰謝料を求めて来た、と。警察は呼ばなかったんですか? 事故を起こしたら報告義務ってあるじゃないですか」
「それが……、相手の人が警察呼んだら殺すって」
「こ、殺す!?」
何と言う穏やかではない表現。
いくらこっちに過失があろうとも、女子大生捕まえて言うセリフではない。
「それで、とりあえず学生証を渡せって3人の男の人に囲まれて。明日までに100万円用意しないと、実家と大学に取りに行くって」
「むちゃくちゃだ! いくら美鳥先輩が原付で追突したからって」
「あのね、前の車が青信号で急ブレーキかけたから、間に合わなくて」
聞き捨てならない情報が飛び出した。
「ちょっと待ってください! それ、完全に当たり屋じゃないですか!!」
「そうねぇん。悪いヤツがいるわねぇ。はい、これサービスよ。シュークリーム。甘いものでも食べて落ち着きなさぁい」
「あ、すみません。お母様。お母様、青菜くんの年を考えるとお若いですね?」
「いえ、先輩。マスターは僕の母ではなくぁはぁあん」
「おんどれぇぇ! あらぁー、んんっ。失礼。あなた! 見る目があるわねぇ!」
マスターの喜びの竜巻旋風脚に巻き込まれて、僕はテーブルで頭を打った。
僕は良い。とりあえず、病院に先輩をお連れしなくては。
マスターがお母様に見えるのは、どこか怪我している証拠じゃないですか。
しかし、見たところ、目に見える怪我は……あれ?
「美鳥先輩、メガネどうしたんですか?」
先輩は普段からメガネをかけている。
子供の頃から視力が悪いらしい。
「事故の衝撃でどこかに飛んで行っちゃって。面目ないです」
「ああ。なるほど」
先輩はメガネを失ったが、代わりにとんでもない後ろ盾を得ておられます。
手札にいきなりジョーカー入ってます。
「芹香ぁ! あんた、協力しなさぁい!」
「ええー!? わたしですかぁ!? そりゃあ、困っているみたいですし、助けてあげたいのは山々ですけどぉー。何て言うか、メンタルの部分がですねぇー」
「えっ!? 芹香ちゃん、いるんですか? 青菜くんがいつも話してる! あ、ごめんなさい、よく見えなくて。バイト先の一番ってよく話を聞いてます!」
さらに美鳥先輩、スペードのエースまで引いて来る。
何ですか、その引きは。
もしかして、運勢操作のスキルとか持ってます?
だったらそれで事故を回避したら良いのに。
「ま、
「え、うん。青菜くんが、バイト先のカフェで芹香ちゃんが一番だって。とにかくすごいって話してたのが印象に残ってて」
確かに、僕は芹香ちゃんの話をしました。
と言うか、『花園』の話はもちろんしていませんけど、カフェの話や、三姉妹の話は軽く雑談程度にしています。
そして確かに言いました。
芹香ちゃんが一番強いって!
「なんなんですかぁー! もぉ! あーおーなーさーん! 芹香が青菜さんの一番なんですかぁー! 安心して下さい、わたしも青菜さんが一番ですよぉー!!」
情報を正しく訂正すべきか考えている間に、芹香ちゃんが飛びついて来た。
胸を押し付けるのはヤメて下さい。
先輩が見てるので。
ああ、見えてないんだった!!
「青菜! バカ、バカバカ!! このままで良いんだよ! と言うか、この状態を維持しといて! そしたら、結構楽勝で片付くから!」
「えっ? でも、間違いは正さないと」
「青菜、そーゆうとこある! いーい? 世の中、間違ってた方が幸せな事もあるんだよ!」
「すごいなぁ、たんぽぽちゃん。その年で世の中の真理を知ってるなんて」
たんぽぽちゃんが「いいから見てて!」と言うので、しばらく見ていた。
「おるぅあああ!
「わたし、燃えてきましたぁ! 正義の血が! そして、愛の炎が! すぐに着替えてきます! ………………はい! 準備できましたぁ!! んー!! 頑張るぞぉー!!」
とりあえず、今回は物理オンリーで行く事は分かりました。
たんぽぽちゃんは、一言も喋らなくなった蘭々さんの介護を始める模様。
と言うか、これ、僕がリーダーする必要、ありますか?
チーム物理だから、むしろある?
その事実は知りたくなかったです。
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