第23話 美鳥先輩にお礼を言おうとしたら助けを求められた

 2限の講義が休講になった。

 こんな時、気軽に顔を出して時間が潰せるサークルに所属しているステキな僕。

 これはもう、パリピと言っても差し支えないのではないでしょうか。


「お疲れ様です! 1年、植木青菜! 入ります!」

「はーい。どうぞどうぞ」


 入室すると、曲山まがりやま先輩がコバルトブルーの水を錬成していた。

 そうとも、ここは近代錬金術の研究室と呼び声高い、その名も合法ハーブ部!


「曲山先輩。それって昨日おっしゃっていた、バタフライピーってヤツですか?」

「そうなの! よく覚えてたね! って言うか、美鳥みどりで良いよ。私も青菜くんって呼んでも良いかな?」

「もちろんです! 先輩に名前を呼んでもらえると、大学生になったって実感が湧きます!」


「ふふ、そんなにかしこまらなくても良いって。私と青菜くんしかいないんだし。そうか、君の先輩の横山くんがいたか」

「あ、邦夫くんは確かに大学では先輩ですけど、同い年です」


 僕は、改めて自己紹介。

 浪人していた事も話しておいた。

 だって、それを言わないと、僕が邦夫くんと喋る時、先輩にため口使う失礼なヤツに見えるじゃないですか。


 何事も、第一印象って大事ですもんね。


「そうなんだ。苦労してるんだね。まあ、お茶でもどうぞ。バタフライピーティーだよ」

「おお、改めて見ると、すごい鮮やかな色ですね」

「そうなんだよ! ハーブティーの中でも屈指の綺麗な色なの!」


「では、失礼して」


 熱い真っ青なお茶を啜る。なんか、豆っぽい匂いがする。

 そして、口に含んでテイスティング。

 なるほど、これは。


「美鳥先輩。何の味もしないんですが」

「だよね。味を感じない人が多いらしいよ。かく言う私も変な匂いのするお湯だと思って飲んでる」


 バタフライピーは美肌効果、眼精疲労の抑制、血液がサラサラになるなどの効能があるらしく、僕はメモ帳にしっかりと情報を書きこんだ。

 お土産にくだんのハーブをひと瓶貰ったところで、講義の時間が来たため、「失礼します」と言って退室した。


 その後受けた簿記の講義がことのほか意味不明で、「僕はなんで商学部を受験したんだろう」と思いながら、フラワーガーデンへと帰還した。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「んまぁ! 良いじゃないの、簿記! 名前だけ聞くとエッチな言葉に聞こえるかもしれないけどぉ、カフェ経営には必須な資格よぉん!」


 まさか簿記って聞いてエッチな言葉を連想するとは。

 さすがマスター。怒られるのは1人でお願いします。


「たんぽぽー! 二次関数のグラフの意味が分かりませんー! なんですかぁ、このおっぱいみたいな形ー!! これから何が導き出されるんですかぁ!?」

「セリ姉、宿題を全部ウチに聞くのヤメなよ。全然成長しないじゃん!」


「たんぽぽは頭良いんですから、ケチなこと言わないでくださいよぉー!」

「ウチは今、ゲームしてるの!! 青菜に聞きなよ!」

「はっ! その手がありましたか! たんぽぽ、恐ろしい作戦を……ごくり。では! あーおーなーさーん!! お勉強教えてくださぁーい!!」


「ごめんね、芹香ちゃん。今、ちょっと手が離せないんだ」

「ガーン! うぅ……青菜さんに振られてしまいましたぁ……。お姉ちゃーん!」


「おー。よしよしー。芹香ー。今どきの女子高生は、ガーンとか言わないよー」

「さらにガーン!! なんですかぁ、もぉ! みんなしてわたしをイジメて! それで青菜さんが興奮するって言うんですか!? それなら全然オッケーです!! ふんす!!」


 さてと、そろそろ良いだろうか。

 冷蔵庫で1時間冷やした、僕の新作スイーツをお迎えしなければ。

 上手く固まってくれていると良いのだけど。


 冷蔵庫からカップを1つ摘まんで見て、指で確認。

 思った以上に弾力があり、これなら食感は問題なさそう。

 さて、舌の肥えた試食人の皆さんにお披露目しよう。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「みなさん、今日もハーブ部で貰って来たハーブがあったので、それを使ってゼリーを作ってみました! 夕飯前ですから、小さめにしてあります。良かったら感想を聞かせてください!」


 オヤツと聞いて真っ先に動くのは、最近モグラからクマに着ぐるみパジャマを浮気したたんぽぽちゃん。


「えー! 青菜のオヤツー!? 食べる、食べる! おー! なにこれ、青い!!」

「バラフライピーって言うハーブなんだって。味がほとんどしないから、アレンジ次第なところはあるんだけど、まずはこれ単独でどうぞ」


「はむっ。んー。美味しいよ! 甘い寒天って感じ! でも、プルプルしてて嚙んでて楽しい!」

「どれどれー。お姉ちゃんにも食べさせておくれー」

「えー。自分で食べなよ、ララ姉!」


「ぐすん。たんぽぽが反抗期に入ったみたいだねー。ああ、お姉ちゃん悲しいー」

「むきー! 面倒なララ姉! もー、はい! あーん!!」


「ほおほお、ほれこれひゃわらやわらかくて良いねー」


「青菜さん、青菜さん! わたし、二次関数のグラフをやっつけましたよぉ! わたしにも下さい! できればあーんして下さい!!」

「はい。芹香ちゃんの分。あーんって言うから、そのタイミングで食べてくれるかな? いくよー。はい、あーん」


「す、すごいです! 自分で食べているのに、まるで青菜さんにあーんして貰えているようなこの感覚!! まさか青菜さん、天才……!?」


 たんぽぽちゃんと蘭々さんが顔を見合わせて、内緒話。

 内容は聞かなくてもだいたい分かる。

 フラワーガーデンに来てから3週間ほどですが、この三姉妹、付き合ってみると案外分かりやすい乙女たちなんですよね。


 いきなり『花園』とか言われたせいで、それに気付くのが遅くなってしまいました。


「ララ姉、セリ姉がちょっとずつバカになって言ってる気がするんだけど」

「たんぽぽは偉いねー。ちゃんと真実を見る目を持ってるよー」


「青菜さん、青菜さん、もう一回あーんって言って下さい!!」

「もちろん、いいよ! はい、あーん」

「きゃーっ! これはもう、恋人同士のやり取りに違いありません! 芹香、大人の階段を上ってしまいましたぁ!!」



「どうすんのさ、セリ姉ってさ、ああ見えて高二だよ? 小二じゃないよ?」

「お姉ちゃんの手には余るかなー。お若いのでどうにかしておくれー」



 さて、マスターの評価のほどは。

 これも聞く前から分かっていますが。


「んー。ちょっとだけ平凡ねー。目を惹くところは悪くないんだけど、味はお金取れるレベルではないかしらぁん」


 そう言われると思って、もうひと種類作っておきました。


「こちらならどうでしょうか? バタフライピーとヨーグルトムースの2層仕立てです」


 再び試食人が集まって来る。

 ちなみに三姉妹もマスターも、食に対する妥協も情けもない。

 不味ければ置いて行く、もっと美味いヤツに会いに行くがここのモットー。


「うまーっ! なにこれ、うまし! 青菜、やるじゃん! ヨーグルトのムースと相性抜群だよ! おかわりは!? ねー、おかわり!」


 オヤツ番長たんぽぽちゃんに合格を貰う。


「青菜くーん。ちなみにー、ハーブの効能はー?」

「えーと、美肌に眼精疲労、血液が綺麗になって、あとヨーグルトムースには豆乳も使っているので、バストアップ効果も多少は見込めるかと思います」


「青菜くん! 君の努力をあたしは認めるよ! そのゼリー、丼でちょうだい! そして、三食にデザートとして常備しておいてくれる!?」

「無茶言わんで下さい。あと、急に気合モードに入らないで下さい」


「んもぅ! これなら話は別よぉ! 超女子受けする感じのスイーツじゃなぁい! ワタシも、乙女の心がキュンキュンしちゃうわぁ! これ、メニューに加えましょうか!」

「本当ですか!」


 そこで芹香ちゃんが、僕のスマホを持って来てくれる。

 着信を知らせて1人で泣いていたらしい。

 ただ、芹香ちゃんの頬っぺたが膨らんでいる。


 ゼリーを口に入れ過ぎたのかな?


「青菜ー? 誰からー?」

「あ、美鳥先輩だ! ハーブ部の部長です! お礼言わなきゃ!」


「ふーん。青菜さんの浮気者ー!! でも今なら許します! わたしの胸に飛び込んで電話して下さぁい!!」

 芹香ちゃんの突進を華麗に躱して電話に出る。


「お待たせしました。美鳥先輩、今日貰ったハーブ好評で!」



「青菜くん! 助けてぇ! 私、大学辞めるかもしれない!」



 ——僕のせっかく見つけたサークルが!

 何がどうなったのかは分かりませんが、これだけは言っておきます。


 必ず救います。先輩と、今のところ大学で唯一な僕の居場所を。

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