第22話 合法ハーブ部に入ろう!

 サークル棟の東の端。

 『ハーブ部』の部室がそこにはあった。


 実在したんだと言う驚きと、ハーブ部と言う実に半グレな響きが頭の中で混然一体となり、最終的に僕は「うわぁい! サークルデビューだ!」と頷いた。

 思考回路がショートしていたのかと思えば、そうだったかもしれない。


 ノックをすると、中から女子の声がした。


「違います! 別にやましい事はしてません! 許してください!!」

「あの、先ほどチラシを貰った1年です。サークルの見学に来たんですけども」


 バンとドアが開いた。そして僕の顔にぶつかるドア。あいた


「きゃあ! ご、ごめんなさい! 私ってば、貴重な獲物に! 間違えた! 貴重な新入生に! 大丈夫? 怪我してない? ハーブ吸う?」

「あ、大丈夫です。これでも、最近鍛えているので」


 芹香ちゃんの護身術講座を週4で受けている僕である。

 最近は芹香ちゃんの弱キックを喰らって、気を失わずに済むようになった。

 僕の成長度合いも大したものですね。


「いや、まさかうちのサークルに新入生が来るなんて! まあ、入って入って! 新鮮なハーブティー入れるから! それともハーブ吸う!?」

「じゃあ、ハーブティーを頂きます」



◆◇◆◇◆◇◆◇



 手元には、先輩が淹れてくれたハーブティーが可愛らしいカップを満たしている。

 棚には相当な数の瓶があり、中には粉末がこれまた大量に入っていた。


「ごめんね、自己紹介まだだった。私は曲山まがりやま美鳥みどり。緑じゃなくて、美鳥なんだよね。美しい鳥って書くの。残念」

「僕は植木青菜と言います。青菜に塩の青菜です」


「へぇ! ステキ! うちのサークルも青い葉っぱ使うから! さあさあ、ハーブティー飲んで! 気持ちよくなろう!」


 「いただきます」と口を付けた瞬間、部屋のドアが勢いよく開いた。

 そこには邦夫くんの姿が。


「待てぇぇー!! 青菜、落ち着け! まだ戻れる!! お前! 頑張って入った大学でいきなり道を踏み外すんじゃねぇよ! 俺を助けてくれたお前はどうしちまったんだ!! 帰って来い! 行くな、逝くな!!」


「やあ、邦夫くん。もしかして、心配して見に来てくれたの? 嬉しいなぁ。こちら横山邦夫くんです。こんな頭だけど、良い人なんです。あ、美味しいですね、これ」


「おぉぉぉい! 美味しく頂いちまったのか!? 吐き出せ! まだ間に合う! 今すぐ消化器内科で胃を洗浄するんだ!! カムバックだよ、青菜メーン!!」


 さっきからテンションが高い邦夫くん。

 レゲエってそう言うものだろうから、別に僕は気にしないけど、曲山先輩が気を悪くしなければ良いんだけど。


「お友達の君もハーブティーはいかが? とっても美味しくて気持ちよくなれるよ!」

「そうだよ。邦夫くんもご馳走になりなよ。とっても気持ちいいよ」



「気持ちよくなってんじゃねぇよ! 俺、フラワーガーデンの皆になんつって謝りゃ良いんだ!! ……いや、分かった! もう全部分かった! 俺も付き合う! 地獄まで、一緒に付き合うぜ! 捕まる時は俺のドレッドがよく目立つだろうさ!!」



 何やら、少しばかり会話の歯車の悲鳴が聞こえる気がしますね。

 ちょっと、お互いの認識に誤解があるような気配。


「邦夫くん。このサークル、別に悪いことしてるワケじゃないよ?」

「そうだよ! うちのサークル、名前でよく誤解されるけど! ハーブ使って気持ちよくなるだけの、真っ当なサークルだよ!!」



「ハーブ使って気持ちよくなっちゃダメなんすよ、マジで!!」



「ふふふ。こっちはシナモン。今のローズマリーティーの隠し味にも入ってるの。こっちは、ナツメグ。ハンバーグからクッキーまで幅広い使い道が魅力。これはクミンで、カレーでお馴染み。珍しいのだとね、バタフライピー! 青いお茶が飲めるよ!」


「あ、青菜? どういうことなんだ? なんか、俺の思ってたのと、違う?」

「ハーブ部は、ハーブを使った料理研究をするサークルだよ。ほら、チラシにもすっごく小さい字で書いてある」


 邦夫くん、目を見開いてチラシを睨みつける。

 君の外見でそれやると、チラシがポッケから小銭出して来そうでなんだか気の毒。


「かぁー! マジかよ! すんませんっした! 俺、すっげぇ勘違いしてました! 脱法ハーブで気持ちよくなるタイプのアレかと」


 曲山先輩は「ううん。気にしないで」とにこやかな対応。

 これはローズマリーティーがキマっていますね。


「ところで、私今年で四年生なのね。それで、サークルって3人いないと認可されないの。君たちが入ってくれると助かるんだけどな! あ、兼部オッケー!!」


「入ります! これで僕も大学のサークルを謳歌おうかできる! うふふふ!」

「あー。じゃあ、俺も。毎日は来れないっすけど、変な勘違いしちまったお詫びの意味も込めて」


「やった! とってもステキ! これで私が今年留年すれば、来年もハーブ部が続くわ!」

「良かったですね。曲山先輩。でも卒業して下さい」

「……この先輩、ちょっと変わってっけど、青菜の家も大概にゃ変わってるし、まあ良いか!」


 僕のパリピ大学生への後世へと語り継がれるべき第一歩が、こうして踏み出されたのであった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「良かったじゃん! これで友達2人もできたじゃん! 青菜えらい!」

「わたしは複雑ですよぉー? だって、女の人と2人きりのサークルなんでしょ? 何か間違いが起きたらどうするんですかぁ! 青菜さんモテるタイプですし!!」


 夕飯の支度を始めると、三姉妹は自然とお店に集まって来る。

 営業時間があるため、一般家庭よりは遅めの夕飯。

 だけれど、出来る限りみんなで食べようと言うのは、マスターの提案。


「平気よぉん! だってぇ、青菜くんったらクセのある子にしかモテないタイプだもん! あんたたち、自分の胸に手を置いてみなさぁい?」


「やーい! セリ姉、クセのある認定されてやんのー!」

「それはたんぽぽの事ですぅー!! わたしは正統派の女の子ですもん!」


「君たちー。とりあえず、ホントにおっぱいに手を当てる必要があるのかねー? お姉ちゃん、ちょっとだけイラっとしたなー?」


 賑やかな家族団らんで結構、結構。

 僕はアパートで母と二人暮らしだったから、こうやって家族揃っての食事はとても楽しい。


「できたよ! ハーブを効かせたマイルドカレーライス! 辛くないから、たんぽぽちゃんも平気! さあ、どうぞ!」


「べ、別に、ウチ辛いの苦手じゃないもん! んっ!! なにこれ、おいしー!!」

「ホントですね! なんだか、カレーなのにカレーじゃないみたいです!」

「おおー。具材が柔らかくて、噛むのが楽でいいねぇー」


 マスターにも提出して、判定をしてもらう。

 僕はマスター見習いとして、料理の腕の向上も必須事項。

 やるべき事は多い。


「あらぁん! 優しい口当たりねぇ! やだ、あなた、ルー使わないで、ハーブとスパイスから調合したの!?」


「ええ。あの、今日入ったサークルが、スパイスやハーブで料理を美味しくって感じのところで。早速先輩にカレー用の調合を頼んでみました」


 味にうるさいマスターをうならせるハーブの力。

 僕はどうやら、パリピと実益を兼ねた、素晴らしいサークルに出会えたと確信。


「へぇー。青菜向きのサークルがあって良かったね! 何て言う名前?」

「あ、気になりますぅ! 今度遊びに行っても良いですかぁ?」



「多分先輩も良いって言うと思うよ。名前は、ハーブ部改め、合法ハーブ部だね!」



 しばしの沈黙ののち、僕がお説教される流れになった。

 なんでだろう。


「青菜! それはガチでヤバいヤツじゃん! たまに捕まるヤツ!!」

「あ、青菜さん、ハーブ遊びをするんですか!? ……わたしも覚えなきゃ!」

「何言ってんの、セリ姉! うわー! 『花園』で犯罪者予備軍が2人も出たー!!」


「そろそろ良いかなー。皆の衆、聞きたまえー。青菜くんが入ったサークルはねー」



 例によって、蘭々さんが全てを見通しており、彼女の説明で僕はいわれなき汚名から復権を果たした。


 希望を言うと、もうちょっとだけ早く助けて欲しかったです。

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