第21話 植木青菜、大学デビュー失敗の危機

「えー!? 青菜、まだサークル決めてないの!? もう入学してから10日でしょ!? なんで!? もしかして、お昼ご飯は学食でボッチ飯!?」


 現在、たんぽぽちゃんの創り出した異空間を浄化中。

 たんぽぽちゃんはパソコンの前にある聖域で僕の作ったホットサンドをモグモグ。


「別に、そういう訳じゃないよ。……僕、ご飯は1人で食べたい派だし」

「ぼっちはみんなそう言うんだよ! 青菜、向き合わなくちゃ、現実と!!」


 たんぽぽちゃんの言う事は正しいし、聞くべき点は大いにあると思う。

 だけど、今の僕からイニシアチブを取れると思っているなら、甘いなぁ。


「たんぽぽちゃん。これは何かな?」

「みっ!? えっと、せ、制服のスカーフかな?」

「どうして茶色くなっているのかな?」

「あ、あのね、さっきカップ焼きそばこぼしちゃって、その、咄嗟に手近にあったもので拭いたらさ、そんな感じに」


 またクリーニング代がかさむなぁ。

 まったく、この子は衛生観念がうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 埃まみれになって冷えた焼きそばが手に付いたぁぁぁぁぁぁぁ!!!


「たんぽぽちゃん。どうして君は1日で部屋を汚せるのかな?」

「ウチがクリエイティブなタイプだからー! あ、ごめんなさい」

「もう分かったよ。毎日僕が掃除するから。良いね?」


「えー!? 女子中学生の部屋を毎日管理するとか、変態じゃん! 青菜の変態!!」

「……なにか?」


「ごめんなさい。何でもないですぅ」

「じゃあ、僕は夕飯の支度するから。あとはちゃんと片づけるんだよ?」

「わ、分かってるよ。あー!! 青菜、ストップ!!」


 まったく、たんぽぽちゃんも構って欲しいなら、そうと言ってくれたら良いのに。

 年頃の女の子の気持ちはまだ分からないなぁ。


「夕ご飯作ったらゲームに付き合ってあげるから」

「違う、違う! 足元に!」


 モニョっとしたものを踏んだ僕の右足。

 恐る恐る見てみるとそこにうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!


 液状化しつつある肉まんが、足の裏にぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!



◆◇◆◇◆◇◆◇



「はぁー! 今日も青菜さんのご飯が食べられて、芹香は幸せ者ですー! お礼に肩でも揉みましょうか? それともわたしを揉みますか!?」

「うん。今はどっちも平気かな」

「クールです! 大人の男の人の香りがします! そんな青菜さんも好きー!!」


 明日こそは、明日こそは僕だって決めて見せる。

 そうとも、今は芹香ちゃんに揉まれたり、揉んだりしている場合じゃない。


 一昨日くらいから、サークルの新入生勧誘が目に見えて減ってきた。

 まずい。これは非常にまずい。


 大学と言えば、サークル活動!

 運動系が良いだろうか。爽やかな汗と爽やかな交流。

 文科系も良いかもしれない。知的に英会話なんてたしなむのも悪くないなぁ。


「青菜くーん。言いにくい事を言ってもいいかねー? 君は多分、聞きたくないって言うと思うから、言うねー? サークルの勧誘、今日で終わりだよー」



「……えっ?」

「今日でねー、終わりー」



 人ってショックを受けた時、本当に膝から崩れ落ちるんだ。

 力が入らなくなるって事も学んだ。人生は発見の連続だなぁ。


 ところで死にたい。



「あ、青菜さん!? どうしたんですかぁ!? 具合悪いんですか!? わたしのひざ枕にどうぞ! さあ、どうぞ!! さあさあ! 早く、早く!!」


 もはや、芹香ちゃんの猛プッシュ押し返す余力はなかった。

 気付けば僕は力なく、柔らかい太ももに自分の頭を乗せていた。


「別に良いじゃん! 青菜には、横山さんがいるじゃん! レゲエ部とかに入ってるんじゃないの? そこに入れてもらいなよ! ヨーヨー! 青菜、メーン!」

「邦夫くんはね……。トランペット吹いてる。ジャズサークルに入ってるの。人気の。僕の知ってる彼は、野球に青春を捧げていたのにさ」


 そして、僕はリコーダーもまともに吹けない。

 ドの音を出すのに「ぴょっ」と変な音を出して、小学生の頃よくクラスメイトに笑われていたなぁ。


「まーまー。大学って、サークルだけが全てじゃないからさー。元気出しなよー」

「そ、そうですよね? 蘭々さんもサークル入ってないですもんね!?」



「うんにゃー? 推理小説愛好会と、ボードゲーム部に入ってるよー?」

「あああ! もう、何なんですか! とってもああああああ!!!」



 そして僕は芹香ちゃんの太ももに顔を埋めて涙を流した。

 大学デビューなんて都市伝説だ。

 そもそも、大学デビューするためには、どこか別のところでデビューして、ランクを上げてからじゃないとデビューできないんだ。


 マルチ商法じゃないか!!


「げ、元気出しなよ、青菜ー。横山さんの時みたく、意外と解決するかもだしさ! あと、セリ姉の太もも独占できてるじゃん! これは男としては勝ち組!」

「うへへー。将来は青菜さんの専属枕に就職しますー! よろしくお願いします! 太もも固くならないように、トレーニングの量減らしておきますね!」


 芹香ちゃんが『花園』の根幹を揺るがす決意を固めそうになったのを止めて、お風呂に入って明日の講義の準備をしたら、おやすみなさい。


 翌朝、起きたら世界が一変していますように。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「……なんてことだ」


 大学の正門から入って、中央棟に向かうメインストリート。

 先日まで新入生を狙うトンビたちが闊歩かっぽしていたのに。



 誰もいない!!



 いるのは幸せオーラを売るほど垂れ流しているカップルと、やたらと良い音を鳴らしているトランぺッターだけ。

 そのトランぺッターがこっちに接近してくる。


 くそぅ、オシャレなリア充め!

 負けて堪るか! そのオシャレ圧に負けて堪るか!

 これは逃げるんじゃない! 戦略的撤退だ!!


「お、おい! なんで逃げんだよ! 俺だよ、邦夫!」

「えっ!? あ、本当だ。邦夫くんじゃないか」

「自分で言うのもアレだけどよ、この頭見て気付くだろ、普通!」



「ごめん。最近はまずリア充オーラりょくを先に見るから、外見の情報が入ってこない」

「すまん。俺はお前が何を言っているのかがよく分からない」



 ここで会ったが親友め。

 僕は、今抱えている問題を包み隠さず話した。

 邦夫くんは、開口一番こう言った。


「うちのサークル紹介しよっか?」

「ガッデム!!」


「どうした!? えっ!? どうした!? お前、ちょっとおかしくないか!?」

「僕にジャズサークルに入れって言うの!? ジャズとレゲエの違いも分からないこの僕に!! 邦夫くん、信じてたのに! ひどいよ、見損なったよ!」


 邦夫くんは困ったなと顔に表示させながら、頭をかく。

 それでも親身になって話を聞いてくれる邦夫くん。


「もしかしたらよ、今日も探せば、勧誘してるとこあるかもだぜ? 俺も一緒に探してやるから、元気出せよ!」

「く、邦夫くん……!!」


 君ってヤツは、本当に、全然変わっていないんだから!

 そうだよ、君は昔から僕のヒーローさ!


 そして、そんな話を大声でしていたからか、邦夫くんが目立っていたからか、神のイタズラか悪魔の罠か、原因は判然としないまま、僕に好機が訪れる。

 何に感謝したら良いのか分からないけど、ありがとうございます。


「あのー。もしかして、新入生の人ですか? まだサークル決めてないんだったら、これ読んでもらえると嬉しいです。一応部室もありますよ! で、では!」


 恐らく先輩であろう女子が僕に勧誘のチラシを差し出して駆けて行った。

 彼女からは何となく同族の気配を感じる。


「大人しくて地味めな感じだったけど、美人の先輩に声かけられるとか、やるな! で、何サークルだ!?」


 そうだ、そうだ。チラシだよ。

 チラシには『ハーブをあぶって良い気持ちになりませんか! 新入生募集!』と書かれていた。



「ヤメとけ! マジで! お前、まがいなりにも『花園』の一員だろ!? てめぇで道を踏み外してどうすんの!?」

「邦夫くん。僕には千載一遇のチャンスなんだ! きっと、合法のハーブを炙って、美味しい料理作ったりするサークルなんだよ!!」


「おい、よせ! 戻れ、青菜!!」



 邦夫くんの制止を振り切って、僕は駆けだしていた。

 サークル活動は大学生活の華!


 ならば、咲かせなければ、大輪の花を!!

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