第13話 そのオネエ、最強にして愛深く

「てめぇどこの組のもんじゃ、ぼけぇ! ここがワシら御月見おつきみぐみの取引現場っちゅうんを知って首ぃ突っ込んで来よるんじゃのぉ? おどれぇ!!」



 夜の11時。

 カフェの片付けもそこそこに、「青菜くん、ワタシとデートしましょ! あっはん」と言われて、マスターの車に乗せられてやって来た、そこは。



 アウトレイジの世界でした。



 ここは鮭ヶ口さけがぐちふ頭。

 倉庫が立ち並んでいて、夜には人気ひとけがなくなるとマスターは言っていた。



 嘘じゃないですか! その筋の人で大人気じゃないですか!!



 御月見組ってなんですか。

 桜を見る会みたいな響きですけど、絶対にお月様眺める組じゃない。

 どっちも割と後ろ暗いから平気?


 今軽口を叩いた人、唇をまつり縫いでひらけないようにしましょうか!?


「ある筋の情報でね、あんたたちが、今日の夜に悪さするって話を聞いたのよぉ! でぇ、そんな事聞かされたら、善良な一般市民としては放っておけないじゃない?」


 マスターがまったく臆することなく、その筋の人10人に囲まれている。

 僕も加勢に入った方が良いのだろうか。

 多分、何の戦力にもならないだろうけど、万が一にもお役に立てるなら。


 そんな僕の気持ちを察知したのか、マスターがこちらを見て、バチンとウインクして見せた。

 普段は「なんだか縁起が悪いなぁ」とか思うそのウインクも、今日はとっても頼もしく見える。


 これがつり橋効果……!!


「聞いた話じゃ、違法ドラッグを売りさばく計画があるんですって? しかも、未成年まで相手にするって言うじゃない。子供がいる身としちゃ、聞き捨てならないわ」

「うっせぇぞ! 頭沸いてんのか、このオカマ野郎! 消すぞてぺにゃっ」


「だぁれがオカマ野郎じゃい! こちとら、生粋きっすいのオネエじゃ! 舐めてっと怪我するのはあんたたちよ!! ほら、次は誰!? 全員でも良いわよぉ!」


 目を凝らしたらギリギリ見える速さの手刀でその筋の人を1人ハントしたマスター。

 僕でなきゃ見逃しちゃうね、とか言った方が良いですか。


「おう、おどれら、こがいなもん囲んで袋じゃ! どの道、取引の情報が洩れちょる以上、こいつを帰す訳にゃあいかんけぇ!」


 そしてその筋の人に囲まれるマスター。

 えらいこっちゃ。かごめかごめする雰囲気ではないのは分かります。


「あっらぁー! あんたたち、意外とお間抜けさんね! 360度に敵がいたら、どこに手を出しても当たるじゃないのぉ! ふんっ、せっ、はいっ! おるぅぅぅあ!!」


 その筋の人が龍が如くの雑魚キャラみたいに四方八方へ飛び散らかっていく。

 僕はとんでもないものを目撃していた。


「あがががが。お、おどれぇ、どこの組のもんじゃ!? う、うちに来んか? 悪ぃようにゃせんで! なっ? どうじゃ?」

「あんたが一番偉い人ねぇ?」

「お、おお、ほうじゃ! ワシじゃったら、組長に話をぴょっ! ま、待て、話をひゃっ! え、ちょ、まっそんっ! いや、もう許してけてぺぇー」


 マスター、華麗な手刀捌き。

 その筋の人が喋る度に頭をゴスゴス叩いていく。

 もう多分、あの人の身長10センチは縮みましたよ。


「言ったでしょぉ? ワタシは、一般市民よぉ。ただ、覚えときなさぁい? ワタシは娘たちの父ちゃんであり、母ちゃんなのよ! あの子たちに0.01%でも被害があるかもしれないと思ったらぁ! 戦うのが親でしょうがぁ!! おおん!?」


 遠くの方から、パトカーのサイレンが近づいて来る。

 マスターがこっちに向かって接近してくる。


 どっちもドキッとするのは何故だろう。


「やだぁ! ずらかるわよ、青菜くん! ワタシ、お巡りさんは趣味じゃないの!」


 とりあえず、とんでもない場所から日常に回帰できそうで心から安心。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「悪いわねぇ、車の運手までさせちゃって!」

「ああ、いえ。バイトの関係で取らされたんですけど、お役に立てて良かったです」


 しばしの沈黙。


「さっきの大立ち回りについて、聞かないのかしらぁん?」

「き、聞いて良いんですか?」

「じゃあ、ワタシ勝手に喋っちゃお! あれはね、とある県議会議員からの裏メニューでね。ワタシが担当する裏メニューだけは、お金取るのよ」


 理由はすぐに分かった。

 三姉妹の裏メニュー活動は、全て慈善事業で行われている。

 さらに、経費が発生するのだから、どこかからその分の埋め合わせを持って来なければならないのは自明の理。


「事情は何となくお察しします」

「あらぁ、物わかりのいいお・と・こ! ついでに、オネエの自分語りしても良いかしら?」

「もちろんです」


 断る理由があるはずもなく、僕は頷いた。


「あのね、ワタシの妻が亡くなったの、たんぽぽが3歳になった頃だったのね。それで、蘭々は聞き分けの良い子だったから、そうでもなかったけど、芹香とたんぽぽは、毎晩泣いてたのよ。それを聞くのが辛くてねぇ。だったら、ワタシがママの分もこなせば良いんだわって気付いちゃったの!」


「それがマスターの誕生秘話だったんですか……。ご立派です! すみません、実は今まで、趣味でやっておられるのだと思ってました」

「ええ。今は趣味よ」



「趣味なんですか!?」



「始めた動機は妻の代わりになりたかったって事よ。本題は、ここから!」


 少しだけ声のトーンを落とすマスター。

 シリアスなお話だろうか。


「シリアスってアレよね。尻とアスって、なんか、うふふふふ!」



 僕の気構えを返してください。



「まあ、冗談は置いといて。ワタシもね、そろそろ寄る年波には勝てないのよぉー。で、こんな裏稼業続けてたら、いつかポックリ逝っちゃうかもしれないワケ」

「そんな……」


 しかし、先ほどの大立ち回りを見ていると、「そんな事はないですよ!」と即答はできかねるお話であった。


「それで、ここ数年はカフェを任せることのできる人を探してたんだけどね。ワタシ、ついに出会っちゃったの!」

「まさか、僕ですか!?」


「そうよぉー! あなたの長所は色々あるけど、抜きんでているのは、陽だまりのような優しさ! 思えば、あの子たちのママ。ワタシの死んだ妻に似てるのよね。どうかしら、青菜くんさえ良ければ、カフェを貰ってくれない? ああ、もちろん、すぐに返事はしなくて良いわ! 大学に通う4年間で答えを出してくれれば良いの!」



 あまりにも責任の重いマスターの頼み事だった。



 ただ、僕が、この普通な僕が、あの輝く三姉妹にとっての陽だまりになれている。

 そんなマスターの言葉は、自覚しないうちに僕の心を打っていたようで、まったく我ながら意志の弱さにはげんなりする。


 あれだけ辞めたい、辞めたいと言っていたのに。



 今はもう、辞めたい理由がどこを探しても見つからない。



「考えておきます。あ、マスター。ウエハース切れてましたよ」

「あらぁ、それは大変! 帰りに買っていきましょ! 深夜までやってる業者知ってるのよぉ。あ、そこを左折して左折して、次を左折ね」


「一周回ってませんか!? あれ!? マスター、お酒飲んでます!?」

「ちょっと冷えるから、景気づけにウォッカ! 青菜くんはダメよぉん?」

「お店にたどり着けるかな……」



 考えると眠たい返事をしておきながら、僕の心はもう、この時には決まっていたのかもしれない。


 いや、決まっていたのだ。

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