第12話 今日こそバイトを辞めるって言うぞ僕の決心はかた——えっ、お給料こんなに貰えるんですか!?
「青菜くん、ごめんなさぁい。ちょっとワタシ、お店空けても良いかしらぁん?」
「あ、はい。大丈夫です。コーヒーの注文のみ、半額でお受けすれば良いんですよね?」
「んもぅ、物覚えが良い子ってワタシ大好き! 食べちゃいたい!!」
コーヒーはマスターが淹れたものと、僕が淹れたものでは味のクオリティに雲泥の差が出る。
マスターの一杯に比べたら、僕のはまさに泥水……とは言い過ぎだけど、色のついた苦い汁。
そんな訳で、マスターが不在の際にコーヒーを注文されたお客様には、「作り置きですが」とお断りして、エスプレッソマシンから抽出したものを本来の半分の額でお出ししています。
「いってらっしゃい! お気を付けて!」
「はぁーい! お土産買ってくるわねぇん!」
あああああ! また言い出せなかったぁぁぁぁぁ!!
今日でフラワーガーデンに来てちょうど1週間。
振り返ると、実に濃密な時間を過ごして来たものだと思う。
どうして僕は、こんな裏稼業に手を染めているのだろう。
違うんだ。僕が望んでいたのはこれじゃない。
家賃が浮いて、食費も浮いて、お給料も高くて、しかも——。
「たんぽぽー! ちょっと助けて下さぁい! スマホが壊れちゃいましたぁ!」
「えー? もう、セリ姉! いつも言ってるじゃん! アプリ同時に6個も起動させたら、セリ姉のスマホのスペックだとフリーズするってば!」
「んふふー。平和だねー。春休みって良いねぇー」
こんなに可愛い三姉妹と同居している。
僕に向けられた、世の中の男性の妬みと憎しみのオーラを感じます。
でも、違うんです。本当に待ってください。
確かに、3人ともとても可愛く、性格も良く、急に降って湧いたアルバイトの僕にも優しくしてくれる素晴らしい女の子たちです。
でも、でも!
芹香ちゃんは数多の格闘技、格闘術を極めた武闘派JK。
たんぽぽちゃんは指先ひとつでネット社会を動かす闇のJC。
蘭々さんに至っては、本気を出したら多分誰も勝てない無敵のJD。
こんな環境に、極めて普通の僕が紛れ込んでいて良いものでしょうか。
良くないですよ! 住む世界が違うんですよ!!
もう、身の危険がどうのと言う峠はとっくに越しているんです。
今はただ、彼女たちの気高い悪人成敗の邪魔になりたくない。その一心。
「青菜ー! お腹空いたー! なんか作ってー!」
「また、たんぽぽはすぐに青菜さんに頼るんですから! ダメですよ、たまには自分でお昼くらい用意して下さい!」
みゅーっと、芹香ちゃんのお腹が鳴いた。
「セリ姉だってお腹空いてんじゃん! だって、ストロングおっぱいだもん! 人よりいっぱい食べるから、栄養がおっぱいに偏るんだよ!」
「なんですかぁー! まるでわたしがおっぱいばかり大きいバカな子みたいじゃないですかぁ! そもそも、たんぽぽだってそこそこ大きいでしょう!」
「2人ともー? それ以上その話題を続けると、お姉ちゃん、本気出すよー?」
「あ、青菜! ご飯! ご飯ちょうだい! あと、ララ姉に新鮮な牛乳を!」
「そ、そうですね! お姉ちゃんには、牛乳を飲んで落ち着いてもらいましょう!」
どうでもいい情報をここで1つ。
別に、僕は今のままの蘭々さんで充分魅力的だと思うのだけども、当人からするとそういう問題ではないらしい。
「青菜くーん? 分かっているなら、早く牛乳をくれんかねー? ホットで頼むよ、お若いのー」
僕は、お店の昼の部が終わる時間を確認して、表の看板を下げる。
そして、使い切らなかった食材を使って、サッとお昼ご飯を作るのだ。
「はい。焼きそば風、豚肉とキャベツのソースパスタだよ。お口に合えば良いけど。蘭々さんには、豆乳とミルクのブレンドを。イソフラボンはアレですので」
「ひゃっほー! 青菜のご飯だーっ!! うまっ! 料理の腕は既にパパと同じレベルに達してるんじゃん? 青菜が貧乏でバイト掛け持ちしててくれて良かったー!」
「なんて事言うんですかぁ、たんぽぽ! ……でも、美味しいですー! それに、見た目もオシャレなのが凄いですよね! 青菜さんの女子力高いです!」
「青菜くんの優しさ、お姉ちゃんも受け取ったよ! あたし、今から部屋でおっぱい体操するから! 次に会う時は、新しく生まれ変わったあたしをお見せするよ!」
「ララ姉がやる気モードになってる……! はむっ。青菜、すごい……。はむっ」
「たんぽぽ! せっかくお姉ちゃんが元気になったんだから、静かにしましょう!」
「そうだよね! 同じ遺伝子なんだから、多角的に考えてみても、あたしのおっぱいはまだ成長過程にあると考えるのが妥当! じゃあみんな、アデュー!」
このように、大変困った状況になってしまった。
バイトは辞めたいのに、三姉妹たちとの交流に喜びを見出し始めている僕がいる。
そんなワガママが通るはずないのに。
◆◇◆◇◆◇◆◇
夕方、4時前にマスターが帰ってきた。
僕は夜の部の仕込みを済ませて、ちょうど手が空いたところ。
芹香ちゃんは部屋で春休みの宿題。
たんぽぽちゃんは部屋を異空間に模様替え中。
蘭々さんはおっぱい体操から戻って来ない。
「あらぁー! 仕込みまでしてくれたのぉー? ヤダぁ、青菜くんったら、本当に頼りになる、お・と・こ! これ、お土産よぉーん!」
マスターが差し出したのは、寿司折だった。
なんだか高級感が漂っている。
が、断っても最終的に無理やり食べさせられるのはこの1週間で学んだので、素直にご厚意に甘える事にする。
「いただきます」
「召し上がれ! ああ、それから、これね、お給料。1週間の試用期間が終わったから。どうぞ、納めてちょうだい」
辞めると言うなら、このタイミングしかない。
「ありがとうございます。マスター。ところでお話があるんですおおおおおお!!」
「ど、どうしたのよ? 口からアナゴがはみ出してるわよ!?」
「こ、こんなにお給料貰えるですか!? なにかの冗談ですか!?」
「ああ、そんな事! ビックリさせないでよぉーん! 言ったでしょ、基本給に加えて、成果主義でボーナスを出すって。青菜くん、色々と頑張ってくれちゃったから、少し色を付けたのよ! お母様にも仕送りできるでしょ?」
「ま、マスター……!」
僕は話した。
このまま僕が場違いな場所で甘い汁を
いいや、良くありませんよね、と。
するとマスターは言った。
「ワタシはね、1週間で、青菜くんほどうちのカフェに相応しい子はいないと思ったわよぉ! そうね、じゃあ、今晩ワタシに付き合いなさいな」
「えっ!?」
「本場の裏メニューをちょっぴりだけ見せてあげるわ! うっふん」
先に言っておくと、とんでもない場所に連れて行かれます。僕。
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