第14話 植木青菜、決心する!
「皆さん。ちょっと良いでしょうか」
カフェで朝ご飯を食べている芹香ちゃんとたんぽぽちゃん。
開店の準備をしていたマスター。
カウンター席でぐでっとしている蘭々さんも、目を開けてくれた。
「あの、なんて言うか、ですね。色々と言うべき事は考えていたんですけど、いざ言おうとすると頭の中が真っ白になってしまって」
昨日の夜、あんなに頑張ってレポート用紙に原稿書いて、何度も繰り返し読んだのに。
自分の不器用さにうんざりする。
そして、こんな普通な僕がこんな事を言って良いのか、やはり迷う。
いや、言うと決めたじゃないか。
何の個性もない僕だけど、意志くらいは強く持たなくては。
「僕を、これからもこのカフェで働かせてください! それから! それから、僕にも裏メニューのお手伝いをさせてください! 出来る事は何でもやります!! 出来ない事は、出来るようになるまで努力します!! お願いします!!」
カフェがしんっと静まり返ってしまった。
やってしまったのだろうか。
ちょっと一緒に過ごしただけで、身内面するんじゃねぇよとか言われるのだろうか。
最初に口を開いたのは、芹香ちゃんだった。
思えば、カフェに面接へとやって来た僕の相手を初めてしてくれたのも彼女。
「そんなの、オッケーに決まってるじゃないですかぁ! って言うか、青菜さんが手伝ってくれるんですかぁ!? あんまり乗り気じゃなかったですよね!?」
「うっ、バレてたの?」
「バレバレですよぉー! わたしたち、皆で、どうやったら青菜さんに辞めるのを思い留まってもらえるかって毎日相談してたんですよぉ?」
「えっ!? そうなの!?」
「嘘なんてつきませんよぉ! だって、青菜さんってちょっとママっぽいところもあるし! 見ていてもらえるだけで安心できるんです! それに、大好きですし!!」
芹香ちゃんの言葉が本当に嬉しかった。
いや、でも、しかし。
彼女だけがそう思っていて、残りの2人は話を合わせているだけかも。
そんな臆病心が顔を出し、チラリとたんぽぽちゃんを見ると、目が合った。
そして、彼女は口を尖らせて言うのである。
「う、ウチは、別に、青菜の事、大好きじゃないもん! ……けど、青菜の作るご飯は大好きだし、青菜の作るオヤツも大好きだし、あと、えっと。そう! 青菜がいると、便利だし! ……だから、あんたが良いなら、ずっとここに居たら良いじゃん!!」
「たんぽぽちゃん……」
妹たちが喋るのを見ていた蘭々さんも、ゆっくりと立ち上がる。
この人が立ち上がるなんて、よっぽどの事である。
「あたしはもちろん、歓迎するよ! 青菜くんはあたしたち姉妹にはない才能に溢れてるし。これ、お世辞じゃないよ? 君が居てくれたら、お姉さんも安心して妹たちを任せられるんだよね。それから、もちろん、あたしの事もお任せするよー」
「蘭々さんまで……」
そして力尽きたようにカウンターでぐでる三姉妹の長女。
ああ、僕のために力を使い果たしてくれたんですね。
「あんたたち、良かったわねぇ! 青菜くん、これにて正式にフラワーガーデンのマスター見習いよぉ! そして、『花園』の正式メンバーね! ワタシも頼りになる息子ができて嬉しいわぁ! どの子とくっつくのかしらぁん?」
「ゔぇ!? いや、マスター! 僕は別に、そういうつもりではなく!!」
慌てて否定する僕を、三姉妹は容赦しない。
「それはもちろん、わたしとですよねっ? だって、青菜さんの事を一番早く好きになったのは、わたしなんですからぁ! ねーっ、青菜さん! ねーっ!?」
「ウチは別に!? けど、セリ姉とララ姉に青菜取られたら、ウチも困るから! だから、仕方なくだけど、と、特別に、ウチの事、好きになっても良いよ? 青菜!」
「おやおやー。穏やかじゃないなー。青菜くんにはねー、あたしが相応しいと思うんだー。こんなに面倒見たくなるお姉さんっていないでしょー? 青菜くーん?」
なんか、話の流れが変な方向に行ってませんか!?
僕は、カフェを守りたいと思っただけで、こんな可愛い三姉妹の誰かとそんな、不届きな、身の程知らずな事なんて考えていないのに!!
とにかく、何か言って、誤解を招いたならば訂正しなければ!!
「おっしゃあああ! 今日はもう、店閉めるわよ! 開けてもないけど! ぐはは! 昼過ぎから焼肉に繰り出すから、あんたたち、今すぐ運動してお腹減らしな! 青菜くんの歓迎会と、入学祝を兼ねて、今日は大盤振る舞いよぉぉぉ!!!」
「あ、いや、マスター、待って。僕は」
「わぁ! 聞きましたか、青菜さん! パパの連れてってくれるる焼肉屋さん、すっごく美味しいんですよ! これはお腹減らさなきゃですよ!!」
「え、うん。そうなんだ」
「青菜、間抜けな顔してる場合じゃないよ! あんたが美味しいご飯作るから、ウチ結構な勢いで満腹だし! ちょっと近くの公園まで行って、本気出すから!」
「わ、分かったよ。だけど、あの」
「青菜くん。言いたい事は、お姉さんが全部理解してるから、安心して良いよ!」
「蘭々さん!」
そうだ、この人には超絶チートな洞察力があるんだった!
今日ばかりは見て下さい! 僕の心の内を全て、マルっとお見通して下さい!!
「焼き肉が食べたくて仕方がないんだね! うん、分かった! じゃあ、お姉さんと一緒に縄跳びでお腹を減らそう! さあ、行こう! 焼肉は待ってくれないよ!!」
「全然分かってもらえてない!! あ、ちょっと! 皆さん!!」
そして公園に連行された僕は、彼女たちの本気の運動に付き合わされた。
芹香ちゃんが驚異的な身体能力なのは知っていたけども、蘭々さんも本気を出すとかなり動けることを知った。
たんぽぽちゃんは公園の周りを2周走っただけで「ウチ、やりきった……!!」と満足そうにベンチで空を見上げていて、逆の意味で心配になった。
そして、マスター行きつけの焼肉屋にて、平日の昼間から豪遊。
思えば、こんなに豪華な食事を口にしたのも、こんなに大人数で楽しくご飯を食べたのも、僕にとっては初めての事だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
そして夜になり、三姉妹は全員が部屋に戻って行った。
僕は、厨房に入り、明日の仕込みをお手伝いする。
「あらぁ、今日は青菜くんも休んで良いのにぃー」
「いえ、正式に働かせてもらえることになったんですから、お仕事は全て分担させてもらいます」
「律義な男ねぇ。そーゆうとこだゾ! この天然の女たらしぃ!」
マスターはまだアルコールが抜けきっていない様子。
酔った中年ほど面倒な存在もいないので、こういう時は黙るに限る。
ただし、これだけは今日中に言っておかなければ。
「なんて言うか、ありがとうございます。僕を雇って下さって」
本心からの言葉であった。
大学に入ったら、どんなステキな事が待っているのだろうと妄想していた去年の僕だったけども、まさか入学する前から
「お礼を言うのはワタシたちよ。うちの家族になってくれて、ありがとね」
「マスター……」
「ところで、青菜くん? ニンジンってこんなに赤い汁が出るものかしら?」
「はい!? ちょ、ちょっと! むちゃくちゃ指切ってるじゃないですか!」
「あらぁ、これ、血ぃ? んーむっ。あら、ホント! 血の味がするわ!」
「どういう事ですか!? ああ、絆創膏! もう、ここは僕がやりますから!」
明後日はいよいよ大学の入学式。
これから、どんな事が待ち受けているだろうか。
例え辛い事だろうと、このカフェに居場所がある限り、どんな困難も乗り越えられる気がする僕は、やっぱり単純なんだと思った。
——第一章、完。
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