第6話 たんぽぽちゃんの部屋は大惨事

「た、たんぽぽちゃーん? お昼ができたんだけど……」


 たんぽぽちゃんの部屋をノックするものの、反応はなし。

 芹香せりかちゃんは今、お店の手伝いの真っ最中。

 蘭々ららさんはまだ寝ている。


 マスターに「たんぽぽは燃費が悪いから、ちゃんとご飯食べさせてあげてねぇん」とウインクされたので、これは何としても達成しなければ。

 その後にマスターが「芹香と仲良くなった感じで、お・ね・が・い! じゃないと青菜あおなくんを食べちゃうゾ!」とか言って舌なめずりをしていた。



 彼女にお昼を食べてもらうまで、僕は絶対に下の階にはおりない!!



「たんぽぽちゃん? 天津飯てんしんはん作って来たんだけどー? お父さんから、卵料理が好きだって聞いたから! フワフワに仕上げて来たよー?」

 すると、ドアがほんのちょっとだけ開いた。


「……別にあんたのご飯を食べたい訳じゃないけど。フワフワの卵に罪はないから。ん。……んん。……んんんんんんーっ!!!」

「たんぽぽちゃん、その隙間から丼を中に入れるのは無理だよ。たんぽぽちゃん」


「きぃぃー! 名前を連呼するなぁ! あんたみたいな男に部屋の中見られたくないんだもん! じゃあ、あんた、あっち行きなさいよ! 丼だけ置いといて!」

「そんな、引きこもりみたいな……」

「誰が引きこもりだぁ! ウチは部屋にこもるけど、アクティブな籠り方するから、引きこもりじゃないもん! バカ、バカバカー!! ——あっ」


 そして、たんぽぽちゃんと押し問答をやっていると、彼女の手がドアに触れて、そのまま結構な勢いで倒れ込んで来た。


「おっと! 危ない。丼もセーフ。大丈夫かな? たんぽぽちゃ」



 ——部屋が汚い!!!



 なんだこの惨状は。

 脱ぎ散らかした服は部屋中に散らばっており、その周りにカップ麺やスナック菓子のゴミがトッピング。

 そこに本やらCDやら、あと何なのかよく分からない機械類まで、とにかく雑多。


 地球の環境問題をこの小さい部屋で再現しようとしたのかな?


「たんぽぽちゃん」

「な、なによ!? みっ!? そ、そんな、すごんだって、こ、こここ、怖くないんだからぁ!」

「たんぽぽちゃん!」

「ひぃぃっ!? な、なによぉ!」


「部屋を掃除させて! これはもう、ちょっと看過できない! ダメだよ、ゴミは片づけないと! 体にも悪いし、心にも良くない!」

「ちょ、ちょっと! 勝手に入んないでよ! わっ!? 丼を寄越すなぁ!!」


 たんぽぽちゃんには唯一人が座れそうな空間のパソコンデスクの前に座ってもらっておいて、僕はまず、部屋の端から片づけることにした。


「ご飯、できるだけ早く食べてね。ほこりが舞うから」

「なによぉ……。青菜とか、塩かけたらワンパンっぽい名前のくせにぃ……。はむっ。パパ以外の男に初めて部屋に入られたぁ……。はむっ」



◆◇◆◇◆◇◆◇



「……ごちそうさま」

「お粗末様でした。お口に合ったようで良かったよ」

「べ、別に!? もう、良いから出てってよ!」


「それはできないよ。部屋を片付けなくちゃ。年頃の女の子がこんな不健全な事をしてちゃダメだ。こればっかりは譲れないね」


 僕は自分に個性がないと思っているけど、強いてあげるとすれば、潔癖症なところがあるかもしれないとこれまで思っていた。

 ほんのりとした予感めいた感覚だったので、自信を持てなかったけど。


 今日、ガッツリ確信に変わった。


 たんぽぽちゃんは初めて部屋に男が入ったと嘆いたけども、それは僕も同じ。

 初めて女の子のお部屋に入った。


 そしてそれが汚部屋だった。



 僕の貴重なファーストルームまでもが、汚れてしまった。



 まだ遅くはない。

 この汚れた記憶を、過去のものにするには今しかない。


「たんぽぽちゃん。いるものといらないものを聞くから、返事してくれる?」

「全部いるものなんだけど!」


「汚い部屋の子はみんなそう言うんだよ! 良いから! たんぽぽちゃんは、座って返事するだけで良いよ! ねっ!? ……ねっ!?」


「ひぃっ……。わ、分かったよぉー。なんでウチがこんな目に……」


 まずは、明らかにゴミと判断できるものから手を付けよう。

 スナック菓子の袋とカップ麺の空容器。

 これはどう甘めに見積もってもゴミ。


「おおー! 青菜さんがお掃除してます! しかも、たんぽぽのお部屋を! 何かお手伝いしましょうかぁ?」

「芹香ちゃんはお店の方で大変だろうから、平気だよ。あ、でも、ゴミ袋を持って来てくれると助かるなぁ」

「はーい! この芹香にお任せあれ! …………持ってきましたぁ!!」


 異常な速さだったけど、もうそこにツッコミを入れる事が無粋だと思われたので、笑顔で「ありがとう」とお礼を言っておきました。


 これはゴミ。こっちもゴミ。そっちもゴミ。あっちも——



 うわぁぁ! なんかの汁が手に付いたぁぁぁ!!! なんかの汁がぁぁ!!!



 僕の作業スピードが加速した。音を置き去りにしたかもしれない。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「たんぽぽちゃん、このスカート、いつからここにあるの?」

「あ、それウチのお気に入りのヤツ!」


「お気に入りは、カップ麺の汁吸って変色しないよね?」

「ひぃっ!? な、なんでいちいち怖い顔すんの!? や、ヤメてよぉ」


 僕は全然怖い顔なんかしていないのに。

 たんぽぽちゃんもおかしなことを言うなぁ。


「じゃあ、これは僕がクリーニングに出しておくよ。……たんぽぽちゃん。これ、何かな?」

「ちょ、ちょっ!! 体操服だよぉ! ヤメてよ、触んないで、変態! うわぁぁ!! に、匂いをかぐなぁ! 女子中学生の体操服の匂いかぐとか、ガチの変態じゃん!!」



「……僕がこの激臭で興奮しているように見えるなら、心外だなぁ」

「あ、あんた、なんで掃除する時だけそんな怖いの? め、目が冷たいよぉ」



 怖いのはこの汚部屋かな。

 早く浄化しないと、トラウマになりそう。


「もう一度聞くね? この体操服、いつからここに? もう、すっぱい匂いがすごいし、なんか目まで痛いんだけど。……いつから?」

「がっ、学校が休みになってから?」


 2週間くらい放置されていた計算になる。

 呼吸を止めて1秒、僕は真剣な目をしてから、速やかに体操服を廊下にぶん投げた。


 そこから僕は、とにかくがむしゃらに片づけた。

 気付けば廊下はたんぽぽちゃんの部屋から発掘された汚い化石でいっぱいになっていた。


 そして、廊下も速やかに片づける。

 仮にも飲食店の2階がこの惨状なんて、外部に漏れたらもう事案だよ。



「す、すご! なんか超キレイになってる!」

「あとは、このよく分からない機械類だけだね。これは何かな?」


「ふふん! 聞いちゃうんだ? ウチの秘密の道具の正体、聞いちゃうんだ?」



「捨てるね」



「ま、待って、待ってぇ! いるヤツ! それ大事なヤツ!! 謝るから、捨てないでぇ!! もう、青菜やぁーだー! パパより怖いじゃんかぁー!!」



 ここからたんぽぽちゃんにも芹香ちゃんみたいに隠された異能がある事を明かしていくんだけど、もうアレだよね。


 この汚部屋を創造できるのが、彼女の異能だと僕は思った。

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