第5話 『花園』の正体 と、そんな事よりバイト辞めたい

「んもぅ! 青菜あおなくんってば、初日から張り切り過ぎよぉ! このシャカリキボーイ!! はい、これで良し! 入学式までには治るから安心なさい!」


 フラワーガーデンに戻った僕は、マスターによる手当てを受けていた。


芹香せりかちゃんは怪我してないの? 大丈夫?」

「わぁ! 青菜さん、優しい!! わたしは大丈夫ですー! パパ、パパ! 聞いて! 青菜さんね、わたしをかばおうとして怪我したんですよぉ!!」


「まったくー。芹香も青菜くんが怪我してるのに喜ばないの! めっ!」

「だってぇー、嬉しかったんですもん! 青菜さん、痛いですか?」

「あ、うん。まあ、それなりに。でも、大丈夫だよ。芹香ちゃんに怪我がなくて良かった」


 キラキラと目を輝かせる芹香ちゃん。

 何か、よくないスイッチを踏んだらしい。


「もぉ! そーゆうとこ、カッコ良すぎですよぉ! わたし、気付いちゃいました! これが恋ってヤツなんですね!? うぅー! もぉ、青菜さん大好きです!!」


 ピョンピョンと飛び回る芹香ちゃんを放心しながら見ていると、マスターが小声で内緒話。

 ひげが頬っぺたに当たってものすごく心がモニョっとします。


「あらぁー。なんだか、想像以上に仲良くなっちゃったわねぇ? なぁに? もしかして、ワタシの息子になりたいのかしらぁん?」

「滅相もないです! 滅相もないです!!」

「なんで2回言うのよ!」


 大事な事だからです。

 けど、ここでバカ正直に言うと、多分今よりも悪い世界線へ分岐すると思うので、僕は沈黙を選びました。


「あの、『花園はなぞの』ってなんですか?」

「ぶるっほぉぉぉぉぉっ」



 マスターが飲んでいたビールを鼻から盛大に吹き出した。



「うわわわわ! えらいことに! ぼ、僕、拭きます!」

「こ、こちらこそ、失礼。エレガントじゃない振る舞いをしてしまったわ」


「青菜くん、それどこで聞いたの? 芹香が言った?」

「ちょっとぉー。人をバカな子みたいに言わないでくださーい! わたしじゃないもん! キー坊が言ったんですもん!」

「ああ、芹香と話してると答えに辿り着けない! キー坊って誰よぉ!?」


 僕は、ホストの一人がキー坊で、彼が今際の際に言い残したセリフに『花園』と言うキーワードがあった事を端的に告げた。


「なるほどねぇ。ゆくゆくは言おうと思ってたけど、初仕事でバレるとは、あんたもなかなか持ってる男ねぇ!」

「あの、特殊機関か何かですか、こちらのお宅は」


「あっははは! そんな大層なものじゃないわよぉ! ただ、ワタシの亡くなった妻がね、街の困っている人を助けたいって言って始めたのが、この裏メニューなの。それで、さすがにお店の名前出すのもまずいじゃない? そこで妻が思い付いたのが」


 すぐに納得。

 実に簡単な話だった。


 そして、これは想像だけど、マスターの奥さんは、1人でも多くの困っている人に届くように、この名前をチョイスしたのではないかと愚考した。


「フラワーガーデンで、『花園』ですか」

「すごい、すごーい! わたしが去年、16年かけて気付いた名前の秘密に、青菜さんはたったの1日で! わたし、頭の良い人大好きですぅー!!」

「せ、芹香ちゃん! 近いな! 顔とか体が!!」


「妻が亡くなった後も、ワタシが続けていたんだけどねぇ。困った事に、うちの子たちもやりたいって言い出して。ほら、自分がやってる手前、ダメって強く言えないじゃない? だから、今はワタシが隠居して、3人娘がやってるのよ、裏メニュー」


 だいたい聞きたかった話はマスターの口から語られた。

 そして、それは僕の想像していた範疇はんちゅうに少しの誤差で収まるレベルだった。

 その上で、僕は思った。



 このバイト、今すぐ辞めたい!!!



◆◇◆◇◆◇◆◇



 翌朝。

 中仮屋なかかりや家の朝食を用意するのは僕の仕事の1つ。


 仕事を辞めたいのに、今日もしっかり早起きして厨房に立っている。

 マジメな性分が憎い。


「うわっ。最悪ー。あんたしか居ないなんて。もうちょっと寝て来る」


 名前をまだ教えてもらっていない、末っ子ちゃんがやって来て、露骨に顔をしかめた。

 そして、彼女のお腹がもきゅーと鳴いた。


「あの、お腹空いてるなら、すぐにご飯用意できるよ?」

「す、空いてない! バカ! バカバカ!! ……でも、どうしてもって言うなら食べる」


 末っ子ちゃんは、年相応に素直。

 今日は中華がゆをメインにした、軽めの中華朝食。


「……なに? このドロドロ」

「中華がゆだよ。食べた事ないかな? 僕が前にバイトしてた料理店でよくまかないに作ってたんだ。お口に合うと良いけど」


「こんなドロドロ、美味しいワケな……な!」


 無言でモグモグとスプーンを動かす末っ子ちゃん。

 どうやらお気に召した模様。


「こっちもどうぞ。小松菜と卵とキノコのピリ辛炒め。あんまり辛くないから、平気だよ」

「こ、子ども扱いしないでくれる!? ウチはあんたのそーゆうとこが嫌い! ひゃい! か、辛い……」


 しまった、これでもまだ辛みが強かったか。

 中学生だもんね。味覚は未発達で当然。

 これは僕のミステイク。


「こ、こっちはどうかな!? 焼き春巻きなんだけど。か、辛くないよ!?」

「うぅ……。バカにしてぇ! 絶対食べてやる! ……んっ! んんーっ!!」


 今度はお気に召したご様子。

 モグラの着ぐるみパジャマの耳がぴょんぴょん動いているんだけど、これは喜ぶとそういう風に動くのかな?


「ごちそうさま」

「お粗末様です。偉いね、ちゃんとごちそうさまが言えて」

「子ども扱いすんなぁ! 作ったヤツを認めてなくても、美味しいご飯には罪ないもん! だったら、ちゃんとごちそうさまするでしょ!」


 そこが偉いと思ったところなんだけど、言い直したらまた怒られるだろうなぁ。


「ま、まあ、あんたの事、美味しいご飯製造マシーンとしてなら認めてあげ、なくもないということもないかもしれない……」

「あれ!? 結局認められてない!?」


 バイトを辞めるタイミングを探しているのにおかしな話だけど、末っ子ちゃんの名前くらいは教えてもらえる関係になりたいものだ。

 なんて事を考えていたら、その機会はすぐに訪れた。


「ふああぁー。おはようございまふー。青菜さん、早いですねー。わたし、朝はあんまり強くなくって。あ、。もう起きてたんですか」


「…………」

「…………」


「か、可愛い名前だね」

「ヤメろ! 変なフォローすんな! だから名前言いたくなかったの! なんでお姉ちゃんたちは蘭々ららとか芹香なのに、ウチだけたんぽぽ!?」


「いや、可愛いよ! たんぽぽちゃん!」

「ちゃんを付けるなぁ! 余計にアホっぽくなるから! ああ、もうヤダ! もう一生部屋から一歩も出ない!!」


 な、何か、何か励ましの言葉を見つけてあげないと。

 たんぽぽちゃんが不憫すぎる。



「ああ、ほら! お刺身によく載ってるし! 目を惹くよね!」

「青菜さん、それたんぽぽじゃないですよー?」



「うわぁぁぁぁぁん! 青菜のバカ! バカバカ!! バカー!!」



 あ、名前呼んでもらえた。


 裏メニューさえなければ、少しずつ馴染んで来たのにと思わずにはいられない僕だった。

 仲良くなるとバイト辞めますって言い出し辛くなるなぁ。

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