第4話 天真爛漫女子高生の元気ハツラツ鉄拳制裁

「すみませーん! ちょっと良いですかぁ?」


 ちょっと良いはずがなかった。

 くだんのホストともくされる方々は5人全員が図鑑に挿絵として載せてあげたくなるような形の良いヤンキー座り。

 そのうち3人は金属バットを持っており、これはもう、ホストと言う名のヤンキーと言っても差し障りないように思われた。


「はっ、お嬢ちゃん、オレらと遊びたい感じー?」

「悪ぃねー。今日はお兄さんたち、ちょっとお客を待ってるんだわ」


 芹香せりかちゃんはニコニコしている。

 多分、先週のサザエさんが面白かったから、急に思い出し笑いをしちゃったんだと思う。



 だって、そうじゃないと芹香ちゃんがアレな子になっちゃうので。



 先週のサザエさん、堀川くん出て来たもんね。

 堀川くんが出て来ると、だいたい当たり回だもんね。


「あのぉ、お兄さんたちが待ってる子、今日は来ませんよー?」

「せ、芹香ちゃん!?」


「はあ? 何言ってんの?」

「あーね。分かった、あの芋女のお友達かな? えー、なに? あの子に代わりに、あたしを好きにして! 的なー? ふぅー! アガるー!!」


 この状態で話し合いが成立するだろうか。

 いや、もしかするとイケるかもしれない。

 金八先生だって、ヤンキー相手に怯むことなく話し合っていたし。

 非暴力で独立運動を成功させたガンディーだっているし。


「えっとですね、皆さんにお金は払いません! それから、これまで小賢こざかしく奪ったお金も返してください! んーと、合計で22万4820円ですね! じゃあ、オマケで20円はサービスしちゃいます! お兄さんたち、頭が悪そうなので! 多分計算できませんよね!」



 芹香ちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!



 金八先生がストレスでハゲて、ガンディーが諦めて家に帰った。

 芹香ちゃんのそれは、話し合いではなかった。

 いや、もしかすると、この街での話し合いってああいうスタイルなのかもしれない。

 僕の故郷より都会だし。


 あ、これ僕知ってる。

 僕の中の脳細胞が、まだ希望的観測を許してくれる。

 意外にふところの深い僕の脳細胞たち。


 フリースタイルラップバトルってヤツですね!

 あの、即興で相手をディスって、罵倒しまくって勝敗を決めると言う。


 よし、まだ話し合いの範疇はんちゅうだぞ!


「あれ? どうしちゃいましたぁ? もしかして、日本語の発音忘れちゃったとかですか!? 大変じゃないですかぁ! 病院に行きます? あっ、問診票が書けませんね!」



 うん。もうダメだ。もう擁護ようごできない。



「あんさぁ、もしかして、オレら、女相手だと手ぇ出せねぇとか思われてる?」

「言っとくけど、うちのキー坊、空手やってんだよ? 通信空手十二段!」


 こうなったら、僕が出るしか……!

 体はそれなりに頑丈にできているはずだ。

 浪人時代のアルバイトで、土木作業もしたし、工場で冷凍の魚運ぶ仕事もしたし。


 コンクリートと冷凍の魚たち、僕に力と勇気を貸してくれ……!!


「や、やめましょうよ! 芹香ちゃんも落ち着いて! ここは一つ、僕の顔に免じて、ね? ちゃんと話をしましょう! 皆さんも大人なんですから! ぺぶぁっ」


 なんか急に首の角度が変わったなぁと思った直後に、頬っぺたが妙に熱くなって来て、気付けば熱が鈍痛に変わっていく。

 そこでようやく、僕は殴られたのかと理解した。


「出たー! キー坊の必殺、ハンバーパンチ! 通信空手関係ねぇじゃん! ぎゃははははは! お嬢ちゃんさ、その玉無し野郎連れて帰りなよ。あー、そうそう。今回の詫び料として、もう10万乗っけっから! シクヨロー!」


 芹香ちゃん、ホストの方々を無視して一直線に僕の方へ。


「だ、大丈夫ですか!? 青菜あおなさん、なんで出て来ちゃったんですかぁ!? 痛いでしょ? わぁー、なんか腫れちゃってる! わたしに任せてって言ったじゃないですか!!」


 路地裏にあった良い感じのゴミ箱にはまった僕は、とりあえず弁解する。


「いや、だって、芹香ちゃん、女の子だから。女の子が危ない事したら、ダメだよ」

「あ、青菜さん……!」


 ポフッと言う音がしたかと思えば、彼女の顔が真っ赤になっていた。


「や、やだ、どうしよ! 男の人にそんな事言われたの、初めてで……。む、胸がドキドキするんですけど、あれ、ヤバいなぁ。わたし、もしかして、青菜さんのこと、好きになっちゃったかも、です」


 年齢イコール彼女いない歴の僕だけども、告白のいろはくらいは知っている。

 少なくても、顔腫らしてゴミ箱でM字開脚キメてる男に告白はされない。


 黙っていた僕に向かってウインクした彼女は、

「ちょっとだけ、運動してきますねっ!」

 と、舌を出して、おどけて見せた。


「もういい加減帰りなって。あと3年したら店に来てちょーだいにゃすぺっ」

「ははは! お前、飲み過ぎてすっ転んでやんの! だっせぇ! あん?」


 ホストの人が見上げる先には、闇に紛れた芹香ちゃん。


「そーれっと!」

「がばっしゅー」


「もぉ! 失礼ですよぉ! 1回くらい耐えてくれないと、わたしが重たいみたいじゃないですかぁ! 青菜さんも見てるのにぃ! もぉ!」


 ホストの顔面に芹香ちゃんのひざがめり込んだ瞬間を目撃した。

 人の顔って、あんな風にゆがむんだ。


「こいつ、マジでやべぇ! おい、女でも構わねぇから、ボコれ! ボコれ!!」


 残った3人が一斉に金属バットを手に、芹香ちゃんとの距離を詰める。

 キー坊さん、あなたは通信空手十二段なのにバット持つんですね。


「女の子相手にバットとか、サイテーです! 青菜さん、バッグの中のヤツ、どれでもいいので適当に選んで投げて下さい!」

「え、ああ、うん!」


 僕は居心地が良くなり始めていたゴミ箱から抜け出し、ゴルフバッグの元へ。

 最初に触れた金属系の手触りのものを確認せずに芹香ちゃんに投げる。


 そして、気付く。



 今のバールだ! ちょ、芹香ちゃん、避けて! 危ないから!!



「おおー! 青菜さん、さすがです! わたしの大好きなのを当てるなんて! わたしたち、相性良いですね! せぇーのっ! てぇぇぇぇいっ!」


 凄まじい動きだった。

 芹香ちゃんがしゃがんだかと思った次の瞬間には、その長くて魅惑の脚を伸ばしてブレイクダンスのように回転する。


 すると、足払いを受けた格好になるホスト軍団。

 不意を突かれて体が宙に浮いたと思ったら、芹香ちゃんのターンは続く。

 彼らよりも早く立ち上がって、浮かんでいる体目掛けて、バールで、ワン・ツー。


 現代アートが2つ完成していた。


「わ、分かったぞ!? お前、『花園はなぞの』だろ!?」

「さぁー? どうでしょう? ところで、お金、返してもらえますか? それとも、バールの味を楽しみます?」


「か、返す! い、今、全員の財布から集めっ! ま、待って!」


 そしてきっかり3分で仕事を終えるキー坊さん。

 意外と几帳面な性格。


「青菜さん、すみません。数えてもらっても良いですかぁ? わたし、お小遣いは月に5000円なので、1万円を超えると分かんなくってぇ」


 気付いた時には、芹香ちゃんは天真爛漫てんしんらんまんな笑顔で僕を見つめていた。

 僕は何か悪い夢でも見ていたのかな?



 ならば、目の前に積み重なっているホストの成れの果ては何だろう。


 キー坊さんの差し出したお金は23万円あったのですが、お釣りはいらないと言うので、そのままになりました。


「はいっ! 確かに受け取りましたぁ!」

「ごふっ」

「じゃあ、帰りましょう! 青菜さんの怪我をパパに診てもらわなくちゃ!!」



 天使の様な笑顔だけど、僕は見逃さなかった。

 芹香ちゃんがキー坊の頭をバールでゴンッとやっていたのを。


「ミッションクリアですね!!」


 僕は、考えるのをヤメて、「そうだね!」と返事をした。

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