第3話 芹香ちゃんと深夜の裏メニュー

「わ、私の親友が、ホストにハマっちゃって……。それで、急に大金要求してきて、断ったら学校にチクるって……。それまでも親に黙ってお金貢いでて……」


 大丈夫ですか?

 僕、今ちゃんと、フラワーガーデンのエプロンしてますよね?



 その割には、話の内容が昼下がりのカフェからかけ離れているんですけど。



「んー。あなた、わたしと同い年くらいですよね?」

「……はい。多分。17です」


「あー! やっぱり同い年! えっとですね、こんな事言いたくないんですけど、女子高生の身分でホスト遊びはダメです! ご両親のお金を勝手に持ち出すのも良くないと思います! 不良少女のやることです!!」


 この辺りで、僕は考え方を変えていた。

 先ほど、なんだか物騒な言葉がチラついたけど、あれはまあデモンストレーションみたいなもので、本物はこっち。


 芹香せりかちゃんによる人生相談が裏メニューの正体なのだ。


 そうですとも、花の女子高生が復讐とか制裁とか、ミスマッチが過ぎますよ。

 言っている事も至極真っ当。


「う、うう……。ごめんなさい……。私も止めたんですけど……。それで、助けてってさっき電話があって……。でも、私じゃどうしようもなくて……」


 ここで、芹香ちゃんが「一緒にお巡りさんのところに行きましょう?」と言って、ハッピーエンド。

 なんだ、裏メニューなんて言うから身構えてしまったけど、意外とハートフルじゃないですか。


「反省してくれたなら良いんです! どんなに注意してても失敗ってしますもんね! わたしも、この間スカートが鞄でめくれてるのに気付かないで、とっても恥ずかしかったんですよぉー!」


 軽い笑い話を交えて、警察に誘導しやすくしているのかな?

 芹香ちゃん、なかなかのコミュ力の持主。


「あの……。助けてもらえますか? お金なら、私の貯金で50000円あります! た、足りませんか!?」


 うん? 警察署に行くタクシーって、そんなにお金がかかるかな?


「うちの裏メニューは、その人の大事なものを代金として頂いています。あなたの場合はですね、うーん。そうだ! そのお友達をしっかり励まして、目を覚ましてあげてください! そして、お店にコーヒーを飲みに来てもらいます! できますか?」


「は、はい! できます! あ、ありがとうございます……!!」


「ふぅー。良かったですよぉー、今日家にいたのがわたしで! これはわたしの担当なので! じゃあ、青菜あおなさん! 一緒に現場、行きましょー!」

「えっ!? えっ!? どういうことなの!?」


「話はちゃぁーんと聞かせてもらったわよぉ! そこのお嬢さん、こっちに来て! 詳細をまとめるからね! それからぁー、あ・お・な・く・ん?」


 居なくなったと思っていたマスターが突然湧いて出た。

 心の底から嫌な予感も湧き出して来た。

 蓋をしておいた井戸から貞子が「どうもー」と顔を出して来た気分。


「あの、ちょっと事情が見えないんですけども」

「んもぅ、昨日説明したじゃない! うちの仕事は全て手伝って貰うって! あなた、同意したわよぉ? 契約書だってあるんですからねぇー?」


「な、何をさせられるんですか!? 何を!?」

「簡単よぉ! 今日の仕事は芹香だから、まあ、荷物持ちと、周辺の警戒くらいかしら? 良かったわねぇー、仲良くなった芹香がパートナーで!」


「青菜さん! 一緒に頑張りましょうね! 平気ですよ、怖くないです! わたしが頑張ってエスコートしますから!」


 今朝、引っ越しの荷物を自分の部屋に運び込んだことを後悔した。

 あの中には、大学の入学書類や、通帳に印鑑、免許証も。


 ああ、逃げ場はないのですね。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「どうですか、どうですか!? この衣装! カッコ良くないですかぁ!?」


 芹香ちゃんは、全身黒のコーディネート。

 上着は固そうな素材で出来ている。

 反面、腰から下は、ホットパンツにニーソックス。

 絶対領域が眩しいです。


 ひざひじにはプロテクターが付いている。

 まるで誰かと戦うみたいに見えるけど、ははは、まさかまさか。


 とりあえず、感想を言わなくては。

「えーと、ちょっと窮屈きゅうくつそうな恰好だね」


 僕の意見を聞いて、塀の上を歩いていた芹香ちゃんが、驚異的なジャンプ力でこちらに向かってダイブして来た。

 そして避けたら危ないし、とか考えている間に、抱きつかれていた。


「わぁ! わぁー!! すごい、この衣装の欠点を一目で見抜くなんて! そうなんですよぉー。これ、カッコいいんですけど、全体的にタイトなんですよねぇー。特に胸が苦しくて! あ、あれ? なんか、太ももの辺りもキツいような!?」


「せ、芹香ちゃん! 離れないと! これは色々とまずいって!!」

「青菜さん! わたし、もしかして太りましたかぁ!?」



「昨日会ったばかりだから分かりません! でも、スタイル良くて、良いと思う!!」



 僕は日も暮れた深夜の裏路地で何の告白をしているのでしょうか。


「わぁー! ホントですか!? 男の人にそんな風に褒められたの、初めてです! えへへー。嬉しいなぁ! 嬉しいなぁ!」

「とりあえず、離れようか!?」

「あ、ごめんなさい! じゃあ、ついでにお仕事の確認をしておきましょう!」



 【ミッション!】

 金を受け取りに来るホストを相手に、2度と依頼人に近づかないように交渉せよ。

 その際、これまで支払ったお金を取り戻せたらS判定。



 ちょっと意味が分からないなぁ。

 僕の背負っているゴルフバッグの中からは、金属音が時々、嫌なタイミングで鳴って心をイジメてくる。


 もしかして、ゴルフクラブ抱えて大立ち回りをするのですか?



 僕は死ぬのですか?



「心配しなくても平気ですよぉー! わたしが青菜さんのこと、絶対、ぜぇーったい守りますからね! タイタニックに乗ったつもりでいて下さい!」



 その船に乗っていると沈んでしまいます。



「あ、見えましたよぉ! あそこでしゃがんでいるのがくだんの人たちですね。えーと、5人! 袋小路ふくろこうじになっているところをチョイスするところがいやらしいですねぇー」

「もしかして、本当にもしかしてだけど、芹香ちゃん?」


「はい? なんでしょうか!?」

「今からするのって話し合いだよね?」


 芹香ちゃんはにっこり笑う。

 そうだ、僕はこの笑顔に救われたのだった。


「もちろんですよぉー!」

「……破談した場合は?」



「ちょっとだけ暴れるかもですねー! あはは! ちょっとですよ、ちょっと!」



 邦夫くにおくん。お元気ですか。

 入学式まであと1週間となりました。

 でも、もう2度と君とは会えないかもしれません。


 もし僕が死んだら、棺桶の中には僕の宝物、イチロー選手のムック本を一緒に入れて下さい。

 さいの河原で待っています。

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