第2話 この裏メニューって何ですか?

「すみませーん! 注文いいっすかー?」

「はい! すぐに参ります!」


「店員さん、お水のおかわり下さい」

「かしこまりました! 少々お待ちください!」


 僕の新生活は、置かれた環境の異常さとは裏腹に、順調に滑り出していた。

 喫茶『フラワーガーデン』は、鮭ヶ口さけがぐち駅近くの立地もあってか、お昼の前後は非常に混みあう。


「ブレンドコーヒーとナポリタンですね。しばらくお待ちください。マスター、オーダー入りました!」

「はぁーい。んもぅ、青菜あおなくんったら、ワタシの想像以上よぉ! その年でこんなにデキる子なんて、んもぅ掘り出し物! うふふふ!」


 僕はとにかく働いた。

 多分、現実から目を背けたかったのかもしれない。


「あーおーなーさん! わたしもお手伝いしますよー! 作るのは全然ダメですけど、お料理運ぶのは得意なんです!」

「あ、はい、すみません。助かります」

「もー! なんかまだ壁がある感じがします! お部屋も隣なんだし、もっと気さくに接して下さいよぉー!」


 背けたい現実が、目の前でスカートのすそひるがえして笑っている。


 僕の部屋は屋根裏部屋ではなかった。

 普通に芹香せりかさんの隣だった。

 正面には蘭々ららさんの部屋もある。


 この時代にそれはいささか、いや、かなりまずいのではないでしょうか。


 僕に何か間違いを犯せる甲斐性があるとは思えないし、その点は自分でも誇るべきだと思うけど、いきなり知らない女子に囲まれて知らない土地で新生活。

 うらやましい?



 変わってあげますよ!



 この、目には見えない重圧と、全身にのしかかって来る得体のしれないストレス。

 人間は順応を重ねて進化して生きたと偉い学者先生が言っていました。


 確かに順応しなければ生き残れない。

 それはつまり、生き残れなかったかなりの数も存在すると言う証明。


 そして僕は多分、そっちのダメな方。


「青菜さん? どうかしました? 疲れちゃいましたか? パパ! やっぱり引っ越してきて翌日から働くのは無理があったんですよぉー!」

「あらぁー。そう? イケるかイケないかの二択だったら、イケると思ったんだけど。じゃあ、青菜くん、芹香と一緒にお昼でもお食べなさぁい」


「えっ!? でも、まだお客様が!」


 ピークは過ぎたけど、2組ほどお客様が店内にいらっしゃる。

 アルバイトとは言え、そして初日とは言え、お給料を頂く以上はその額に見合った、できればその額以上の働きをしたいと思うのが僕のモットー。


「ふっふっふー! 平気ですよ、青菜さん! パパ、ああ見えて本気出すと凄いですから。それよりも、まだうちのメニュー食べてないじゃないですか! 自分の働くお店のご飯を食べるのも、お仕事の一環だと思いませんか?」


「ははっ。それはすごい屁理屈だね」

「良かったー! 青菜さん、やっと笑ってくれました! さあさあ、メニューをどうぞ! どれも美味しいですよ!」


 この時の芹香さんの笑顔には救われた思いだった。

 戸惑う事ばかりしかしていない脳内は、癒しが圧倒的に枯渇こかつしていた。

 そこに降り注ぐ、可愛い、すごく可愛い女子高生の屈託ない笑顔。


 さすがに僕だって男なので、ドキッとしたりするのだ。


 状況を受け入れるのには時間がかかりそうだけど、目の前で笑みを見せてくれる女子に対して失礼な事をするのは別問題だと、僕は自分に言い聞かせた。


「芹香さんのおススメはなんですか?」

「わたしは絶対にオムライスです! これは鉄板です! ……あと、芹香さんはヤメて下さいよー! わたし年下ですよ? 敬語もやっぱり壁を感じて嫌です!」


 そうは言われても、昨日会ったばかりの女の子を呼び捨てにしろと言うのは、ちょっと僕には高すぎるハードル。

 そんな時は、無理をせずに高さを下げてもらうのが得策。


「じゃあ、芹香ちゃんでどうでしょう? あ、どうかな?」

「んふふー。ちょっと距離が近くなったみたいで嬉しいです!」

「芹香ちゃんこそ、僕に敬語使うのはヤメてよ。居候いそうろうなんだし」

「それは無理な注文です! わたしは敬語で喋る方が落ち着くので!」


 なんという理不尽。

 女子高生って言うのは理不尽で出来ていると、邦夫くにおくんもラインで言っていた。


「はぁーい。オムライス、お待ちー! 芹香のはオムそばね! あと30分で閉めるから、ゆっくり食べて良いわよぉー。ワタシの料理、味わってね?」


 フラワーガーデンの営業時間は、朝の9時から14時までと、夜の17時から20時までの二部構成。

 ここで働くからには、僕の頭に叩き込んでおかなくては。


 それはそうと。


「……僕、こんなに美味しいオムライス食べたの初めてだ」

「えへへ、でしょー? パパのオムライスは、ママ直伝なので、これはもう中仮屋なかかりや家の血と肉、そして細胞を作っていると言っても過言ではないのです!」

「そっか。本当に美味しい。芹香ちゃんの元気の源なんだね」


「青菜さーん? 今、どこ見てましたぁ?」

「んぐっ!? ち、ちがう!? 違うんだ!!」

「青菜さんも男の子ですねー。良いんですよ、別に見ても! 減るものでもないですし! と言うか、減ったら肩が軽くなるのでもっと見てもらいましょうか!」


 前略、邦夫くん。

 女子高生は理不尽だけど、とても賢く、下手をすると僕たち愚かな男より何倍も進化した人間の形なのかもしれないよ。

 再会した時には、このテーマで語ろうね。


 ふとメニューに目を落とすと、よく分からないものがあった。


「芹香ちゃん。この、ってなにかな?」

「あー、これはですねー。特別なお仕事ですね!」


 説明になっていない芹香ちゃんの説明。

 オムライスを食べ終えて、まあそのうち聞けばいいかと思い始めた頃合いに、お客さんが入ってきた。


 昼の部の閉店5分前。

 ラストオーダーは済んでいる。

 マスターは……あれ? いない?


 仕方がない。ならば、僕が。

 相手は芹香ちゃんと同い年くらいの女の子だから、言い出し辛いけど。



「すみません、もうラストオーダー終わっておりまして」

「裏メニュー! お願いします!」



 出てきてしまった裏メニュー。

 こうなると、芹香ちゃんに助けを求めるしか手はない。


「青菜さん、こっちのテーブルに座ってもらいましょー! あと、飲み物を用意して貰えます?」

「か、かしこまりました」


 コーヒーの淹れ方は素人が手を出すものではないし、ここは無難にオレンジジュースを選んで、テーブルへ。



「それで、内容をお聞きしても良いですか?」

「……はい」


 暗い表情の女子に向かって、芹香ちゃんは笑顔で応じます。

 その笑顔に救われるんですよねぇ。



「復讐ですか? それとも敵討ち? 方法はどうしましょうか? 物理的制裁、社会的制裁、色々と選べますけど!」



 僕を救った笑顔が、何だか急に物騒な事を言い出した。

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