秘密の花園でコーヒーを! ~普通な僕が特別な美少女三姉妹と一緒に街の世直しをする話~

五木友人

第一章

第1話 ようこそ! カフェ『フラワーガーデン』へ!

 ここまで苦難の連続だった。

 自信満々で大学受験に繰り出して、普通に落ちたのが去年の春。

 母子家庭の僕は、母の負担を減らしたいと言う思いから、志望校一点しぼりの受験戦争勝ち残りを狙ったのだが、そこが愚策ぐさくの極み。


 そもそも、すべり止め受験をしていれば、予備校代は節約できた。


 今年ダメだったら諦めて就職しよう。

 そんな覚悟で1年間、アルバイトを掛け持ちして予備校代をねん出し、睡眠時間をギリギリいっぱい削って、残りの時間は全て勉学にかけて来た。


 そして努力は実った。


 御九郎ごくろう大学。隣の県にある名門私立大学だ。

 お金がないなら公立大学を受けるのがベターな事くらいは僕だって分かる。

 だけど、どうしても僕はこの大学に入りたかった。


 中学生までずっと同じ学校だった、親友の邦夫くにおくん。

 高校は彼の親の転勤と重なったせいで、遠くの街へと引っ越してしまった。

 だから、大学は2人で、御九郎大学に入学して、また一緒に過ごそうね。

 僕は彼とそうやって固い誓いをした。


 邦夫くんは現役合格しているので、今年から二年生だけど、同じ学び舎で生活するのだから、きっと昔のように楽しくやっていけると思う。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 電車を乗り継いで、大学のある鮭ヶ口市に到着。

 駅前を中心に栄えているけども、少し車を走らせると畑が広がるこの街に、今日から僕も住むのだ。


 家賃はどうするのか?


 そんなの、アルバイトで稼ぐに決まっているじゃないですか。

 実は既に最高なアルバイトを見つけている僕。

 我ながら、なんてクレバーなのだろう。


 住み込み可、三食食事つき。しかも時給は成果主義。

 こんな夢みたいな求人に出会えた僕は、多分この街で一二を争う運の良さ。

 業務内容は『多岐たきにわたりますので、まずは面接で』との事だけど、僕には自信があった。


 飲食関係のバイトなら、中華料理店にホテルの厨房、ファミレスに居酒屋まで一通りこなしている。

 料理も人並みには作れる自信はあるし、接客だって苦手じゃない。

 そんな事を考えながら、僕は新たな第一歩を踏み出そうとしていた。



 喫茶『フラワーガーデン』。



 僕の新しい職場の名前である。

 なんて爽やかでいて華やかな響きだろう。

 もう、成功が約束されているかのような花園へと、僕は今まさに舞い降りる。


 手の平に人と書いて呑み込んだら準備万端。

 どんなにバイトをこなしてきても、初めてドアを開ける時だけは震えるものです。


「ごめんください! お約束していた、アルバイト希望の者です! 面接に伺いました!」


 よし。良い感じ。

 バイトでは、第一印象が大切。

 さすが、長年培ってきたスキルは嘘をつかない。

 きっと、マスターも俺に好印象を抱いてくれ——



「あらぁー! いらっしゃぁい! あなたが植木うえき青菜あおなくんかしらー? まぁ、思ってたよりも、男前! ス・テ・キ!」

「すみません! 間違えました! 失礼します!」



 ドアを開けたら、どえらいひげの濃いオネエの方がいらっしゃった。

 髭だけじゃなくて、キャラも濃かった。

 気のせいかもしれないけども、僕を見て舌なめずりしていたような気もする。


 落ち着こう。絶望なら、大学受験失敗で散々味わってきたはずだ。


 この地図が間違っているんだね。

 僕もうっかり屋だなぁ。いやいや、困ったなぁ。

 頭をかいたタイミングで、店のドアが開く。

 僕は、まずこの場から離れるべきだったと後悔した。


「ちょっとぉー! ワタシから逃げようったって、そうはいかないわよ! 青菜くーん! つーかまえた!」

「た、助けて下さい! 誰かぁ! 助けて下さい!!」


「ちょっとあんたぁ! 店の前で大きな声で鳴くんじゃないわよ! 食べちゃうぞ?」

「ああああああ! 誰かぁぁぁぁ! うわぁぁぁぁぁぁ!!」


 明るい場所から暗い店内へ。

 紛れもなく、日の当たる世界から裏の世界へと僕が堕ちた瞬間だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



「あらぁー! 履歴書も見てたけど、本当に色々できるのねぇー! 助かるぅー! いえね、うちって娘が三人いるのよぉ! でも、家事が全然ダメでさぁ!」

「僕はもう逃げられないのですか」


「いやぁねぇ、別に取って食いやしないわよぉ! 待遇くらい聞いていきなさいな、お若いの!」


 そこからマスターが語る待遇は冗談のように最高だった。

 時給は基本が1500円。残業手当もアリ、危険手当もアリ。

 さらに、ボーナス査定まである。


 その上、住居になっている店の2階と3階に住んで良いと言う。タダで!

 保証されている三食の食事代も僕が作ると言う条件でタダ!

 気が付いたら、僕はとてもいい笑顔でこう答えていた。


「働きます! ここで働かせて下さい!!」

「おっしゃあ! あらぁ、ごめんあそばせ。ちょっとテンション上がっちゃったわぁ。それじゃあ、一緒に住む家族を紹介しなくちゃねぇ」


 ん? と思った。

 マスターは確かこう言わなかったか。


 娘が3人いる、と。


 ああ、いや、普通に考えたら分かる事だった。

 屋根裏部屋とかがあてがわれるんだ。

 そうだよ、喫茶店と言えば屋根裏!


「おおーい! あんたたちぃ、出て来いやぁぁぁぁぁぁ!!」



 高田たかだ延彦のぶひこさんみたいな声がマスターから飛び出しましたけど。



「あの、マスター」

「やぁね、そう言えば自己紹介してなかったわ! ワタシは、中仮屋なかかりやしゅうよ。マスターなんて堅苦しくなくて良いの! 柊ママって呼んで!」

「……マスター。娘さんって?」


 階段を軽快に降りて来る音が聞こえたと思ったら、すごいジャンプで僕の目の前に女子が飛んできた。

 少し年下くらいだろうか。


「パパ! この人!? 新しい人って! すごい、なんか優しそう! わたし、中仮屋なかかりや芹香せりか! 芹香せりかでいいですよ! この春で高校二年生です! 今日から家族ですね!」


 サイドテールの先が彼女の声に合わせて跳ねる。

 ついでにボリュームのある胸部も跳ねる。

 控えめに言って、すごく可愛い。

 ちょっと、待って下さい。僕がこの子と同じ家に住むんですか!?


 混乱も冷めやらぬうちに、新しい女子が出て来る。

 これは困った。とても困った。


「ふぁぁぁー。あたし寝てたんだけどなぁー。おー、君が青菜くんかねー。衣食住の世話をしてくれるとか聞いとるぞよー。頑張ってねー。あー、蘭々ららだよー」


 今度は気だるそうなお姉さんが現れた。

 同い年? いや、少し上だろうか?

 肩まで伸びた黒い髪は艶があって、なんだか大人な雰囲気。


「ウチは認めてないからね! こんな優男にうちの仕事は務まらないでしょ! どうせ、すぐに逃げ出すんだもん! 知ってるから! な、名前だって言わないもん!」


 俺の気付かないうちに背後を取られた彼女も三姉妹の一人なのだろう。

 雰囲気が2人に似ている。

 中学生くらいかな? モグラの着ぐるみパジャマが可愛い。


「はーい! 自己紹介完了ねぇー。あー、平気よ、青菜くん。ワタシから、3人にはもうあなたの事紹介してあるから! あ・ん・し・ん!!」



 安心と言う言葉で人が不安になる事を初めて知った瞬間だった。



 こうして無事に仕事と住居が決まり、僕の新しい日々が始まった。

 めでたし、めでたし。


 ——いや、良くないでしょう!?



 これは、僕がこの仕事の意義と意味、そしてやりがいを見つけるまでの物語。


 そして、その先へと続く物語の、まだ序章である。

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