1-5 すごく昔につよいエルフがこさえた古机

「ま、待て。こっちは今日が最初の督促なんだぞ。いくらなんでも早すぎる」


「ええ。なので、実際の所は『ご挨拶』がてら今後の流れをご説明にあがったに過ぎません。ただ、状況を知らない第三者への牽制くらいにはなるでしょう。

 ……別動隊からの返報が来ました。撤収時のドサクサに奥様と息子さんも連れ出すそうです。


 お望みならリプスさんもセーフハウスへお送りしますよ。我々の調査にご協力いただいた後にはなりますが……さしあたり、今回請求する額面はざっとこんなモンになります」


 十徳枝が手元の端末をスイスイと操作し、表示された額面をリプスへ見せて寄越す。画面を一瞥したリプスは言葉にならぬうめき声をあげて項垂れた。


「妻は……妻は傍流だが貴族の係累なんだぞ。生まれてこのかた不自由のない暮らししか知らないんだ。今頃どんな思いをしているか」


「まあ、さぞかし肝をつぶしたでしょうね。生きてると色んなことが有りますし、それが人生って奴じゃないっすか?」


「──机」


「机ェ?」


「あそこの所長用のデスクだ。アレはただのアンティーク家具じゃあ無い。もはや二度と制作できない芸術品と言っていい。然るべき手続きで売ればお釣りが出る。猫とアレをやるから、私達のことはそっとしておいてくれ」


「自称・家宝の骨董品ねェ~。その手の代物が能書き通りの上等な代物なことはまず無いんだがなあ。あと、もっと拙いのはガチの宝物ほうもつだった時だな。評価額がどんだけ高価くついても買い手の懐具合と折り合いが付かなきゃ競売にかけても流れるだけだし、きょうび家具に凝る手合いに人気のある型だったりすんの、アレ」


「いや、それは……」


 十徳枝が肩をすくめる。一方NDIは、ソファから立ち上がると件のデスクへ歩み寄った。


「──ね、おじさん。これって古竜時代のお仕事でしょ」


「あ、ああそうなんだ!」


「へ、国営美術館がガチに収蔵するような代物じゃねえか。そんなのを普段使いしてたっての」


「そりゃそうよ、だって、ほら」


 NDIが単純な命令文を唱え、両の掌を軽く打ち合わせた。ぱん、と手を打つ音と同時にデスク表面の埃や微細な汚れが消え失せる。


「神樹材の中でも星型様葉種って特に面白くて、適切に加工すれば数千年は呼吸し続けるから魔力をほとんど永遠? に作れるの。そのせいで物理干渉も魔力干渉も半永久的に弾くから、劣化の程度でいったら地上のどこに置いてどう使っても大して変わんないよ」


「お、お嬢さん。どうしてそんなにスターリーフ・マホガニー家具の事に詳しいんだい? ご実家が家具屋さんだったのかな?」


 能書き、もとい説明の殆どを横取りされた形のリプスがおずおずと尋ねる。


「ヒスファエア様と祖父がお友達だったから、私も何度かお茶をご一緒したり遊んでもらったりしたの。その時に色々と教えて貰ったの」


「ふーん、で、そのヒスファエア様って誰?」


 端末をいじりながら、十徳枝がNDIへ聞き返す。


「今は南方エルフの里長をなさってるんじゃなかったかしら。

 会った時はまだ後継に指名される前だったけど……そうそう、あの頃に私、積み木を戴いて」


「へ~」


「面白い方だよ。子供向けの組み立て式機械式人形オートマトンはお気に召さなくて、『大切なのはイマジネーション!』と仰って色んな形が揃った無垢材の積み木のセットをくれたの。

 色んな形の積み木が綺麗な正方形の箱にぴったり収まっていて、どれだけ取り出しても決して空にならないから、いっぺん私、ダンスホールの床を全部使って街を作ったりしたもの。楽しかったなあ」


 NDIの答えに十徳枝はただ気の無い返事をよこすだけだったが、傍で聞いていたリプスにとってはにわかに信じ難い話である。


 仮に彼女の言い分が全て事実ならば、古エルフの血を引く──それも遺伝的に50%以上の血量を保持している──貴種エルフ人と交流を持つするような家柄の出ということになる。

 地理的に遠く隔たる新興国家である、ここトゥーロ連合では首相の娘だってそんな経験が有るかどうか。これはそんな域の話だ。


「っつーか話が逸れてるぞ。本題は何なの?」


「あっそうか。ええとね、最近のヒスファエア様は里から流出した古代エルフのものした品々を取り戻すのにご熱心なの。復古運動っていうのかな? だから、換金のあてなら有るよ。もし良ければ私が売買の仲立ちをするし。

 おじさん、このレターセット、使って良い? それと十徳くんペン貸して」


「ホラよ。──個人的にはこの女に妙な貸しを作るのはお勧めできませんが、ね」


 十徳枝が意味深な呟きをしているものの、当のリプスからしてみれば願ってもない申し出ではある。唐突な提案に困惑したのは事実であったが、さりとて断るという選択肢は無かった。

 NDIはと言えば、相手のそんな懊悩を意に介した様子も無く件のデスクから便箋を一枚拝借して、十徳枝から放って寄越されたペンをさらさらと走らせている。


「この条件で良ければサインを……わ、十徳くんちょっと!」


 NDIが差し出した書面を十徳枝が横合いから奪い取り、ざっと視線を走らせると数か所の文言を修正してから改めてリプスへ突き付ける。


「これは正式な差し押さえじゃなくて、あくまでこの女(と言って十徳枝はNDIを指し示した)からの貸付って処理だ。換金価値として認めるのはあくまで信頼できる筋による鑑定額まで。そっちからの物言いは聞かねえし、安モンだったら追って差額を請求すっからな。


 それで構わなければ、サインを」


「……致し方あるまい! ホレ受け取れ!」


 投げ出すように差し出された書面を十徳枝が受け取り、にんまりと笑う。


「ま、こっちは要るだけの額さえ回収できれば何も言う事は有りませんからね。ギャングよりかはずっと良心的ですよ」


「どの口がほざくか! 言っておくがねえ、自分の腕一つで世渡りしてこそ魔術士の本懐ってモンなんだよ。それが国家の使い走りとは……まだ若いんだからもう少し自分の進退を考えるべきだと思うよ。君も、そっちのお嬢さんも!」


「ヒッヒ! お説教どうも。まあ、生きてると色々なことが有りますからね」


 せせら笑う十徳枝は隣のNDIに目配せし、両者は椅子から立ち上がる。


「では、頂戴する物も頂戴しましたし失礼します。後日、出頭要請が寄越されるでしょうが、すっぽかさないのをお勧めしますよ」


 そう言い残し、徴税人の少年少女が立ち去っていく。

 リプスにとっては嵐の様な、時間にして小一時間ほどの出来事であった。


 結果的に窮地は脱したが、結局のところ別の獣の口中に飛び込んだだけではないか?

 この度の収支をどう見積もったものやらと、リプスは頭を抱えた。

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