第9話 欠け逢わせる力

 謎の怪物艦が動き出してから間も無く、俺たちはマギビークルに飛び乗ってその元へと向かった。



 見ている間にもその艦は水流で作り出された腕で船着場近辺を踏み荒らし、挙句に背中────ただの艦として見るなら甲板────から光線を放って隣の船を焼いている。



 その様子を見て我らが運転手の身体が強張っていくのが、回している腕から感じられた。



「セツナ、アレは?」



「さっき言った通り、アレがヘンリックの得意としてる魔法式。

 光線攻撃……確か"閃紅照射レーザーカノン砲"って名前があったっけな」



「船が燃えてる……なるほど、白赤だろうよな。あの魔法は」



 造船の跡取りが大砲使いとは、中々に凶悪な組み合わせだ。



 が、所詮は他人の魔法式を力ずくで盗もうとするような男。



 奴の魔法式が複雑で多様に渡るとは考えにくい。



 “属性がほぼ特定できている以上”、それを確信に変えることと確実な対処さえすればいいということである。



「よっしセツナ! 速度は乗ってるな?!」



「…ああ、いけるよ!」



 彼我の距離は間も無く50メートルに到達しようと言うところ。



 俺は雷の槍を長めに1本引き抜き右手で頭の横に構えた。



 左手はセツナの肩を掴んで上体を逸らす。



 彼女が無言になり数秒後、突如マギビークルが急ブレーキをかけ大きく前へつんのめる。



 マギビークルが直下の水を抉った。 

 車体を中心にぶわりと制動の為のエネルギーが放出されたのだ。



 後ろから突き飛ばされるような圧力を感じてセツナの背中に寄り掛かってしまうが……ここを逃さない!



「おらぁッ!!!」



 強い衝撃の中でも揺れない視界。

 俺はその前へ向かう圧力を乗せるようにしながら握った槍を放つ。



 目標は怪物艦の後ろ姿──甲板だ。



 槍は急制動によっての勢いを増し、船の背中へと突き刺さる。



 碧い雷が瞬く間にヤツの体表を駆け巡り、甲板の大砲たちが僅かに怯んだ。



 よし、作戦の“第一段階”は成功した。



 こちらの攻撃は有効、加えて思った通りマギビークルのブレーキは闇属性からなる力場を放出していることが確認できた。



 正直あれだけ息巻いてアテが外れたらカッコ悪いどころの騒ぎではない。

 ちょっとほっとする。



 しかし自分の立てた作戦に安堵するのも束の間、異形の船がゆっくりとこちらの方を向く。



 ヤツの振り向きざまに倒れた人影が見え少し心配になるが、そんな感情は船が俺たちに相対すると同時にかき消された。



 船の正面部分はまるで生き物の口のように荒々しく横に裂かれ、その内部は目に映るだけで血生臭さを感じるような肉片でびっしりと覆われている。



 なんならその“口の中”はぐにゅりぐにゃりと脈打っていて、中央には甲板の砲の3倍はあるであろう巨大な口径の大砲が飛び出し、赤熱していた。



 セツナと二人して息を呑んでいると、やがて異形の口腔の奥から肉をかき分けるかのようにその砲身の横に現れた人影が一つ。



 スーツ姿は乱れ、その全身に肉片の血をこびりつかせたヘンリックだった。



「逃げずに立ち向かうつもりなのか! 

 よりにもよって、これほどの力を得た私に!」



 怪物のそばから放たれたその言葉は、俺に向かってではないことが肌でわかった。



 なおも奴は、この少女のことを追い詰めようとしているのだ。



「……生憎だけど。僕はそれがどんなものか分からなくてね。

 少なくとも、良いものには見えないぜ」



「良いものさ! 私が欲しかったお前の技術まほうよりもずっとな!

 ……ああ、お前の父から奪おうとしたもの、と言った方がいいのかな」



「「!!!」」



「お前の父を家ごと焼くのなんて、私には簡単なんだよ。ギリギリまで言葉で解決してやろうと思っていたがね!


 驚くか? 頭が足りないなあ、セツナ!

 なんでお前の“極化回路ポラライズ”が見抜けたと思う。なんで博士の遺産がマギビークルそれだけだと分かったと思う!?

 そりゃ計画性があるに決まっているだろう! 


 ……いや、或いは気づいても咎められなかったか。そんなにコレが怖かったか? なあ?!! 成り損ないィ!」



 奴は絶叫と共に両手を突き出し魔法陣を発生させる。

 そこから、眩い光を戴く力の奔流がセツナに向かって放たれた。



 彼の言ったことはその通りであった。当然前半の部分に限るが。



 極化回路かどうかを判別するのなんて、実際に魔法行使の瞬間を見ているか、“相手の魔法属性を知っていてかつ使えなくなったであろう属性に当たりがつけられる”以外には無い。



 要は、自身が起こした事がセツナの心を抉ったという確信が奴にはあったわけだ。



 加えて、奴は“研究室は博士が処分したあとだった”と言った。



 その惨状が襲撃によるものなのか、或いは親父さん自身が処分したものなのかが分かるのは、その者が計画を立てて襲った奴だという証左に他ならないのだ。



 これで逆説的に“作戦の第二段階”も成功だった。



 だが、奴の極限に高められた悪意がいま俺たちの前に迫っている。



 さすがにまともに喰らえば海に投げ出されてしまうことくらいは、当たったことが無くたってなんとなく解るくらいの勢いだった。



「セツナッ!!!!!!!!」



 大きく叫んだ。彼女の顔は見えない。



 奴の文句をひとしきり聞いて、俺はセツナに謝り倒したかった。



 アレだけ調子の良いことを言って、結局辛い思いをさせてる。



 確かに作戦を説明するときに彼女に“奴が父の仇である可能性”は十分に説明した。



 その上でセツナは、俺の手を取って頷いてくれた。



 自分を見込んでくれた俺を、同じ境遇の、同じ“極化回路なやみ“を打ち明けてくれた俺を信じたいと言ったのだ。



 実際にあんなに責め立てられて、心が無事なわけがない。



 奴に心が折られてしまうかもしれないという可能性は、よく考えなくたって十全に予測できた。



 だが、もはや事ここに至って彼女を信じないなんてありえない。



 既に俺とセツナはマギビークル一つ挟んで海の上、死なば諸共、見渡す限りの背水の陣だ。



 俺は彼女に呼びかけるとほぼ同時に、開いた自身の万理印パレットから槍を複数引き抜いてマギビークル前方に盾を組もうと動いていた。



 まさに光が迫る。間に合わないかもしれない。



 くそ、声で我に返ってはもらえなかったか。こんなに喧しい駆動音の中じゃ大して──────



「────あ」



 俺たちを悪意が溶かし尽くす直前。



 マギビークルは急加速し、閃光の横をすり抜けた。



「何!?」



 ヘンリックが驚きの声をあげる。



 当然、俺も驚いていた。

 マギビークルが急加速を苦手とするのは、彼女本人が言っていたことだったからだ。



「……ふふ。

 アイツの言ってること、アラタの予想とぴったりで笑っちゃったぜ」



「セツナ? お前……」



「消耗覚悟で試したよ。闇属性ブレーキ風属性アクセルを同時に全開にしておいた。

 ……アラタ、君の言っていたことは”こういうこと“だったんだね」



 セツナは、笑っていた。

 初めてマギビークルを俺に自慢したあの時の笑顔だった。



 彼女は俺が思っているよりもずっと俺の言葉を信じ、そして覚悟を持って立ち向かっていた。



「進化だと!? ありえない!

 それは私が今手に入れたものだ!

 魔法が勝手に進化するなど────」



「当たり前だ。だからこれはセツナがこの魔法を引き出しただけ。

 魔法は進化するわけないよな? ”お前のような真似をしない限り“はさ」



「なっ、一体何を知っている!」



 ヘンリックが目に見えて動揺しながら甲板の閃紅照射砲から曲がる光線を一斉に放ち、俺たちを襲う。



 進化というワードに反応があった。やはり、”熾天化セラフィマイズ“を知っている可能性は高い。



 ますます奴が逃せなくなったわけだ。



 セツナは、フェンリルから逃げていたとき以上にその運転技術を発揮した。



 急ブレーキからの方向転換。何度も向きを変えマギビークルを巧みに滑らせながら光の雨を掻い潜る。



 奴の魔法が視界に入るだけで身体は強張ってしまうはずなのに、今の彼女はそれを越えるだけの集中力を発揮していた。



 ここで一瞬手元が狂ったか、或いは完璧に狙ってみせたのか、海に突き刺さっていく光の一本がマギビークルから2メートルもないほどの直近を掠める。



 俺はその瞬間目を凝らした。激しい攻撃と波に反してマギビークルは完全に衝撃を吸収できていた。



 それゆえに、見逃さなかった。



 掠めた光条は、マギビークルのその真横で”僅かに歪んだ“のだ。



「ッ、セツナ、見えたぞ!

 作戦は成功だ、”仕留められる”ッッ!!!」



 セツナは限界が近づいていた。さっきから息が荒くなってきているのが回した腕から伝わっている。



 当然その様子も俺の発言も、奴は逃さない。



「仕留められるか、この私を! 防戦一方のようだがなァ!

 いいだろう、ならそのくだらん妄想すら吹き飛ばすまでだ……たった一撃で!」



 ヘンリックが隣に構えられた最大口径の砲身に触れる。



 怪物艦はその口をさらに大きく開き大砲をその喉奥からずるずると吐き出した。



 大砲は赤色を超えて白く輝き、その高められたマナが溢れて俺たちの肌をちりちりと焼き付ける。



 ここだ。やるならここしかない。



「今だッッ!」



 俺が呼びかけるより早く、セツナが叫んで方向転換した。



 その進む先は、異形の正面。



 熱く煌く砲口の直線上である。



「ハッハハハハハ!!!!!

 親父と同じように死にたいんだな!!」



 大砲の隣で男が嗤う。



 気にせずスピードを上げるセツナ。

 ひたすらに、真っ直ぐ疾る。



 マギビークルに吹き付ける向かい風が、徐々に俺たちの身体を包む。



 そして、閃熱を孕んだその標的へと肉薄する十数メートル手前。



 視界を、白が包みこんだ。

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